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つれづれ

伊勢商人

ドボンを押して全部消えました(´;ω;`)
日記として付けているので書き直します。
30年2月19日 月曜日 曇りから晴れ 20.4℃ 健太の午後散歩から帰り今は3時過ぎ
今朝の健太は午前3時頃にガサガサ床を引っ掻いていた⇐結構煩い音。で、目覚めてうとうと4時半頃にトイレに立つも健太は鳴かない。やはり、時間が分かって居るのだろうか。そして6時少し前に起床。今朝は一声も鳴かなかった。こうして少しづつ成長するのだろうか?そうあって欲しいと願う。今のままでは近所迷惑。

さて、今、読んでいる小説に伊勢の川喜多家が出て来た。川喜多家16代目9歳がフロックコートを着て現れるのです。幕末から明治にかけて北海道探検で活躍した松浦武四郎の話が主体でこれに河鍋暁斎と暁斎三番目の妻の娘、豊が絡んでいる・・当時の政財界人が出てきます。
松浦武四郎と川喜多家14代目崎之助それにその妻は幼馴染で崎之助は武四郎の生涯支援者だったと言う。15代目を息子政豊に譲り二年後に亡くなります。そして15代目を継いだ政豊も間もなく大阪の川喜多家で他界。その前に大阪の家で馴染みの芸者に息子が出来た知らせがあった。崎之助の妻は武四郎に様子を見て来る事を依頼するが、大阪から帰って来た武四郎は赤子を抱いて帰り、崎之助にそっくりだと言う。子を産んだ芸者は金銭の要求も無く、その後の音信も無かった。崎之助の妻はその子を16代目久太夫(善太郎)として育てます。崎之助の妻は竹川竹斎の妹。政豊の正妻は未だ18歳で嫁いで間もないため、子も無かったので生家に戻されます。

川喜多家16代と言えば川喜多半泥子の事です。こうして、幼くして江戸時代から木綿問屋として続く三重でもトップを争う川喜多家を継いだ善太郎は実業家としても名を揚げ40歳にして陶芸を始め今光悦と呼ばれるようになるのです。
ここに出て来る竹川竹斎も豪商の一人で玄々斎のお茶を学び、玄々斎が松坂に下向されたとの事。竹川家には床の間の横の違い棚壁に玄々斎が酔って書かれた書がそのまま残っているとの事です。前に茶箱の卯の花点を考えられたのはこの旅の途中の宿の卯の花をご覧になっての事と聞いた事がありますが・・・
竹川竹斎が射和万古窯を開窯しますが、一時閉窯になり、再興されます。この窯は淡々斎が松菱松古印を与えた佐久間勝山が居られ、私も鵬雲斎大宗匠が箱書された茶碗を持っています。他には水指がありますが、作風が好みで気に入っています。

小説を読んでいて、こうして実名が出てきて少しでも聞きかじった名前であるとつい嬉しくなります。
ついでに、伊勢商人の流れを汲む三越デパートは三井家で、朝ドラの「あさがきた」の日本女子大創設者モデル広岡浅子は三井の京都の家で現在の大学校舎は三井家の寄贈になる。
いつかこの地に旅行したい気になりました。

気分を変えて我が家飯
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ほうとうが食べたいと言われて・・「この前食べたばかりだろう!」「飽きるまで同じ物が喰いたい」・・あぁ~あ
でも、ほうとうなら未だ色々野菜が入るので良いでしょう。・・他にトマトサラダと白菜キムチ

# by higashinuma | 2018-02-19 09:01 | 所感 | Comments(0)

お茶

30年2月18日 日曜日 晴れ 20.7℃ 昨日はエアコン無しで20℃はあったが、今日は朝からエアコン入れてこの室温です。窓は磨りガラスのように結露している。

6時ギリギリに起きたが健太は既に起きてサークルの中で騒いでいる。様子からしてうんちして食べている?そして私が起きてトイレに行くと甘えて鳴きだす。若が起きると「早く散歩に連れて行け!」と言わんばかりに吠える。この鳴き声は何とかしなければと思うが・・どうしたものか。多分、後一、二年経てば収まると思うが、今の処近所からクレームがつかない事を祈るばかりです。
此の前、散歩から帰り、玄関を入ってロックされている方の玄関ドアの鍵を開けるのに、健太を抱っこしては難しいので、リードで引っ張って床に置いていたら、注意された。「玄関から抱っこしてください」「鍵を開けられないので」「そういう規約です」・・返す言葉もない。この鍵を開ける場所に最近、テーブルを置いてある。荷物を載せるために置いたようです。荷物を持って鍵があけられないからです。私からすれば犬だって同じなのに・・若が在宅時は番号を押せば、開けて貰えるので、それは抱っこしても出来るけれど。今、健太は10㎏ちょっとで身長は多分40㎝。抱っこも大変なのです。規約ではこのサイズは飼っては駄目らしいですが、赤ちゃん犬の時から飼っているので、それは認めて貰っている。勿論、エレベータ等は抱っこしているし、誰か乗るようだったら「一緒でも大丈夫ですか」と声をかけている。今の処、犬の嫌いな人は極少数で、分かるので「お先にどうぞ」と言っている。

今日のタイトルは「お茶」でした。
私は日本茶は稽古の時の抹茶、夏場の冷茶、ペットボトルのお茶位で、家では専ら珈琲です。今は朝食の時に若の為に淹れた紅茶を飲んでいる。どうしてだろうと思うと、とどのつまりは「面倒くさい」・・急須に茶葉を入れて熱湯に沸かした湯を冷ます。そして蒸らして漸く、湯の飲みに注ぐ。・・・殆ど宇治茶ですが、一煎目の一杯が美味しいだけで、他の産地のお茶のように三回位迄とはゆかない。じゃ、それを買えばと思うのですが・・自分から買う事は余りない長年の習慣かもしれない(笑)
こう言う事なので珈琲もドリップするのは戴き物があっても、インスタントだけです。

此の前、南方録を読んでいて、師匠が博多円覚寺に伝わる立花実山の自筆本を見せて戴いたと言われた事を思い出した。この時に書いて戴いたと言う「夢」一字を追善の茶会をされるなら使ってくださいと見せて戴いた事がある。いつだったか初釜の時にも「夢」を掛けられましたが、それは大亀老師の染筆だったと思う。それを言った時初釜なのに「夢」ですかと、早速突っ込まれた。私は夢=希望にもつながるし新年早々だから良いのだと言った事でした。書初めでも「夢」書かれますし、「初夢」もある。
南方録はとかく物議を醸す書籍。利休に近い南坊宗啓に聞いた事を立花実山が書いたとされていたが、時代が違う事から、立花実山は、南坊宗啓の書いた書籍の写し物と言われたが、その書籍も見つかっていない。今は元禄時代に色々な資料を基に立花実山が書いたとされる。そして南坊録の上に南方録と自身で貼付してあるらしい。

南方・・言うまでもなく中国の南方、雲南省に茶の原木があると言う。随分昔に「なごみ」誌にモノクロの写真があったし、それよりずっと後にテレビでも紹介された。
日本で言う(見る)茶葉の3~4倍は大きな葉です。私はここには行って無いが、タイの北部、ミャンマーの国境の近くに猿の寺と言う処があり、寺の裏の急な崖を上って行くと大きな茶の木がありました。木の高さや葉の大きさに是が茶とは思えなかったが確かに形は茶葉です。又、別にミャンマーに行った時、ミャンマーではこの大きな葉を塩漬けにしてどろどろになったような物を食べています。見た目で遠慮しましたが・・・雲南省では普洱茶として発酵した濃茶色のお茶が有名で、チベット迄運んだとされる茶の道があります。
茶の原木があるのは分かりましたが、何故「南方録」なのか・・陸羽の茶経は「茶は南方の嘉木なり・・」から始まりますが、是は上に書いた茶の原木の事でしょうか。茶道の指南書に・・「指南」も「南」です。中国上代に黄帝が仙人の木像を載せた車を造り、それはいつも南の方を指さすのだそうです。今でいうコンパス(北を指す)みたいなものでしょうか。・・それは黄帝が中原を平定した時に、涿鹿の野での蚩尤との戦いで、蚩尤の妖術により濃霧に包まれ、その指南車で助けられたと言う話からのようです。
つまり、茶の指南書と言う意味でしょうか。それだとするとこれらの史書を読まれている事に驚きを感じます。流石に黒田家の重臣。しかし、黒田家の内紛で捉えられ殴殺される。

茶の十徳と言うのがあり「喫茶養生記」で実朝に奉げた栄西の著書ですが、栄西が帰国し、茶の種を明恵上人(栄西に参禅)に贈り、明恵は栂ノ尾に茶園を開きますが、この時に栄西に教えを受けた茶の効用を十徳として記ています。
「茶の生命力にあやかる」から「安らかな死を迎える」まで十徳として伝えます。

お茶名を戴くと男子は十徳が許されます。10年程修行して漸く戴けるのですが、今は促成栽培で10年も勉強せずに戴いているのではと思われます。私も是で稽古は終わりでは無いし、本人がそれによってやる気を取り戻してくれるならと思い、師匠より戴いたよりは早めに取次しています。茶の十徳は明記されていますが、所謂十徳とはどういうものなのでしょうか?
落語に・・立って衣服の如く(五徳)座って羽織の如く(五徳)。如く如くで十徳。という話があり、私自身もそんな物なのかと思う事もあります。
研究会で十徳を着て点前された方も居ましたが、業躰の指導を受けるのに十徳は無いでしょうと私は思うのです。教授伝授の時は十徳でとの指導があり、家元の前ですが十徳で戴きましたし、初釜も十徳で伺いました。けれど、世の中には色々な方が居られ、茶会の移動にバスに乗るのにも十徳を着ている人や、水屋でも着ています。茶会でよく見かけますが、十徳を着てチャラチャラ小走りしていたり(主催者側で忙しそう)するのを見ると、げんなりするのは私だけでしょうか。

何気にやっている事でも他人が見たら変な奴と見られるのは自粛しないとと思うのです。

気分転換
金曜日の夜飯・・・ピザのクーポンを戴いて、若が食べたいと言う。配達ピザからしたら半額の値段。仕事の帰りに取りに行くと言う。ピザって何となく小腹が空いた時の食べ物の印象です。知人のイタ飯屋、サイゼリヤでは夕食でもピザとパスタそれに肉とサラダ等料理を取っているので、余り乗り気では無かったが食べれば美味しい
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是で500円は安い
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若芽ともやしのスープを作る
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クーポンの期限は今日までで、今晩も食べるらしい。作る手間は減るが・・・

# by higashinuma | 2018-02-18 11:18 | 所感 | Comments(0)

春節

30年2月17日 土曜日 晴れ 20.2℃ エアコン入れて無い。

今は旧暦の正月。中国では春節にあたる。今朝のテレビで春聯の手書きに人気が戻っている話題を放送していた。春節の時に日本の門松のような感覚で玄関におめでたい言葉などを書いた聯を貼る。対聯と言って対になっておめでたい言葉を左右の門標に貼るのです。赤い紙に金泥で書かれた物、墨で書かれた物等ですが、気分を一掃して新しい年を迎えるには如何にも中国の風物詩と思う。門松が神を迎えるのに対して対聯は人間味がある。玄関のドアなどには「福」等の一字を貼る。逆さに貼る場合も有る。
春節を中国の知人の家で過ごした事がある。大晦日には家族は勿論、縁者が集い家庭料理で大宴会となる。ここには魚料理が必ずある。大凡、験を担ぎ?「魚」の中国読みが、「余」の読みと同じで余裕があると願うからです。私の行ったその家は南方なので餃子は有りませんが、糯米に綺麗な着色(自然着色)をして、チャーハンを盛ったような山型にした甘い食べ物や、餅(うるち米)=年糕を炒めた物とか戴きました。これも仕事が増えるとかに通じて縁起が良い食べ物の様です。北の方は餃子を食べますね。餃子の形が古代の貨幣に似ている事と餃子の交わる字が「和」にかかるとか意味があるようです。日本での鏡餅、雑煮も神に関連する事で、中国との考え方の違いが如実なのも面白い事です。そして、突然、玄関で爆音がして驚きました。爆竹を鳴らしたのでした。邪気が入らないようにとの事。近年は環境問題から爆竹は禁止されていますが、地方では未だ風習が残っています。そして、花火が其処彼処で上がり、これはバンコクなどでは新年あけて直ぐに上がりそれで終わりですが、中国では元宵節頃まで時々上がります。
そして、日本では小正月の・・今は無いかな・・元宵節新年明けての最初の満月の日はランタンを灯して元宵団子を戴きます。この団子は日本でも中華食材を扱う、多くは中国人の店で冷凍品が一年中売られていて、5百円硬貨程度の小さい団子ですが、色々な餡が入りそれを少し甘い湯で煮て美味しい物です。
写真があった筈ですが見つからない。

我が家飯から
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菜の花と烏賊の酢味噌・・烏賊が食べたかった
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豚バラの生姜焼き・・久々の生姜焼き
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麻婆豆腐・・辛いけど旨い
唐辛子の辛さと和辛子の辛さ、生姜はそんなに・・其々が相まって箸が進みます。三品作ると味噌汁作る元気ない(笑)



# by higashinuma | 2018-02-17 10:08 | 所感 | Comments(0)

パラリンピック

30年2月16日 金曜日 晴れ午後は雲が多い 20.2℃ 昼間はエアコン無しでもこの気温が陽が落ちるまで保たれている。

今朝はいつもの病院通いで血液検査をしてから診察と言う事で、8時半過ぎには出かける。晴れていれば自転車で行けるので楽です。寒いけれどそんなには。昨日は一日暖かだったです。で、9時頃に採血して、診察の予約は一時間半後で、前の家に行き、初釜で規格の炉炭のうち、下火のギッチョ3本を当番が使ってしまったので、それを用意し、軸と棗を用意した。大凡、前の月の最終稽古の時から道具を入れ替える。棗は箱書きがある物は稽古では使わないし、使ったとしても傷がつく等を気にして出しても一日限りかな・・一応、出しては片づけた。代わりに箱書きは無いが豪華な棗を出してみた。多分これも一日限定。師匠には道具だからと高価な茶会用の道具を惜しみなく使わせて頂いた事を思い出す。
診察結果は全て大丈夫ですとの事でした。それでも生活習慣病に気を付けようと思う。
もうすぐ正午。薬局で待たされるので、その間に大型スーパーで昼食と買い物を済ませる。薬も大量にあり、掛軸とか炭を持って、自転車の前籠はてんこもり。で、車道と歩道の間の段差で買い物袋が道路に落下した。卵が入っていた。割れただろうなと思いながら、帰宅して見ると意外にも大丈夫でした。あの卵パック良く出来ています。
あの段差なんだか凄い不満なのです。昔、ある人があの段差を無くして欲しいと市の行政に言ったら、目の悪い方のために段差を付けていて、東京都の条例?と言う事らしい。私もあの段差はいつも不都合に感じている。本当に必要なのだろうか。無い場所もあったり、あの段差に三角板やスロープを付けたりしてある場所もある。
実際に目の悪い方はどのように思っているのだろう?良かれとおもってやっている事でもさほど役にたっていない事もある。

私が子供の頃は家に身障者を持つ子供が居たりすると世間の世話にならないように家の者は細心の注意を払っていたと思う。そして、ひっそりとまではゆかなくても慎ましく生活していたように思う。
私も子供の頃は病気で低学年の間は家の者が付き添っていたし、運動会や学校行事の遠足なども連れて行って貰えなかった。別にそういうものだと思っていたので気にも留めなかったが・・・・
今はと言うか、私が介助で手伝った重身障者の家庭では学校にエレベータの要請をしていたり、通学用、学校内用、家庭用の車椅子を行政に求めて支給されたと聞いた。それも身障者のクラスでは無く普通のクラスに通わせると言う強硬手段を用いていた⇐そのために私たち数人のボランティア介助を必要としていた。私は自分で出来る範囲の事は手伝う気でいた。中学生になり、市の方から介助人を出してくれると言う事で辞めたが、それも時代だなぁと思った。

介助の発端は、こういう子を持つ母親は自由が無いし心身の苦しみがあるから楽にして上げたいと言う事だった。そうして、その子を他人に委ねて映画に行ったりしていたようでした。
市ではこういう人のためにタクシー券支給や特別な手当をしている。そして親が当然の権利とばかりの態度を取られると「さもしい」思いでみている。
確かに運が悪く⇐こういう言い方は適切でないかも知れないが・・その家に生まれたのであって、親に責任は無いにしても、繰り返して言うが、ひと昔前はひっそりと生きていたように思う。
先の子は何でも通ると思っているらしく、運動会の時、車椅子で参加しマスゲームをやって、他の子よりタイミングが遅れるため、ある子が「早くやれよ」の一言で泣きだしてしまった。教師は「誰が言った!」と怒り出した。偶々、私が介助の時だったので、後で教師に「同じようにやるのは無理ですから、何か他の事をさせて運動会に参加させたらどうか」と提案した。それで、その子はスターターになった。で、その子も喜んでいた。私が運動会に連れて行って貰えなかったのとは大違いです。
本当は親が正面から向き合うべきことで、本人も努力が無い。果たしてその子が大人になった時にパラリンピックに出られるような事は全く無いのだろうと思った。私は運動会がどういうものなのか知らないし、であれば一緒に走りたい、飛びたい等々思いもしないし、パラリンピックなんてものは無かった。今は普通に健太と走っているが。
良かった事は車椅子の子が同じクラスに居る事で、他の子達のそういう子に対して優しくなれる事かも知れない。
元総理大臣細川護熙の夫人は知的障害者のためのスペシャルオリンピックを提唱してNPO法人を立ち上げています。が、パラリンピックには知的障害者も含まれて1960年から開始されています。それには誰でも出られると言う訳では無いからとの提唱のようです。

気分転換我が家飯
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牛肉小松菜炒め・・炒め終えて味が薄かったので調味料加えていたら小松菜が火を通し過ぎになった。が、美味しかった。
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炒飯・・焼豚と玉葱と卵のみ
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卵モズクスープ・・京都取り寄せの市販品
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# by higashinuma | 2018-02-16 17:03 | 所感 | Comments(0)

おてんちゃん

30年2月15日 木曜日 薄曇り 20.7℃
 
今朝は結露が無いので暖かいのでしょう。窓も玄関ドアもいつも結露が酷いです。それだけ外気が入りにくいマンション構造でしょうが(換気扇は46時中運転している様子)結露はやはり気になる。健太は舐めたりしているが、怒ると止める。黴が生えたりするので、何とかしなければと思う。因みに窓には紫外線防止フィルムが貼ってある筈です。
陽当たりの良い場所の変色もないので、多分貼ってあるのでしょう。結露防止に窓の下に暖房器具?のようなものを売ってはいるが、価格とみあっているとは思えない。

昨日は銀行に所用で行ったら、メリーのバレンタインチョコレートとサランラップを呉れた。多分、金額で700円位?銀行仕入れ価格は分からないが、一年の定期預金で利息が殆ど無いから、こんなもの呉れるより利息を増やした方が預金者が増えるのではと思われたが、政府管掌だから仕方ない。

政府はタンス預金を減らそうとしている。けれど、物価や将来の不安からお金を使う人、預金も併せて少ないのだと思う。そこで、おれおれ詐欺が暗躍。ニュースなどで数千万円の詐欺にあったとか聞くと、持っている人はあるんだなぁとため息が出る。

最近の野菜の高騰には目を見張る。合わせたように物価が上がっている。円高と便乗値上げ、それにこの気象が災いしている。此の前、ある商品を買って「え?こんな小さかった?」多くの商品が値上げせずに中身を小さくしているようだ。せこい商売するなぁと思う。政策は大企業優先・・雇用も賃金も増えていると言うけれど、末端の私などには何の恩恵も無く、先の事が不安になる。

今年はブログに良かった事を書こうと思っていた。何でもよい。小さなことでも良い事を見つけようと心していた。・・・出るのは溜息ばかり・・・
銀行でも、窓口が二人しかいないので、小一時間ほど待たされた。案内の人が二人いて、殆ど立って居るだけだったので、そんな人は一人で良いから窓口増やしてよと言いたかった。その案内の人の対応にイライラしていたが、窓口の行員、多分新人。が、とっても感じが良くて気を取り直した。
朝ドラの「おてんちゃん」の演技も上手いなぁと思う。娘時代から今は成人した息子の母親ですが、その変貌過程に感動する。その行員はまるで「おてんちゃん」のようだった。⇐ヤッター良い事が見つけられた(笑)

昨夜はピザのドミノの社長が変装して販売店に潜入し、店長の様子を探るテレビ番組を観ていた。・・NHKが特定の店を出して良いのかと思ったが、取り上げた4つの販売店の店長は感動ものだった。特に未だ若い女子店長は家長として父親と二人の弟を養っている。店でもテキパキと店員に指示する姿は凄いと思った。
若はサイゼリヤみたいに出来た冷凍物を焼いて出して居ると思っていたらしい。私は前の家の近所で作っているのを見ていたのですが、その社長の体験で作る事の難しさを知った事でした。ライバル店よりも早く配達すると言うのも戦場の様だった。最後には、それらの店長と個人面談し、その女子の店長に家族旅行をプレゼントするのも感動ものだった。観ている人の多くはこういう社長の下で働きたいと思った事でしょう。NHKもやるなぁ・・最初の疑念はすっかり消えていました。

我が家飯から
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牛肉時雨煮
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サラダ・・叉焼入


# by higashinuma | 2018-02-15 09:55 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる