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茶道をとおして日々の流れをつづる
by higashinuma
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歌が出来ない・・
今日は寒かったですね。十一月半ばの気温とか。

短歌の原稿締め切りは22日。毎月、間に合わせで提出。毎日一首を作り、それを推敲して十首を提出するのが理想だけれど、未だ一度として完遂した事は無い。
なんてブログに書いてどうするんだろう・・・・。

「夏の空秋空となり本堂の廂に近く無患子(ムクロジ)太る」

昨日「歌集を見て、随分海外に行って居られるのね」と言われた。
「短歌の取材です」なんて応えはかなり気取った言い方。「あんた何者!」と、叱られそうです。
確かに行き詰まると気分転換に海外旅行にも出かけますが、ただの観光旅行なのです。

先にあげた歌は今月の提出の中の一首。
これは深大寺に行っての事です。我が家からは自転車で野川沿いに一時間もかからずに行かれます。
本堂の横に無患子の大木があり、沢山の実をつけています。前ブログ「水辺」での写真アップしています。
短歌には関係なく、気分転換に出かけます。「ゲゲゲの女房」で更に人気を増し、そんなに参道に店があるわけでもないけれど、深大寺そばを求めて、或いは裏にある神代植物園等の散策に日曜祭日は凄く混雑しています。

近くにこのような環境がある事はある意味幸せです。
野川も河川敷は自然が多く、細い流れながらも一級河川との事です。このまま溯り源流とされる国分寺迄行った事がありますが(理由はあいつの自転車を取りに学芸大学に行った)なかなか良いサイクリングであった。ところどころ美術館や天文台、都立野川公園、調布飛行場等々見どころも多い。
下流では二子玉川近くで多摩川に合流しているが、こちらも次太夫掘等自然公園がある。また、この川から少し外れると、畑があったりするので、気分転換にはとても良い処だ。
これだけの条件が整っていながら歌が出来ない。

一日家に籠っていては頭がすぐにボウとしてしまう。
正岡子規は脊髄カリエスの病床から名歌を生み出し、アララギ派の基を築いたとされる。

「甕にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり」

子規の代表歌の一つとされるこの歌も病床からの詠まれたとされる。
テレビドラマになった「坂の上の雲」を観ていると、子規の様子が痛いほど分かる。
果たして、私にはこのような芸当が出来るであろうか。
何をやっても中途半端から、広く浅くから、ちょっとずつ改善しよう。

今朝、上の記事を書いていましたが、夕方「坂の上の雲」放映していました。
子規の背中の病根も画像が出てました。脊髄に結核菌が付いて骨が腐敗してゆく病気です。腐敗した膿が皮膚を破って背中(腰)から出てくるのです。根岸の家で妹が手当しますが、痛ましい限りでした。

実は私も同じ病気を患っていました。六歳位の頃です。子規のように皮膚が破れる前に治療しているのですが、膿は太股の内側から注射器で取り除いたように記憶しています。だから子規みたいに苦しい思いは無かったですが、外に遊びに出る事もありませんでした。
今のように自然体で暮らせる事が、医師も奇跡のように言っていたようです。
子規とは時代も変わり、結核の投薬も格段の進歩があったのも幸いでした。
この事は、詳細は無いですが、第一歌集あとがきにも書いています。

根岸の家は今も保存されていて、付近には江戸時代からの豆腐料理屋「笹の雪」や書道美術館、少し離れますが朝倉彫塑館、羽二重団子屋等々あり下町の散策をお勧めします。


by higashinuma | 2011-10-19 20:46 | 短歌 | Trackback | Comments(0)
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