名物裂

7月8日 月曜日 晴 15時現在我が家は33℃。でも時折涼しい風が通り抜ける。東南側と北西側が解放されているからです。これで、最上階で無ければ、恐らく30℃より温度は下がる筈。

さて、茶道では茶入仕覆、古帛紗、出帛紗等は名物裂を使いますが、古渡の正倉院御物裂や僧侶の袈裟の他、元、明代にも多くが渡来しています。
裂の種類を分別すると、織の名前(錦、金襴、緞子、紹吧等)、所持者の名前(吉野間道、船越間道、角倉金襴、道元緞子等)、裂の模様(花兎金襴、荒磯緞子、笹蔓緞子等)覚えきれない位あります。

書道では「手鏡」と言う書体或いは書風をみるための各古人が書かれた小片を貼りつけた帳がありますが、古裂にもあります。私が見たのは前田家の所有する物で、恐らく古裂は前田家が一番多く所有しているのではないかと言われます。
身近なところでは国立博物館でも所蔵しており、時に展示替えしているようです。

覚えてゆくには多くの古裂を見てゆく事でしょう。
稽古でも茶入の拝見の後に「お仕覆のお裂地は」と問われて「○○でございます」が一番身近でしょうか。

帛紗箪笥なる小箪笥があり、古帛紗、出帛紗を大切に保管されている方も居られます。
我が家は一枚毎の箱入り(買って来た時の箱)を段ボールに詰めているだけですが、以前は季節毎に入替えて使っていたのをこの頃はちっとも手を出して居ない。
現在出してあるのは
b0197486_15233743.jpg

白地牡丹唐草金襴
この手の裂は種類が多く、牡丹の大きさや唐草が二重になった物(二重唐草)、牡丹に他の花の混じった物等々多々あり、其々に名前が異なります。
b0197486_15262963.jpg

船越間道
三好長慶の子船越景直の所持、或いはその子伊予守船越永景の所持からの命名と言われますが、間道は大凡が裂の中央部分と端部分で色合いが違う事があり、帛紗として仕覆としてどの部分を使うかと言う事で必ずしも写真と同じではありません。
b0197486_15335287.jpg

道元緞子
曹洞宗の開祖道元が宋より伝えた袈裟の裂と言われますが、この裂は明代中期以降の制作とされ、定かでないようです。
b0197486_15352881.jpg

古帛紗として初めて買ったもの(約40年前)ですが、中に入れてあった裂の名札を紛失して、正式な名称は不明。例えば道具屋で見かける事も無い。
b0197486_15392597.jpg

雪輪草花文金襴
この裂は井伊家の能管の袋裂

次は出し帛紗から
帛紗の大きさで、楽茶碗で無い場合多くは古帛紗を使いますが、このような帛紗を付ける事もあります。
b0197486_15414549.jpg

角倉金襴
京都の豪商であった角倉家所持から。裏千家12代宗匠又玅斎は角倉家より養子に入られた。
b0197486_15461649.jpg

いちご手
この種類も多いです。この帛紗は織が複雑で、別の機会がありましたら改めて紹介します。
b0197486_15475041.jpg

利休梅つぼつぼ
三千家の家紋のつぼつぼ紋をあしらった利休400年記念の帛紗

つぎは生徒にプレゼントした裂から
b0197486_15505243.jpg

淡々斎好み「祥寿緞子」
何かの記念で好まれたと思うが不明
b0197486_15563193.jpg

朝倉間道
朝倉義景所持「朝倉文琳」の仕覆より
本歌は色相が違うようです。
b0197486_15585446.jpg

天平八稜華文
奈良時代に伝わる錦で正倉院御物
b0197486_160888.jpg

二人静
足利善政が能「二人静」を舞った時の衣装裂
本歌は濃紫地
b0197486_1614014.jpg

有楽緞子
織田有楽所持
b0197486_1623437.jpg

有栖川鹿文
有栖川宮家所持とも言われるが不明
b0197486_1634029.jpg

蜀江錦
前田家伝来。元、明代の成都錦院で織られたと伝わる。

ここに上げた私の所持の古帛紗、出帛紗は1/3位で、他に仕覆もあるので、機会を見てまた紹介したいと思います。
裂にも歴史があって面白いので、是非調べてみて下さい。

※1
同じ裂でも別の名前が付いているものがあります。
※2
映画「敦煌」の中の衣装は良く見かける名物裂の服装が出てきますので参考に・・・敦煌(宋代)の時代にはふんだんに身に着けていたと言う事です。
※3
b0197486_16274183.jpg

湖南省長沙市で発掘された絹織物。紀元前約200年(漢代)

by higashinuma | 2013-07-08 16:08 | 茶道 | Comments(0)