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つれづれ

茶事の事

11月8日 金曜日 晴

寒いけれど、こういう晴れの日は気持ちが良い。
火曜日頃から体調が今一で、昨夜はついに咳と発熱。実は昨日、耳鼻科に行ったのですが、久しぶりだったので木曜日休診を忘れていた。電車二駅向うの誰でもが憧れる街。ここは本当に久しぶり。


同じ街にも何軒もあるんですよ。ずっと通った先生がある時「診療費が間違えていました」と何と倍の価格を請求されました。この先生が来る前には数人の先生に看て貰って、系列の別の医院でも見て貰って、診療内容も同じで、ずっと(10年来?)同じ価格だったのに変でしょう!

この、昔行っていた耳鼻科はお歳の先生と息子さんと二人が曜日代わりで診察していた。お歳の先生は鼻に薬を噴霧するのに顔中薬をかけるのでした。で、息子さんは当時、大学病院で診療されていたので、今日はいらっしゃいますと言う日しか行かなかったので、次第に足が遠のいていた。

色々ありますね。例えば耳の通気をしない医師とか・・・・一番は積極的に診療してくれる医師が希望ですが、なんか時間を消化しているような医師も居ますし、それで気の合うとなると中々居ないです。

今日は歯科医とダブル診療。歯科医は延期して貰おうと思っている。

さて、水曜日は「茶事」でした。
それも「茶通箱を使って立礼」で行うと言う。若い亭主は玄々斎頃の時代を勉強されているようです。

許可は戴いて無かったが写真を撮らせて戴いた。
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木挽町狩野派8代伊川院の竹の図に、その長男狩野 養信(かのう おさのぶ)が竹の子の図を書いている。
養信はもとは(たけのぶ)と呼ばれていたとの事で、竹の子を描く事が面白い。
徳川将軍家の奥絵師として活躍されていたので、家慶の子の名前に遠慮して(おさのぶ)と名乗ったとある。

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玄々斎好みの茶箱と玄々斎の鋳込みがある鉄瓶。結界は大亀老師。
だいぶ暫く待って居ましたが、誰も来られないので、お詰の方が扱うのではないかと思い立ち、そのようにし始めた処に亭主が現れた。

お詰の方ゴメンナサイ
何故、半東の方は出られなかったのだろう・・・・亭主自ずからの半東です。
済みません勝手な事を致しました。
さ湯に入れておられたのはポルトガルから初めて金平糖が渡って来た時のものとの事でした。ポルトガルに唯一一軒当時の金平糖を再現している処があるらしい。
最初、九重かと思っていたのに、こんな貴重な物を戴けるなんて思いもしなかった。

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玄々斎好み香狭間煙草盆、大宗匠花押

そうなんです。写真のように寄付き待合も腰掛の室礼でした。

湯を戴いて、腰掛待合に移動。
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自社ビルの最上階に茶室があるので、庭があります。腰掛の位置から蹲(つくばい)を見る。
こちらのお宅には、この他に8畳と4畳半台目席、立礼席の茶室がある別棟もあり、そちらもビルの中に庭があります。因みに少し離れた場所に一軒家の住居兼茶室もあります。

亭主の迎え付けがあって、本席に初入りです。
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石州流のお家元の染筆で初釜の福引で当てられたとの事。流派が違うのでご辞退されたそうですが、大事にお使い戴けるのならとのお話で戴いたそうです。

寄付き待合の竹と合わされたのでしょうか?
色々な事があっても竹のようにしなやかにとの意らしい。
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点茶盤で茶事をされるとの事でしたが、客架の並べ方が意外でした。
なんでも、玄々斎が四畳半の席でなさったとの事で言われてみれば、8畳にこのように並べると四畳半に収まるのです。

次いで懐石となりました。写真は以上まで・・・・写真を撮ること自体失礼なんですが、と言う事よりも食べるが優先と言う事かもしれない。

向付は旬の「平目薄造りに菊と水前寺海苔」汁は「石川芋(小さめの物を丸くして、芯に辛子を載せたので光琳菊を見ているようです)」
炊きたての未だ蒸されない一文字のご飯、しかも新米・・・是だけでも幸せです。
煮物椀は輪島の時代物です。器が薄いですが、薬玉(くすだま)の蒔絵の金が厚く豪華です。
帆立の真蒸(しんじょ)の上に菊を葛に解いた薄切りを載せ、紅葉や柚子松葉など吹き寄せの趣向。
日本料理は目福、鼻福(こんな言葉あったかしらん)、口福です。
焼物はこれも旬の太刀魚の味噌漬け、炊き合わせの蕪の上には色々の野菜が載っています。和え物は久宝の壺々紋鉢。
八寸は「むかご」と「烏賊の雲丹焼」箸洗い「菱の実」香の物「沢庵、胡瓜、赤蕪」

主菓子も玄々斎好みの「三友餅」をお菓子屋と相談して再現されたそうです。三友とは(目、鼻、口)見た目と香りと美味しさです。全体に芥子の実がまぶしてあり、言われてみれば成程でした。

炭手前の後は中立ち・・・・良い銅鑼の音に・・・後入りです。
是こそが写真を撮りたいところでした。
玄々斎好みの「鴨箱炭斗」淡々斎花押
玄々斎好みの「茶通箱」17歳で亡くなる息子(長男は先になくしていた)一如斎が蓋の裏に「父好む玄室」と書かれています。玄室の号は10歳で戴いているので、その辺りの筆跡と思われるが素晴らしい筆です。

この茶通箱他何点かは私の手元の茶道資料館の特別展カタログにありますので、別にアップし、紹介します。

濃茶(二服)も取り寄せの珍しいお茶で、亭主の心入れが伺われます。
続き薄茶でとの事で・・・・茶通箱点前も続き薄茶点前も正客はすっかり忘れています。が、亭主の心入れがカバーして下さいます。

最後は板長さんのサービスと言う事で、白ワインの中に白小豆や柿をとじ込めた珍しいゼリーを戴いて、胸一杯、腹一杯、この時点では頭は空っぽで帰途につきました。
Commented by gachako1121 at 2013-11-08 22:59
 宗哲せんせぇ~ 

 お身体の調子は如何です
 
 無理したら、あきまへんよぉ (*^_^*)

 どうぞ、お疲れがでません様にお祈りします。
Commented by higashinuma at 2013-11-09 14:59
ありがとう!
お近くでしたら粥を温め・・・なんて事は有りませんね(笑)
お陰さまで快方に向かっています。
by higashinuma | 2013-11-08 08:02 | 茶道 | Comments(2)

茶道をとおして日々の流れをつづる

by higashinuma