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つれづれ

歴史

28年6月19日 日曜日 曇り夕方小雨 27.9℃ 
今日は月一の勉強会のため、朝早く出かけ、掃除などをする。
湯を沸かし、昨日のような暑さは無いが、暑いので、出してあった小代焼の抹茶茶碗を平茶碗に取り替えた。で、気が付いた!抹茶持ってくるのを忘れた。もう少し早く気が付けば自転車で往復大凡40分見ればよいので、取ってくることも可能でしたが、残り時間30分で、時間よりは早く来るので、諦める。
花は半夏生と下野。瓢籠を出して入れた。
最初は「かな」高野切第三種の臨書。「かな」ではあるけれど、筆運びの流れがあるので、作品に仕上げるまでは難しい。要は慣れかも。
次に短歌の勉強。基本は定型(五・七・五・七・七)。短歌を詠草と言う事は詠ずる事なので、リズムが無いとどうも詠み辛い。日本人の感覚は三三七拍子で短歌のリズムは楽勝と思うのですが、どうして?と言う詠草がある。作りっぱなしで詠んでいない事にも問題がある。
前もって語彙を調べて来るように、約二週間前に締め切って、コピーを渡しているけれど、全く調べるどころか読んでも居ない。
定型を順守と締め切りを守る事から始めよう!

そして昼食。
抹茶忘れたので、煎茶を入れて貰う。お菓子は一六タルト。有名なお菓子なのに・・・

その後は古文の読み合わせと内容の説明をする。
今回は明智光秀の側近で明智左馬之助の話。本能寺で信長を滅ぼした光秀は秀吉に追われて最後を迎えるが、左馬之助は信長の名物狩りの道具(本能寺と安土城)を持ち出し、安土城に火をかけて坂本城に籠城しますが、ここも終わりと言う時にそれら名物道具を天守より下ろして、敵方に託し、自害して火を放ちます。
これらの名物道具は秀吉、家康と伝え、明暦の大火で失った物とかあり、この中から拾い出されて修復し、明治維新の時に行方知れずになった道具などがあります。
もう一つ興味深い事は左馬之助の側室の子供が四国に逃れ、坂本龍馬の祖先になったと言う話です。
明智の桔梗紋が龍馬の紋の中に組み込まれているのもなるほどそういう事かと思われます。当地にはそれなりの文献もあるとの事。

その他には利休時代の茶花と南方録の話。
敷板は利休七哲の古田織部が籠には敷板を使わなかったのを利休が見て、是は良いと以後、籠には敷板を使わないようになったと言う話。

他には法門寺の唐代のお宝が16年前にサントリー美術館で展観され、新発見の内容や当時のお茶の内容がはっきりした事。現在はレプリカでも借りられないと言う話等。

土曜日の多摩川
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夜散歩&買い物で土手を行き「湖面の月が綺麗だね」「何処に湖面?」川でした!
by higashinuma | 2016-06-19 17:38 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる