終戦記念日

28年8月15日 月曜日 曇り 28.9℃ 風はあるが湿った風で蒸し暑い

今日は終戦記念日昭和20年8月15日玉音放送で戦争を終えた。310万人の犠牲者と言うけれど、例えば私の母のように、幼い子供と祖母を残し、父を戦争に送り出し、農業を維持するために牛馬の如く(この場合は牛馬の代わりの意)働いたと聞いた。結果として、結核となり、若くして亡くなった。父も海軍だったらしいが、撃沈で足の親指を挟まれたまま海に沈み、自分で親指を切って命拾いしたと聞いた事がある。家では戦争の話はしなかったので、父に直接聞いた事は無く、従兄弟の話。父は幸い命拾いして、家を盛り立ててくれた。が、足の親指が無い事で、晩年は歩くにも不自由していた。

その310万人は戦って亡くなった人を指し、このように母のように亡くなった人も知るべきです。要は戦争が如何に悲惨な状況であるかを拡大して知らしめるべきだと思います。それに、靖国神社の美化された戦争報道はやはりおかしいです。310万人は日本人だけであり、中国はじめ他国の犠牲者も報道があってしかるべきです。

戦後70年以上も経て、未だその保証を訴えている国もあれば、日本が如何に鬼国かを未だに報道している国もある。どこで線引きするかはかなり難しい問題ですが、この恨みは末代までと言うのか、戦後生まれの我々にまで犠牲を強いている。ましてや平成生まれの人いわんやです。28年も過ぎれば家庭を持ち、子供の居る世帯も多い。
歴史を忘れることなく伝えるのは当然として、和解と言う事にはならないものだろうか。恐らく本当の事など知る人も居ないし、何処かの新聞社のように捏造されてはたまらない。誰しも自分の身が可愛い。そういわれればと言う様な事も多くなろう。毎日、同じ夢を見続けると、例え事実に反していても、それが本当の事のように思えてくるものです。

戦争!それは他国との闘いばかりでは無い。ちょっとした感情の行き違いから、親兄弟にも諍いが起きる。そのような事から歴史上では大きな戦になった例がいくらもある。相良親王と桓武天皇。菅原道真、応仁の乱・・・霊鎮めの神社を建て未だに崇め奉る。その意味からすれば靖国神社ももともとはそのように建てられていた筈です。が、時の為政者に歪められてきたと思われる。
他国にしても、近代中国の国民党と共産党の争い。人民を鉄砲玉としか見ていなかったようなところがあり、どこでも庶民は多くはそのような扱いですが、朝鮮戦争の時も北朝鮮軍として、中国人を提供していたと聞く。(中国の指導者が米ソどちらに加担していたかと言う事)その犠牲者達は政治的圧力で抑えられているようにも思う。恐らく、国に保証は求めていない筈です。

韓国と北朝鮮は同じ民族乍ら分断されて、彼らも分断に到った原因の国には保証を求めていないのも不思議です。ここでも、大きな戦争があった事は事実です。

敗戦国日本と言う事で、彼らの求める保証はキリが無い。政治上は解決している筈なのに、そして民間でも救援しているのに、あれらの莫大な金は何処へ???。今回10億円の拠出も恐らくは意味の無い物になるだろうと懸念する。多くは戦後生まれの人の税金収益です。

尖閣や竹島も日本政府はかの国のように、国民に日本の領土と言う事を何故訴えないのだろう。韓国であれば、人目に付くソオル地下鉄通路のど真ん中に大きな模型を置いて韓国の領地として掲示しているし、竹島に駐在所も置いている。何故日本は静観出来るのだろう?他国の内政の道具だと言ったところで、それが、先程の夢のように毎日その状況にあれば、本当の事のように錯覚すると言う事だ。

我が家は小競り合いはありますがね( ´艸`)
日曜日の昼と夕飯
b0197486_10472574.jpg

牛肉と南瓜の炒め物・・南瓜がホクホクして美味しいですが、北海道産より九州産の方が合うかも
b0197486_1049636.jpg

トマト卵炒め
b0197486_10493547.jpg

豚茄子味噌炒め
b0197486_10501776.jpg

胡瓜の口直し

by higashinuma | 2016-08-15 09:32 | 所感 | Comments(0)