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つれづれ

江戸初期の頃

28年9月19日 月曜日 三連休もこの天気では今一気が載らない 小雨模様 27.5℃

今、一番興味あるのは江戸時代初期。豊臣から徳川に変わって、戦乱の世が落ち着く辺りです。偶々ですが二人の作家が柳生と武蔵を書いているのを読んでいる。武蔵は吉岡一門を根絶やしにして、この小説の中では一人の弟子をとるのですが、柳生道場の高弟二人を僅か数か月で育てたこの弟子が倒すのです。武蔵は仕官する気も無いが大名は恐れをなして口を閉ざすのです。一方、柳生は徳川の指南になり秀忠、家光と代を継ぐ。これに合わせて時代の流れなども書かれているので、歴史を知る上でも広がりがあり面白いと思う由縁です。少し前に読んだ遠州の話もこの時代で、著名な人物が度々登場します。
後水尾天皇、沢庵和尚等々。小説には出ていないが他には吉野太夫や本阿弥光悦等が居ますし、お茶関係では宗旦。仁清や宗和もこの時代です。武蔵は少し先の時代で、この辺りでは恐らく肥後細川家に滞在するのではと思われ、続きが待たれる。
柳生は秀忠に仕える宗矩から、その子十兵衛も家光の小姓役を賜り、稽古相手として活躍しますが、宗矩の庶子(側室の子)の友矩が柳生新陰流の達人乍ら、容姿端麗で家光のお気に入りとなり、色々あって十兵衛は職を解かれて柳生に戻る。代わって友矩が小姓となる。これも展開が待たれる。

次の時代になると仙叟が三千家を開き、裕福な商人や武家のお茶人口が増えるのです。この時代には石州流の片桐石州等が活躍します。過日、展覧会のあった千家十職も楽では名工と言われる道入や大西浄林、中村宗哲等が良い作品を残している。今、勉強中の古書もこの頃に出来た物です。材木商冬木屋、近松門左衛門、奈良屋茂兵衛等江戸の豪商は光琳や乾山等のパトロンとなり、江戸文化が華やかな時代です。

去年は徳川と沢庵の確執(紫衣事件)から流され、沢庵が隠棲した山形の春雨庵を訪ねた。秀忠は御殿山に東海寺を建て沢庵を迎えますが、ここには円能斎の墓所があるとの事です。
前に行った事があるが、川越には家光の乳母の春日局の化粧部屋が移築されていたり、この時代の遺跡も多々残りますので紅葉の頃にそれらを巡るのも楽しみです。

土曜日の秋
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深大寺境内の薄紅葉
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芒。この反対側は白萩が咲いていた。
「欲しいでしょう」
「ん、喉から手が出てる」
by higashinuma | 2016-09-19 10:25 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる