玄猪包

28年10月30日 日曜日 曇り 21.1℃ 昨日よりもっと冷え込んだ。
今日は薄いダウンジャケットを着て出かけた。月一回の勉強会です。
最初に短歌の勉強をする。
次に江戸時代に伊勢貞丈に因って書かれた包結記の中から玄猪包を読み、実際に折型で作ってみた。
この本によると引合紙(ひきあわせかみ)を二枚重ねて、碁石のような餅を包み、将軍から臣下に下賜したとある。
引合紙は大変高価な紙だったようで、やがて杉原紙に代わり、現在市販では無いようです。
今回は、古いカレンダー(奉書大)を使って、折ってみた。その引合紙の寸法が分からないのですが、何とか図の形には出来ました。

玄猪包香合があり、多分最初に造られた仁清の物(写しを多くの作家が造っている)は少し折型と違うように見えるが、近年作られた香合はこの折型の形です。
彩豊かな水引で結んでいますが、この水引も今は在りません。

包結記は江戸時代に書かれていますが、伊勢家は代々そのような仕事の家系のようで、内容は京都将軍家となっている。京都将軍家とは室町幕府の事で足利義政等の事です。一方、仁清は江戸時代後水尾天皇の頃ですから、将軍と言えば江戸徳川家になります。が、将軍家と天皇家の違いがあるのかも知れません。

因みにもう一枚の資料は江戸時代家光の頃に書かれた「公事根源」の亥の子餅の項目。これは天皇家の行事を書いた本です。
亥の子餅は内蔵寮から届けられ上の亥の日に朝餉(あさがれい)で聞し召す(召し上がる)とある。いつごろからの事かは分からないと書いてある。
亥の子餅は源氏物語にも書かれていますので、相当古くからの行事のようです。

あと二週間で茶会。故事に習って亥の子餅に銀杏の葉(干菓子)を添えてお出しする事にしました。
この介添えの葉には下賜する人の名前が書いてあったようです。
餅を載せる「かいしき」は一の亥の日は「しのぶと菊の葉」二の亥「しのぶと紅葉」三の亥「しのぶと銀杏の葉」で、又、下賜する人の階級により、用紙も細かい決まりが書いてある。そして、最上の人には、この玄猪包みの上からもう一度、香包みにして包んだ事が書かれています。

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仁清写の香合(本歌では無いと思う)・・本歌は益田家伝来?
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伊勢貞丈の包結記折型による・・模様はカレンダーの柄(表面)
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写真の香合は折型の裏面でも無い不思議な折様・・他には明らかに折型の裏と思われる物もある。
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折型の裏面はこんな感じです・・然るべき所の茶会写真から
知ると知らないでは大きな違いがある事が分かった事でした。

この包結記には長緒の結び方や茶壺の口緒、淡路結びなどもあり興味深い。

by higashinuma | 2016-10-30 15:56 | 所感 | Comments(0)