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つれづれ

三夕

28年11月6日 日曜日 晴れ 21.9℃ 今日はとても良い天気で気分も上々 朝はこうでなくちゃ!

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今朝の富士・・もう少しすれば(冬本番では)大気も澄んで綺麗に見えると思う
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昨日の夕富士・・この姿も久しぶりに見ました・・土手には写真撮る人多かった

さて、タイトルの三夕ですが、普通はこれを「さんせき」と読ませて新古今和歌集の何れも結句が「秋の夕暮」になる和歌の事を指します。
しかし、茶道手帳の11月季節の言葉は違っていた「さんゆう」とルビがふってある。
何の事だろう?色々調べても三夕には「さんせき」の読みしかなく、先の和歌の事が書いてある。もう一冊の茶道手帳は確かに三夕という季節の言葉はあるが、ルビはふって無いので「さんせき」と読むのだろうと思う。
茶道手帳の季節の言葉は生徒が茶杓のご銘として良く見ているようです。気が早い事ですが、年賀でお配りする来年の手帳にも「さんゆう」のルビがある。恐らくは日付等の以外は同じ印刷なのだ。
茶杓の銘で「さんゆうでございます」と言われたらどう応えれば良いのだろう?
単純に「さんせき」の間違いなら説明もつく。

見渡せは花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮 藤原定家
寂しさはその色としもなかりけり槙たつ山の秋の夕暮 寂蓮法師
心なき身にもあはれはしられけり鴫たつ沢の秋の夕暮 西行

来週月曜日が立冬なのですが、この歌の秋の夕暮は旧暦になぞらえてもなかなか、風景が想像しにくい。どの和歌も京の都で心象風景を読んだものとされます。それを彷彿させるものとして、この和歌よりも時代は400年も下りますが、長谷川等伯の「松林図屏風」があります。
ふと思ったのですが、トップに上げた影富士も容易にこの和歌に溶け込むような気がしました。
by higashinuma | 2016-11-06 08:31 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる