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つれづれ

カテゴリ:正月( 6 )

中国

パート3
新年を祝う爆竹や花火は毎日続いた。話に因ると長いときは1か月もと言う事だった。
街の何処と言うことなく、突然大音響に鳴り響くので慣れるまではびっく!としていた。
夕方が多いが、時間帯は特に決まっていない。

昔、中国映画で「哀憐花火」を観た。花火を生業とする旧家の一人娘と許されない恋する男の話で、最後は自慢比べみたいな事をするのだが、体に爆竹を巻きつけての生死をかけたプロポーズ?に悲しいまでの話だった。もともと、爆竹を鳴らして邪気を祓うのが大晦日から新年の行事のはずが、今ではその暴発する快感にのみ意味をもつようになったと思われます。

この日は前に来たときに小雨だったため、急階段は危険だからと行かれなかった西山の龍門に連れて行ってくれた。
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この石段が延々と続きます。画面左側は数百メートルの絶壁。この日は霧が湧いて下に広がるはずの昆明湖も見えません。見えないだけ怖さが薄れるかも。
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晴れている時のもの。観光案内より戴きました。この絶壁です。下の海のような処が昆明湖。
無事に龍門の下の龍玉を触り、科挙ならぬ「世界平和」「学業成就」「健康」等々神様が忙しくなる程祈願してきました。
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龍門を下った処に中国国歌を作曲した聶耳の像がありました。
昆明は彼の生誕地でここにお墓があるとの事。
偉業を称える記念館が併設されていました。日本留学中に来ていた浴衣や下駄等も展示されています。
聶耳は「義勇軍行進曲」を作曲した年の1935年7月17日の午後に友人と鵠沼海岸で遊泳中に23歳の若さで帰らぬ人となりました。
「義勇軍行進曲」は1949年に中華人民共和国の国歌となり、このような事から藤沢市と昆明市は友好都市を結び昆明市内に和室、日本庭園等がある友好会館があると聞きました。

この日の夜ご飯の一部です。
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中央のは餅と野菜の炒め物。とても美味。大きな餅のブロックを薄切りにしていました。べたべたしないので粳米の餅だと思います。
この味が忘れられず、家でも作ってみました。
餅は韓国のトックを使います。色々な野菜を炒め餅を入れて、水少々さしてフライパンに蓋をし、柔らかくなったら韮を加えます。味付けは塩胡椒。結構いけます。
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正月の玄関飾り。外扉に大王松のような枝を二本下げています。内扉は年賀の絵を貼ってありました。
写真撮って無いですが、部屋には正月の神様を迎える室礼をして食事の前に蝋燭を二本立てお祈りしていました。果物や何かお供えがありましたが、忘れました。
叔母さんの家は小学生がいるので、お年玉を赤い袋(红包と言う)に入れなん袋か用意していたが、予想外に子供が多かったので、後で子供に渡すよう車で送ってくれた叔母さんの息子に渡した。

このマンションの建物に入るのにも暗証番号を入れる仕組みで、敷地に入るには警備員の許可が要ります。
因みに叔母さんの家の敷地も警備員が数人巡回しています。
次の日は椿を観に行きました。広大な植物園では椿が盛りです。前にアップした写真のもの。
帰る日の夕食
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右蚕豆とグリーンピースのご飯(雲南ハムが入るのが中華風)と左の野菜は「チシャトウ」の炒め物。
チシャトウはお茶事で八寸に味噌漬けのを戴きますが、生を見たのも炒めて食べたのも初めてでした。
ブロッコリーの茎を想像して戴ければ良いかと思います。因みに我家ではブロッコリーの茎も生で食べます。
餅料理は美味しいと言ったのでまた作ってくれました。
下から二枚目の写真中央は豚肉の天麩羅です。
どの料理も結構油を使っていますが、意外とさっぱりしてどの料理も美味しかった。殆ど塩味。
海のような菜の花が彼らの一年間の食用油なのです。
すっかりお世話になり、今回も楽しく過ごさせて戴きました。都合4度も行ってます。
基点として、麗江、大理、シャングリラ、石林、羅平に行ってますが、今度はタイ族の住むシーサンパンナにも行こうと言ってます。

昆明は春城と言い一年中温暖な処です。熱帯地域にありますが、標高2千メーターの位置にあるので、暑さを感じさせません。その所為か人々も温厚でとても友好的です。
驚いたのは各家々が太陽光発電や温水装置を屋根に付けている事です。街は年々増殖し高層ビル化しています。数年後は地下鉄が出来るそうで、この家族も地下鉄駅至近の高層マンションを購入しています。
新しい国際空港が間もなく営業開始するようで、中国政府はこの街を東南アジアの窓口としての更なる機能を持たせようとしています。ラオス経由でバンコクまでの高速道路もラオスの一部工事を残すのみと聞きました。ラオスには中国で出資しているようです。
おざなりになっていた地方都市も今は発展目覚しく、変貌しようとしています。

昆明の有名な料理は過橋米線ですが、これは前に伺った時に戴きました。東京でも私が知っている二軒の雲南料理店がこの麺を出しています。

この地を映画に
「桜桃」「雲南の花嫁」「カルマの恋」等がありますが、これらの映画は雲南省の地方(僻地)で撮影され、昆明の市街は殆ど見られません。




 
by higashinuma | 2011-02-03 10:20 | 正月 | Comments(0)

中国

パート2

この小旅行での初体験
その一、
男の人達は夜は賭けゲームをしていました。初めてみるカードゲームなので私は傍観者。
現金が飛び交うのです。昔々マージャンで現金が飛び交うのは見たことがありますが・・・・

その二、
朝食はホテルの外の屋台で丼の中が真っ赤に燃える(つまり唐辛子やラー油みたいな)牛肉そばを食べました。私の分はあまり辛くないものを注文してくれたみたい。
幼稚園児のような子もいましたが、大人と同じ真っ赤のを食べています。 
けれど美味しかった。

その三、
昆明に戻って来たのが夜12時頃。この街で美味しいと言う麺を食べに連れて行ってくれました。確かに麺は美味しかった。この麺は米の麺です。焼き鳥のような串焼きもつけてくれましたが、辛くて食べられない。まぁ、ここまでは日本でもあるかも知れない深夜に麺を食べる図ですが、腰掛けているのは高さ15cm程の椅子。テーブルもそれに合わせ低い。で、この店に靴磨きの人が数人居て、客が麺を啜っている間に靴を磨くのです。私も土ぼこりの靴を磨いて貰いました。
想像出来ますか?低いテーブルで麺を食べている間靴を磨くのです。幸い夜の裸電球の下なので埃が舞うのは見えないですが、恐らく昼の日差しの中だったらぞっとするに違いない。
深夜に麺を食べたのも初めてなら、食事しながら靴磨きも初めてでした。

次の日は昆明の中心部を観光した。と言うか街のぶらぶら歩き。
広大な雲南大学には清代の科挙試験(役人の登用試験)をする建物が残されていた。丁度、日中共同製作NHKドラマ「蒼穹の昴」を観ていて、科挙の試験は一人づつの部屋が宛がわれ、何日かここに泊まって、この場所で課題の答案を書くのを知っていたので、結構感動ものでした。

夜は叔母さんの家で食事をするらしい。
3階建てのメゾネットタイプの住居で、珍しくお風呂もある大きな家だ。
南の方の人は例えばタイ人でも基本的に風呂に入る習慣はありません。
叔母さんの家族の他にご主人の兄弟とその子供の家族・・・・・いろいろ紹介されたが未だに関係が分からない。要するに子供たちも含めると20人程の食事会。男グループと女グループに分かれての食事が始まった。
彼らはアルコール50度もある酒をぐいぐい飲みます。
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上の大きな丼は魚に根曲がり竹や色々の野菜に香菜が散らしてある。
辛い!それでも私のために辛さを加減したらしい。筍だけつまみました。
ごめんなさい!どれも美味しいけれど、一番美味しいのはトマトスライスでした。
ポテトチップも自家製。緑色の野菜は山菜で大変貴重なものだそうです。
こうして何かあると親戚のどこかの家に集まりみんなで食事をすると言う事でした。
盆正月、お祭りは田舎(私の生家)でもこういう習慣がまだ残っています。
遅くまで笑いの絶えない食事会でした。
听不懂!(分からない)の連発でしたが。



    
by higashinuma | 2011-02-02 19:42 | 正月 | Comments(0)

中国

今日2月2日は中国では大晦日
夕飯は家族全員が集まってご馳走を戴くのは日本と同じですね。
去年の正月は大晦日から一週間、雲南省昆明市の普通の家族の中で過ごしました。
名づけて「私家版ウルルン滞在記」を披露しましょう。

パート1
東京からの直行便は無いため、最近は大韓航空で仁川(インジョン)経由で行ってます。
成田を昼ちょっと過ぎに出て仁川で約4時間待機。夜に出発して昆明には深夜に到着します。
前は中国国際航空で行きましたが、やはり北京で4時間位待機して深夜に到着ですが、成田出発が結構早いのと、仁川空港では待機時間に韓国文化を紹介しているコーナーや色々な店を覗くのも退屈しないのでこのコースが定番になりました。
帰国便は夜に昆明出発で早朝に仁川着。やはり3時間位待機して昼頃に成田に着きます。去年のこの旅行で気が付きましたが、空港に仮眠出来るスペースがあるんですね。区切られた仮眠室がある空港は結構ありますが、このコーナーは珍しいかも知れない。仁川空港はそんなこんなで、利便性が良いのです。

大晦日は今回は叔父さんの家族と一緒にご飯を食べるそうで、夕方からその家に移動。
ご飯を食べ始めたら、いきなり玄関の処で暴発。かなり吃驚!爆竹でした。それもかなり強烈です。逃げようと思いましたが、みんなは平然と箸をすすめています。
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長テーブルに処狭しと並んだ料理
上の写真の薄い黄色四角いのはチーズを揚げたようなもの。餃子型のは薄焼き卵で作った餃子。
中の写真の魚は川魚ですが、正月の定番「魚(ユィ)」の発音が裕(ユィ)に同じ、余裕がある、富裕であるの意味らしい。その上の肉団子状のものは蓮根団子です。
あぁ調度一年前。結構忘れている~
私が行くからと辛い料理は無かったらしい。どれも美味しく、初めてお会いする家族の方もいらして話が弾み宴が続いた事でした。
すみません中国語今一なので、単語が飛び交っただけでした。
この夜は街の中で大型花火があちこちで上がり、爆竹は絶えることなく、賑やかな大晦日でした。
確か、北京や上海は爆竹、花火は禁止のはずだった?

バンコクでも大晦日から新年は花火が見事です。
ちょっと余談。サンパウロに行った時、寝ていたら夜中にピストルの撃ち合い状態で目覚め・・・怖くて布団にもぐっていた。翌朝、聞いたら、新年の爆竹だった。家中に笑われた。この時が爆竹の始めでした。

2日目からは、この家の長女とご主人、ご主人の友達5家族で、車3台の一泊旅行に行きました。
この内容は以前のアップで菜の花見物がそうです。
この中に小学生の女の子4年生?がいて、この子のお陰で単語会話が弾み、知っている人は一人でも、誰とも仲良くなれました。子は鎹とはこの事か?←夫婦間の事です。

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民族衣装のこの子達は、撮影用にここで貸している衣装です。
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この人達が着ている青色がこの地の民族衣装で観光用ではなく、普段の生活で着ています。
by higashinuma | 2011-02-02 08:32 | 正月 | Comments(0)

小豆粥

京都っていいですね。いつ行っても良い!
今の時期、小豆粥が食べられるお寺がある。妙心寺頭塔東林院だ。
わざわざこのために京都へ行った訳ではないけれど、折角ならと行ってみた。
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先ず、広間(仏間続き)に通されて、点心を戴く。この場所からはこのお寺の有名な沙羅(夏椿)の大木がある庭が見られます。縁高の隣は大福茶です。
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小豆粥のお膳。奥の客殿で戴きます。
住職が精進料理を教えておられるので、味は折り紙つきです。
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客殿に渡る廊下の庭には千両が・・・鳥避けの線が張ってある。
この記事は二年前のもの。今年も行きたいなぁ。

小豆粥には子供の頃の思い出がある。
母の居ない私は祖母に育てられた。
祖母は、ある寒い日、祖母のコートに包まるように寄り添って小一時間はかかる夜道を歩いて檀家寺に連れて行かれた。その後そこより、別の寺に移動した。この寺は鬼子母神を祀ると聞いていたが、その後は行った事が無いし、場所も知らない。
このお寺で大黒さんに小豆粥を戴いたのだった。写真のようなお膳ではなく、お碗に熱々の小豆粥を少し戴いただけだったが、今でも忘れられない。小豆粥は薄い塩味なのですが、年端も行かない子供ではあったけれど、お寺などどんな様子だったなんて覚えて無いがこの味だけはしっかり残っている。写真のような餅は入ってなかった。
小雪が舞っていたからやはり今の時期だったのだろうか。

東林院の小豆粥には味が付いてなく、小皿の塩昆布を混ぜて戴く。
戴く前に、ご飯を少しつまんで小鳥のために喜捨(だったかな?)するのも禅寺の作法のようです。

妙心寺に行くには遠いイメージがあり、何気に行くのを躊躇われたが、行ってみると意外と近いし、電車も間をおかずにあるようです。お奨めです。
by higashinuma | 2011-01-10 21:26 | 正月 | Comments(0)

和服

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仲良しの和服姿
街の国際交流での初釜の集いで和服体験です
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最初の写真の後ろ姿
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こうして並ぶとミスユニバース日本代表なんて(笑)でも彼女達は異国の人
私の引率は8人で全員が日本語専攻の大学生で一年の留学(三年生の時に)で来ています。
左二人は知らないグループの方ですがすぐ仲良くなりました。
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茶道も体験しました。坐っている三人はお茶を習っています。私の処で習っているのは左の二人。
留学に来て都合八人が習い始め、今回は五人参加しています。
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日舞の先生に「さくら」を習いもしました。
先生の右でカメラ持っている方はロシアの方とか。来日15年だそうです。黒柳徹子よりは多分20歳若いけれど(笑)振袖が大変お似合いでした。

良い一日だったと喜んで帰りました。次回は花見の宴でお会いしましょう。
by higashinuma | 2011-01-09 17:23 | 正月 | Comments(0)

初詣

初詣は例年、紅白歌合戦を11時で切り上げて、深大寺に行ってましたが、今年は紅白が始まる頃には横浜中華街で○○○○オンパレードの大晦日ご馳走を戴いていました。そのため、帰ってからも何となくだら~として神様仏様には申し訳ないけれど、夜が明けてから参ることで許して戴き、早めの就寝。

さて、8時。朝だよ~!深大寺行くぞ~の掛け声で出かける。
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除夜の鐘の頃には凄い人出なのですが・・・本堂近くに行くのに15分位行列を待つ・・・この時間の詣での人出は多いか少ないか知らないけれど、まぁまぁの混雑。

名物に旨い物無しと言われますが、深大寺蕎麦も店によって××だから、最近は境内で食べた事無し。以前お菓子を取り上げたが、あれはゲゲのお父さんが「これは旨い」と言っただけの事はある。
今日はわき目もふらず帰る事に。

で、帰り道の調布、布田天神へ
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早く卒業して!のお願いをする。と言うのは嘘で何処に詣でても「世界が平安でありますように」お願いしています。
ここで、初心者教室の生徒の家族に出会いました!優しそうなご主人と娘さん二人。幸せが溢れていました。

甘酒飲みたいの不順な「あいつ」の要望で次は布田成田山へ
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その後は安さが売りの菓子屋で「はなびら餅」を買って帰りました。
しっかり牛蒡の味がして、白餡に味噌を混ぜた?まぁまぁのお味でした。
by higashinuma | 2011-01-03 21:34 | 正月 | Comments(1)

茶道をとおして日々の流れをつづる