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つれづれ

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名残の茶

今日は台風が上陸するということでしたが、今は夜10時。確かに雨脚が強かったり、ビル風が凄かったりでしたが、台風?って感じで、いつものように過ぎています。
電車は平常じゃなかったですが。
初心者教室の10月最後の日。で、名残の茶も今日で終わって来月からは新茶。今年の5月頃に摘んだ茶葉を茶壷に詰めてここまで寝かせて置く事によって、茶の旨み成分が出てくるそうです。詳しくはいろいろ本があると思います。それで、前に書いたように11月は茶壷の口を切って、茶葉を茶臼で挽き抹茶にします。これにはかなり時間がかかります。それで、暇な人しか出来ないので、暇な人を「お茶っぴき」と言いますが、ここからきています。
この11月から使い始めた茶葉も一年後の10月には残り少なくなるために名残りと言います。あと一つには風炉から炉に変わるのでその面からもお名残り惜しいので名残りと言われます。しかし、炉から風炉の時は名残りとは言いませんのでやはり茶葉の方からきているのでしょう。

今日の掛物は短冊で大亀老師の染筆です。語句は「直心是道場」です。
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花は蓑虫籠に「庚申薔薇と錦萩」です。
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薔薇は棘がある事、匂い、花が華美のためあまり茶花には使われないようです。しかし、薔薇の歴史が古い事。一説には奈良時代。平安時代の枕草子にも出てきます。今回の薔薇は原種に近く華美ではないので使いました。上の写真と下の写真は薔薇を差替えています。蕾だけでも良かったのですが・・・・
ぼけや浜茄子も棘がありますが、茶花で使用します。匂いも水仙や梅等は利休も使用しています。要するにその場の雰囲気を壊さない事でその茶席の趣向に合っている事かと思います。萩は白い花ですが実は赤も混じって咲くので錦萩と紹介しました。一概に萩と言ってもとても種類が多いのです。
生徒の今までより、花に興味をもって見るようになったと言う言葉で幸せ気分になれる講師でした。
今日は写真を撮ろうとしたらメモリーカードがありませんのメッセージ。そういえばパソコンに入れて忘れていました。この写真は携帯で撮ったものです。我家は二人でボケています。お互いに「あれ知らない?」「分からない」週何回かこんな会話です(笑)
by higashinuma | 2010-10-30 22:36 | 茶道 | Comments(0)

又玅斎

奈良の話のついでに裏千家十二世又玅斎の話も書きましょう。
先のブログに狛江市に作家宮尾登美子がお住まいの事を書きましたが、作品の中に「松風の家」があります。単行本で上下巻。松風は茶道に興味ある方は直ぐにお気づきのように、茶の湯釜の煮え音です。
江戸末期から明治にかけての裏千家の変遷を書いておられます。宗家筋によりますと、ほぼ忠実に書かれているとの事です。十一代玄々斎から十二代又玅斎十三代円能斎にかけて時代背景も興味尽きずお奨めの本です。

奈良の観光は時々土砂降りの雨になりました。それで、奈良博は早々に引き上げ、国立博物館を見学、博物館を出る頃には陽が差すようになりました。時間があったので依水園に急ぎました。

依水園は京都の宗家を離れ又玅斎が住まわれた遺跡です。
又玅斎は玄々斎の娘婿で京都の豪商角倉の出です。良く茶入の仕覆裂に使われる花と兎の模様で角倉裂はここからきているそうです。
依水園は東洋陶磁の美術館も併設していますが、閉館時間ぎりぎりになり、私も時間が取れないことから美術館は諦め、依水園の閉館時間を快く延ばして下さった配慮に遠慮なく庭園を拝見させて戴きました。

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又玅斎の作庭と聞きましたが、春日山を借景に東大寺南大門が湖面に映り、瞬間、京都に戻られなかった胸中を垣間見た気がしました。
それにしても、先ほどまでの雨が嘘のように晴れ渡り、陽が射してきたのです。
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奥に見えるのは待合です。これに続く茶室は想像が膨らみますが依水園を離れ、ここに現存せず残念な事でした。雨に濡れ、茶会に招かれて、打ち水をしたように程よい露地でした。
by higashinuma | 2010-10-29 09:22 | 茶道 | Comments(0)

饅頭の話

「炉開き」と「口切」は茶人にとって重要な行事の一つです。本来は炉開の後に口切を行いますが、大方は同時にお稽古で、善哉等で祝い行っていると思います。風炉から炉と言うのは明確に分かりますが、口切は現代に於いては分かりにくい行事と思います。何度も繰り返して、11月からは今年の新茶を戴き、10月は去年の茶葉の残り少なくなったものを戴いていますと言っても、抹茶を買いに行けば、いつでも香り高いプルトップ缶のお茶が楽しめるのです。茶壷の意味も薄れて、この時期には茶壷に飾り紐を結ぶくらいしか頭に無い。
もとに戻し、茶壷の話ではなく、饅頭の話なのだ。
何故、饅頭かと言うと、口切の祝いには「織部饅頭」が主菓子として多く使われるからです。

饅頭の歴史は古く、室町時代初期に来日した林浄因の話から始めなくてはなりません。
今年、上海万博初日から日本館での裏千家の茶道紹介が行われ、参加させて戴いた事は前に書きましたが、団体と言う事で、移動は関空からでした。私は帰国後、奈良と京都に寄ってきました。一つは奈良博を見学する事と、奈良国立博物館での遣唐使展を見学する目的でした。奈良は中学の修学旅行以来で正倉院展等興味がありながら行くチャンスが有りませんでした。今回、折角のチャンスで短い日程なので、先ずは、観光バスに乗る事にした。丁度、主な社寺を回り、最後は奈良博で終わるコースがあり、それに乗る事にした。
宿は京都に出る事を考えJR奈良駅の近くにとった。翌朝、観光バスに乗るために近鉄奈良駅に急いだ。その途中、偶然にも饅頭神社に出会ったのだった。正確には漢国神社の境内の林神社である。
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話には聞いていたが、まさか目にするとは思いも寄らなかった。急いでいたが、一旦通り過ぎて戻り参詣したのだった。

林浄因は宋代の詩人林和靖の子孫で、建仁寺第二世龍山禅師が宋に留学時に帰依していたとされ、入宋後四十年を経た禅師と共に来日し(1341年)、禅師は天竜寺に住まわれたようです。浄因は折から南北朝時代の戦乱を避け、奈良に住まわれ、そこで小豆餡入りの饅頭を作ったとされます。中国の万頭の歴史をみないと分かりませんが、肉饅頭が食べられていたとすると、日本では獣肉は食べなかったので、小豆餡となったと推定出来ます。横道に逸れますが、羊羹の歴史もそうですね。寺院は当時上流階級のサロンでもありましたので、そこでの饅頭は大変な評判だったようです。
それは後村上天皇に献上され、天皇は大変感激して浄因に官女を妻として下賜され子をなしましたが龍山禅師が亡くなると子を残し帰国(1358年)しました。建仁寺にも林浄因の碑があるのはこの謂れです。
その後、子孫は京都と奈良に別れ住み、京都に住む三世は応仁の乱を逃れ妻が三河塩瀬領の豪族の娘であった事から、移り住み塩瀬と名乗ります。これは塩瀬饅頭の始まりとされています。奈良林家はその後断絶。塩瀬には後土御門天皇から賜る五七の桐紋と足利義政からの看板が残るとの事です。
秀吉の時代に再び京都烏丸に出て、饅頭と茶巾を商ったとある。

利休時代に塩瀬の饅頭を茶会で使ったという記録は見つかりませんが・・松屋会記(1559年の会)に僅かに小饅頭とあるが内容は不明、茶道の帛紗は塩瀬を用いる事が面白いですね。
しかし、当時は未だ砂糖が普及しているとは思われない事や同じく宮内庁ご用達の虎屋の饅頭も見逃せないし、私見ではあるが、茶巾と塩瀬の布が結びつかず恐らくは奈良麻の茶巾のような気がしてならない。
また、上用饅頭とも言う事から、堂上人や僧侶のものとされ、男子のみ口にされたと聞きます。茶道の奥伝には五種盛り或いは七種盛りの菓子を呈しますが、饅頭を中心にして囲むように他の菓子(女房達も口にしたとされる練切等)を盛ります。
まだまだ興味をひく内容ではある。

一方、「ひょうげもの」が大ブームのようですが、利休高弟の一人古田織部を描いています。利休蟄居の折には細川三斎と共に宇治川を下る利休を見送ったとされます。また、独特の緑色の釉薬、沓茶碗など創意も今に伝わります。
さて、織部饅頭は上用饅頭に抹茶の緑が彩りとして添えられて、井桁等の焼印が押された饅頭で、織部の好みになる陶磁類の意匠をまねたところから織部饅頭と言われますが、白い饅頭に僅かな緑色がはっとするような美しさで、やはりこの時期のものと言う感があります。茶道に取り入れた歴史も調べたいですね。
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織部饅頭写真は細川幽斎所縁の熊本の菓子屋香梅ホームページから戴きました。
by higashinuma | 2010-10-28 17:33 | Comments(0)

蓑虫花入

今日は寒かったですね。北海道の雪も、近畿地方の木枯らし一番も愈々冬の到来を告げています。
今日の軸は「時雨の和歌」にしようか迷いましたが、時雨には未だ早いだろうと「直心是道場」大亀老師の染筆短冊です。してみると、時雨を過ぎてもう雪なんですね。
余りに急速の冬ですが、「時雨」は東京の里紅葉が始まったら掛けましょう。
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花は水引、秋明菊、台湾ほととぎす
今までは山ほととぎすで、優しい感じですが、台湾ほととぎすは斑点が強く出て、如何にもほととぎすです。栽培種は殆どがこれです。
花入は「蓑虫籠」先日、探し物をしていて出て来た物で、家にあるのをすっかり忘れていました。
道具帳は付けてあるのですが洩れていました。
籠花入も風炉の季節、つまり今月で終わりです。次の土曜日に使って今年最後です。
こうしてみると道具についても一期一会がありますね。
お菓子は京都の干菓子で有名な亀屋友永の栗(半生)到来物の京都満月 の 阿闍梨餅 。
写真は撮りそこないました。
来月は炉開きや口切りの、茶人にとっては正月に匹敵する行事があります。茶事はちょっと無理でも、せめてお菓子はそれらしきものを用意したいと思っています。因みに去年の炉開きは善哉を用意しましたが・・・・
by higashinuma | 2010-10-26 23:27 | 茶道 | Comments(0)

お菓子

初心者教室も三回目を向かえ、いつもの教室の稽古とは雰囲気が違い・・教室では来られた順に稽古を始める・・数名が同時に稽古をする事に戸惑いを感じながらも何とか無事に終えている感はありますが、生徒は果たして満足して下さっているだろうか・・・。
今日のお菓子は蕎麦饅頭で長野よりの取寄せ。美味しいと思った菓子屋(双松庵唯七)のものです。
蕎麦の香りがしないと言われましたが、蕎麦饅頭は皮を作るのが大変難しいと聞きました。二八蕎麦とかあるように蕎麦に「つなぎ」を入れないとまとまりにくいからです。
「つなぎ」は小麦は勿論、山芋だったり、新潟の有名なへぎ蕎麦は海草を使うようです。お茶で使う饅頭は「上用饅頭」と言いますが粉と山芋を混ぜて練り、皮を作りますので、この蕎麦饅頭も山芋で練っています。上用でも蒸す時に割れたりしますので、まして蕎麦では大変だと思います。
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皮も餡もしっとりと美味しい饅頭と思いました。
生徒に「美味しい?」と聞きながら、昔、和食の店での事を思い出して可笑しくなりました。
食事をしていたら、ウェイターの若い店員が側を通りすぎて、わざわざ戻ってきて顔を覗くようにして「美味しい?」と聞いたのでした。初めての事なのでちょっとびっくりして、やや置いて「美味しいよ」と言いましたが、余程不味くない限りは大抵の人は「美味しい」と言うのではないでしょうか。この店も数回行って、今は消えましたが、その時の前にも後にも店の人にこんなふうに聞かれた事はないけれど、自分の方から「美味しいです」と言う事はある。
中国語を覚えたての頃は中国人が働く中華料理店で「很好吃(ヘン・ハウ・チー)」と頻発したものです。
餡は皮むき餡で松江の銘菓「朝汐」と同じ。
狛江には作家宮尾登美子氏がお住まいですが和菓子大好きと書かれています。その中で餡の美味しいものとして「朝汐」も上げておられます。先日、お会いしましたが、早くにこの蕎麦饅頭を知っていたなら、買って差し上げたのにと悔やまれます。
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床は「喫茶去」で永平寺の丹羽簾芳老師の染筆です。この軸の箱書(掛軸の保障のようなもの)は総持寺の老師がお書きになっているのが面白い。
花は鶴首の籠に肥後菊、藤袴(通常藤袴と違いますが)、山ほととぎす。
色合いが似ているので少し寂しいですが、名残の季節の花としては上々と自負しています。
by higashinuma | 2010-10-24 09:14 | 茶道 | Comments(0)

ハロウィン

今までハロウィンを意識した事などあったろうか?商店街の街の活性化で子供たちを中心に、仮装してパレードのように歩く事は数年前より何処そこで聞いているし、南瓜で作ったお化けも面白いと思う。先日の稽古菓子にはハロウィンの楽しい干菓子を使った。
帰宅途中で面白いものを見つけた。ん?何かあるぞ・・・
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近所の造園業の屋敷の森に突然(いつこしらえたかは知らないので)お化けが出現です。
この家の主と息子さんはよく知っていますが、こんな芸当が出来るとは思いもよらなかった。
もともと、この辺りは造園業が盛んで、大木が鬱蒼としていた。夜に帰宅するのは怖いと思うような土地であった。それからよく夕霧が出ていたし、今でも春先には大きな蝦蟇がいっぱい出ている。夜等石と間違える程で朝になると、車に轢かれて死体が多く転がっている。
こんな巨大なお化けが登場すると言う事は、ハロウィンが確実に定着しているとも言える。

日本人はお祭りが好きだと言われますが、クリスマス、バレンタイン、ハロウィン等々キリスト教に関係なく盛り上がっている。逆に仏教の行事には今ひとつ盛り上がりが欠けるきらいがある。お茶の世界でも先に上げたカタカナ文字の行事には、たいてい和菓子が用意されているが、例えば仏陀の誕生を祝う花祭りには何か和菓子があったろうか?お盆には?彼岸の中日は?茶室の設えにしてもそうだ。茶禅一昧と言うので、禅には深い係わりがあっても仏陀には遠いのであろうか?そんな事はありえない。禅宗でも仏陀の教えから達磨に至り何代か経て禅宗の世界に連綿と繋がっているのだ。和菓子屋に是非とも仏教行事の菓子もこさえて戴きたいと願う。
by higashinuma | 2010-10-20 22:06 | Comments(0)

お菓子

知人の新築の家を見せて戴いた。リビングの広くとられた南西二面の窓からは森が借景で、建物外観からして美術館のような造り。程よい広さが居心地良い。手土産に菓子屋を覗いたら、兎の饅頭や月見団子が置いてある。明後日が十三夜なのでと言う店の方に兎の入った詰め合わせを買った。十三夜の事はすっかり忘れていた。帰りに土手を回ってやはり芒と野菊を採った。土手は今、薄がとても綺麗に穂を出している。で、十九日の床は、いつものゴテゴテの花となった次第。
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中置は初めての生徒も居るため今月に入り、二度は中置平点前。今日は五行棚としました。蓋置の位置が変わる位で特に点前上の問題は無いのですが、道具が少し変わっただけで初めて習うような錯覚は経験しているので、お点前さんの気持ちが良く分かります。
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仕事の都合でお休みが多くなり、前回の稽古はいつだったか忘れる程。長緒の稽古をしていたので、ちょっときついかなと思いながら、五行棚に長緒の組み合わせ。それでも思わず「美味しい!」と言える濃茶でした。
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お菓子は中秋の名月にもお出しした「落ち栗」今回は栗そのまま。食べやすいのは前回の方だと思いますが見た目は今日の菓子屋の方が勝っている。味は?差しさわりがあるので省略。
実の事を言うと、お菓子に迷って買いに行ったのが遅く、全員に同じものが無く、昼の方には、練切の「菊」でした。それも昼と夜に一人ずつのお休みが出たので、上手い具合に数が合いました。
それで、「菊」を見た留学生(前回に兎を鼠と言った人)が「桃!」何で桃に見えたんだろう?ふっくら丸い形、下にかけてピンクが濃い色。菊のはなびら状に付けられた形。蕊の黄色。羊羹で抜いた菊の葉が一枚・・・・
by higashinuma | 2010-10-20 08:25 | 茶道 | Comments(0)

お菓子

今日は初心者教室の二回目。お菓子は予てより注文の開運堂の淡々斎お好み「真味糖」が昨日届き、予定通り。しかし考えると、このお菓子だけではちょっと寂しい気もして、先日、来月の生菓子を見に伺った近所の青木屋で偶然見つけたハロウィンの干菓子を急遽買い足した。本当は見た時にすぐ買えば良かったのだが、ヨーカ堂に行くついで、カードしか持って出なかったもので、教室の前日に花を採りに行くついでに遠回りして買ったものです。
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写真では良く見えないが、魔法使いやお化けがあってとても楽しいものでした。因みに「真味糖」はデパートでも買えますが、取寄せた理由は「真味糖(生)」のものを使いたかったからです。未だ、二回目の生徒ですが、こうした事に触れて戴く事で、お茶の心入れを少しずつでも感じ取って戴けたらと思うからです。
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花は前述のように、お菓子を買った後に多摩川土手に採りに行きました。「花は足で」と教えられたように半日かかって探すときもあります。今回は火曜教室の時に土手に行けば、芒と野菊があり、他には七変化(ランタナ)青色サルビア、ふうろ類が咲いているのを見ていたので、悩むこと無く採れました。掛花入には下がるものが欲しいので、我家に茫々と茂る小式部を添えて五種類です。利休は一種か二種と言われていますが、名残の時期でもあり、この季節は多い方が良いのではとは私の考えです。芒とほととぎすは無くとも充分ではありますが。
芒、野菊(関東嫁菜)、藤袴(さわひよどり?)、山ほととぎす、小式部
掛花入に芒は抵抗がありましたが、いれてみるとそんなに変ではないかなと思いましたが如何でしょうか。
掛花入は床に対して横に向くので花の向きはどうすれば良いか?私なりの応えは、正座して床を正面から見て、見上げた場合つまり軸の拝見後に花を見た場合に程よくと、正客の位置から程よく見える事かと思われます。
ちょっと可笑しかったのは、生徒に歩き方を教えていて、床前で一礼、軸を拝見し次に花を見ますと言ったところ不思議な顔をしているのです。「え?」「花は上にありますよ」で大笑いでした。先週一回目は花は床の上、軸の横にありましたからね。初めての時はこれが普通なのです。やはり掛花入で正解でした。
by higashinuma | 2010-10-17 09:25 | 茶道 | Comments(2)

10月二週目の稽古

10月も二週目になりました。籠の花入れも今月で終わりとなるため、何種類かの籠花入れから今月は毎週違う花入れを使おうと考えています。先週は有馬籠。今回は古里籠です。
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花は深大寺辺りまで行って採りました。野菊(関東嫁菜)もありましたが、花数が少ないために来年のために採らず、紅白の水引、山不如帰、菊芋、秋明菊をいれました。秋明菊のみ栽培ものです。
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軸は鎌倉円覚寺高僧、別峰老師(朝比奈宗源)の錫杖画賛。八十五にしてこの心境。恐れ入る事です。
菓子はそろそろ新蕎麦の季節で蕎麦饅頭を用意しました。乾燥するので包みのままにお出ししました。餡は美味しかったけれど、やはり乾燥してぱさぱさ。これは深大寺で求めましたが、再来週の蕎麦饅頭は信州へ注文済み。こちらは美味いと評判の和菓子屋のものなので期待しています。
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by higashinuma | 2010-10-14 16:01 | 茶道 | Comments(0)

初心者教室

いよいよ初心者教室が始まりました。
Aコースは朝10時から12時、Bコースは午後1時から3時、Cコースは4時から6時です。
従来の教室は午後2時頃から始めていましたので、起床が6時半となり、約30分の電車の中は昏睡となりました。生徒は緊張していますが、講師も緊張するのです。それに寝不足もあり、続いての夜稽古も予定していましたが、生徒の先生お疲れでしょうから今日は止めましょうに、複雑な心境ながらホッとしたものです。
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こうして朝から夕方のショットを並べてみると確かに講師は疲れていますね(笑)
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「お点前頂戴します」お互いに茶を点て、喫して戴きました。

写真を頼んだ者が、軸や花、お菓子を撮るのを忘れて残念な事でした。
軸は「関」花は有馬籠に、水引草・虫取撫子・関東嫁菜・庭ななかまど・菊芋を入れました。赤・黄・白・紺と、とても見栄えがしました。前日はこれら花の収集に約一万歩。「花は足で生ける」とも言われます。毎年、同じ処に咲いてくれる花を頼りにしていますが、草刈の手入れが多く年々和の花が減る一方です。昔は河原撫子や吾亦紅、釣鐘人参等も土手に行けば採れたものですが、今は総称して野菊の類も消えました。
お菓子は前回と同じ「秋の山路」でした。栗のきんとん地を丸成形して焼き目を付けたものですが、香ばしい味わいが良いけれど、甘さと見目が今一つでした。
by higashinuma | 2010-10-10 23:17 | 茶道 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる