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雪だるま

18日は初心者教室の今年最終日。
なのに5人も体調不良でお休みでした。

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軸は「話尽山雲海月情」少林寺明堂和尚の染筆です。
簡単に説明すると「山雲海月は清らかな世界」「情は心」
つまり清らかな心で今年中の嫌な事や良かった事をで話尽くして新年を迎えましょうの意味で年末最後の稽古に使いました。
花は水仙。年末迄は花より葉を高くし、新年からは花を葉より高く挿します。ちょっとしたこだわりで、季節感を大事にしています。花は自然気象を人間よりも感じているのではないかと思う時があります。雪の朝、椿を見ると花を覆うように葉が上になっていたりします。

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お菓子は金沢の村上製「雪だるま」
今月の和菓子の見本で見つけましたが、東京では未だ早いような気がしましたが、ここのところの寒さと日本海側の大雪、それに直にクリスマス。見て楽しめるかなと今日のお菓子になりました。
ところが、5人もお休みでズラリ並んだ、この菓子を見ていると、スノーマンに見つめられているようで、ちょっと怖い感じを受けたものでした。
甘みも程良く、老舗の和菓子を楽しみました。
もうひとつ菓子ケースに雪だるまの頭が触れて、ケースを取る時に頭が剥がれるらしい。水屋から「禿げる」の声が頻り。「僕の前で言わないで!」思わず叫んでいました。

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Cコースの方が和服で来られました。ご自分で作られた巻きスカートで稽古されていましたが、やはり和服で点前する方が良いとの感想でした。初稽古に着物を着るからのリハーサルみたいな事らしい。
なかなかお似合いで、お点前も結構でした。(手の甲を天に向けて平らにすれば申し分無し)
茶碗と薄器は初稽古に使用予定のものです。

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今日Cコースは二人になってしまい、一客一亭の所作で稽古しました。帛紗捌きも堂に入ってます。

今日で丁度スケジュールの半分を過ぎました。一般的な稽古よりハードスケジュールかなと思いますが、生徒達も上の写真のように頑張って居られます。初稽古は楽しい催しで、スタートを切ります。後半は前半の応用のような、仕上げのような内容になります。頑張りましょう。

by higashinuma | 2010-12-19 16:56 | 茶道 | Comments(2)

お菓子

火曜日教室は丁度、赤穂浪士討ち入りの12月14日
お誂え向きのお菓子がありました。
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包装も赤穂浪士の討ち入りを打ち出しています。
浅野家の家紋鷹の羽と大石家の巴紋、火事装束の模様も入っています。
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ネーミングはグロイですが、餡の中に求肥が入り美味しいお菓子でした。

床は「閑坐聴松風」花は「満天星躑躅の照葉と菊」照葉は電車の中でサラリーマン風の方に鞄をぶつけられ状態が気になりましたが、意外とこの程度の方が時期的に良いかなと思いました。
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松風の松に「松の廊下」を連想するのは無理がありますが、吉良邸ではこの日、山田宗徧の茶会が開かれていました。この茶会のある事で討ち入りの日が決まる。
この席では利休伝来の篭花入「桂篭」を使用していて、浪士は吉良の首の代わりにこの篭を槍に括りつけて引き上げたとされます。この篭は香雪美術館に所蔵されています。
現在は炉の季節には篭花入は使用しませんが、この頃は炉の季節でも篭花入を使用していたようです。

今日の茶杓ご銘はつきません
「陣太鼓」「討ち入り」「山科」「一力」「雪だるま」「蕎麦屋」「雪の夜」「雪の朝」・・・・
淡交12月号で筒井先生が忠臣蔵の趣向を書いておられますので参照に。
数年前に筒井先生の忠臣蔵の趣向茶会に寄せて戴いた事を思い出されます。

by higashinuma | 2010-12-15 18:13 | 茶道 | Comments(0)

ご銘

お茶の中では「ご銘」の付いた器物などが何種類かある。
茶壷、花入、茶杓、茶碗、茶入、棗、抹茶、お菓子、香等には銘がある。
亭主の心入れで客のために用意したものであれば、聞いて差し上げるのが礼に叶っている。

銘としては季節、事象、人事、人名、風物、草木等々凡そは俳句の季語集が便利に使えるが、主客共に研鑽していないと茶道と言う面白みが半減するのではなかろうか。和歌より取られたご銘もあり「歌銘」と言います。お菓子でも「唐衣」等は業平東下りの和歌の中から取られたものです。

この中から何例か挙げてみる。
「泪」「ゆかみ」・・利休が古田織部と細川三斎に送別で送った茶杓の銘で、各々徳川美術館と永静文庫に伝わるあまりに有名な茶杓である。「ゆかみ」は「ゆがみ」で茶杓を上から見ると少し曲がっている。
「判官、弁慶」・・義経に因んだ仙叟の茶杓銘
他には「如意」「長閑」「茶の心」「道しるべ」「三猿」等は無季節
「春雨」「早梅」「花の宿」「帰雁」「早乙女」「夏月」「深緑」「虹」「白露」「朝寒」「時雨」「霜夜鶴」「枯野」「福の神」
以上は歴代宗匠方のご銘の中からピックアップ。

茶碗のご銘では「大黒」は楽茶碗の祖長次郎作に利休の銘です
「再来」「氷室」「夕暮」「玉蔓」「冬牡丹」珍しい例では「門外不出」「蠣殻」「南極」「カタツムリ」等があります

茶入では「好日」「年忘」「岩根」「音羽」「鉄牛」「烏羽玉」「川渡」
宗匠の銘ではありませんが「初花」「遅桜」「九十九茄子」等々

花入の有名なものでは「園城寺」「面影」は竹一重切花入。「達磨」「雪消の筧」は瓢や陶器製
面白いものでは玄々斎の銘で「龍馬」がありました。玄々斎は幕末から明治にかけての裏千家十一代宗匠であれば、当時国を揺るがした坂本龍馬の銘を付けられた心を伺いたいところです。尚、徳川の幕臣の三河国奥殿領主大給松平家より裏千家に養子に入った方。兄は今に半蔵門の名前を残す渡辺半蔵であり、宗匠になられた後は名古屋城主徳川斉荘の茶道指南をされていますので、そのような事を知ると尚更の事です。

主菓子には必ず銘があります。これは菓子屋で上生菓子をみれば、季節の菓子がならび、銘が書いてありますので、ご存知の方も多いと思います。
初心者教室では季節毎に「秋の山路」「亥の子餅」「紅葉」「銀杏餅」「淡柚」「寒菊」他に「真味糖」(裏千家十四代淡々斎好み銘)「柿寿楽」「薄氷」「紫野」・・・来週は「雪だるま」新年は「はなびら餅」等々

抹茶は宗匠好みは勿論、必ず銘があります。
初心者教室では鵬雲斎好みご銘「苔の白」「涛声の白」「松柏」を使用しています。「○○白」は薄茶を指します。

棗の銘に「黄鐘」がある。円能斎の十二ヶ月の棗の一つで、蒔絵は寒牡丹。「黄鐘」とは中国の各月の別称で11月を指す。寒牡丹は別名「復月」で冬至からは陰から陽へ変わる事を意味している。円能斎は明治時代の方ですが、昔は陰暦なので年によっては丁度このあたりで春を迎えたようです。古い歌に「年の内に春はきにけり・・・」があり、今年と言って良いやら昨年と言って良いやらとぼやきのような和歌ですが、このようにあらゆる事を学び銘を付けてあれば、受ける側もそれなりに学ばなければと思う次第です。

by higashinuma | 2010-12-13 18:25 | 茶道 | Comments(0)

禅画

今日の稽古は「寒山・捨得」の図を掛けました。特別、今日これを掛けると言う意味は無かったのですが、絵は掛けないのですか?と言う生徒の質問に応えたつもりです。
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一般的には絵は寄付待合(簡単に言えば茶室に入る前に待つ場所)にその日のテーマに沿った内容のものを掛けます。
この軸は多分20年?前に大寄せ茶会で寄付待合に使って以来出しました。この時は「友遠来より来たり」とかの意で説明したように思います。寒山・捨得はとても仲良しだったと言われての事です。

さて、寒山・捨得は水墨画の格好の題材で、美術館に赴けば容易に目にする事が出来ます。この絵のように彩色のものは珍しいかもしれません。
中国に天台山国清寺と言う隋の時代に皇帝によって建立された古刹が今も残り、宋の時代には日本に茶を広めたとされる、建仁寺の祖、栄西禅師やもう少し古くは天台密教を開いた最澄もこの寺で修業したとされます。唐代の頃の話ですが、捨得はこの寺の豊干和尚に拾われ、寺の台所方や雑用をしていたとされます。寒山は豊かな農家の出身で妻子も居たと言われますが、いざこざが起因で役人になろうと登用試験を受け失敗し、隠遁生活を始めます。
上海観光の一環として、上海近郊に日本人観光客の多い、蘇州寒山寺があります。「月落ち鴉鳴いて霜天に満つ・・・」漢詩で有名ですが寒山が住んで居た事でこの寺の名前があります。
いつの頃から寒山は天台山国清寺の山中、岩穴に住み、捨得と仲良しになったようです。
襤褸を纏い、乞食のような姿で、奇声を発して二人で大笑いしていたとか伝わりますが、いつか二人は岩穴に消えて二度とその姿を見る事は無かったと伝わります。
その後に木や民家の壁、岩等に書かれた詩が見つかり、これらを収録した寒山詩が唐代に編纂されています。
二人が話す内容は全て仏心に叶っていた事から、寒山は文殊菩薩、捨得は普賢菩薩の化身と言われています。豊干は釈迦だったとも言われます。
豊干は虎と仲良しで虎の背に乗っていたと言われますが、虎と一緒に眠る姿も多くの絵があります。
豊干、虎、寒山、捨得が寄り添って眠る姿の四睡と言う絵も多くあります。
現実と伝奇が入り混じったような話ですが、いずれにしても禅の真理に叶うとして色々の場面で茶道に取り入れられています。
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今年の干支「虎」で香合の造形になった四睡。
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狩野探幽の画になる四睡。
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日光東照宮の彫刻にもありました。

床の花は「錦木照葉と西王母椿」錦木は、わりと早い時期から紅葉が始まり、その色が錦のようだと言う事で錦木の名前があるようです。枝に特徴があり、すぐ覚えられるのではないでしょうか。
椿は、茶会当日に都合よい(見栄えの良い)ように、二、三日前から採集し、暖かい処に置いたり、寒い処に置いたりして、蕾の膨らみを加減します。採集も葉と蕾のバランスの良いものを選びますが、これがなかなか大変で、名花と呼ばれる椿は自然とこのあたりが程良く出来て咲いてくれます。今日は最高の状態でした。

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本日のお菓子は鶴屋八幡の「寒菊」きんとんです。切った時の黄み餡が意表をつきます。ただ、甘さがいつまでも口に残るように思いました。上白糖を使用しているような気がしますが、口当たりの良さは流石に名店。
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到来物のこちらもきんとんで「霜の朝」
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火曜日の稽古菓子「時雨の松」
こちらは駄菓子の黄な粉ねじりの味でしたが、銘がお茶に叶い、美味しく戴きました。山形県米沢市の銘菓。

by higashinuma | 2010-12-12 10:10 | 茶道 | Comments(0)

大寄せ茶会

久しぶりに知人の茶会に行きました。
三鷹市の井心亭(せいしんてい)と言う数奇屋建築の施設で、四畳半台目の茶室もあります。この茶室には腰掛待合もあり、本格的な茶道の施設です。
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腰掛待合から小間席(四畳半台目の茶室)を望む
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腰掛待合から広間八畳を望む
紅葉が少し過ぎた程度ですが、なかなか良い庭があります。
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蹲も完備しています。横のすのこは忘れているようです。

小間席は濃茶で、広間は薄茶席でした。
濃茶席のお菓子は「松の雪」きんとんのふわふわしっとり感がなんとも言えず甘さも程よい亀屋万年堂のお菓子でした。
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この小間席は基本通り「太鼓襖(たいこふすま)」の茶道口でしたが、点前の方は慣れて無いらしく、教えとは違った扱いで開閉をしていました。
稽古場に太鼓襖のある茶室は少ないので、先生が教えられ無いのか、教えても忘れたか、我流になってしまったかは知るよしもありませんが、少なくとも、客を迎えて点前する前に「おさらい」する事が必要のように思いました。しかし、実際に茶会をする朝はかなり忙しくて、そこまで気がまわるかどうか。

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広間席の床です。花は「青文字と大神楽椿」
軸は大亀老師の「喫茶去」「師走の多忙な時ですが、まぁお茶をどうぞ」と席主がご説明されます。

私は、年の内は照葉や実の付いた枝、年が明けたら新芽の伸びた枝と考えていますので、ちょっと違和感。
ついでに、帛紗を付けるのは帯ではなく帯揚げからですが、この会では全員帯に付けておられましたので、やはり自分のグループだけの茶会では無く、違ったグループの茶会に参加するのも良い経験と思います。
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薄茶席の香合は「送り干支」で虎でした。

帰りに一緒に行った者が、高価な道具は無かったような事を言います。考えの違いはありますし、「家元の箱書も無いような道具を使って客を招くとはなんだらかんたら」言われる方が多いですが、私は席主がその日のテーマに沿って道具組をされるし、高価な道具を使うより、もてなしの雰囲気とお茶とお菓子のご馳走が何よりと考えていますがどうであろうか。
道中の紅葉も楽しみながら、勉強になった一日でした。

by higashinuma | 2010-12-06 16:57 | 茶道 | Comments(0)

お茶杓

初心者教室は棗と茶杓の拝見がカリキュラムに入りました。
今日の稽古は12月初日。
12月8日がお釈迦様の悟りをひらかれた日と言うことで、軸は「達磨画賛」を掛けました。
達磨は菩提達磨、達磨祖師、達磨大師とか呼ばれ、釈迦28代と言われますが、あまり良くは分からないようです。
達磨はインド人とも言いますが、ペルシア人とかも言われます。中国に布教に来て後、一番耳にする事は少林寺に於ける「面壁九年」があまりに有名で、このために手足が利かなくなり所謂造形上の達磨が出来ました。禅宗の始祖と言われます。
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「一華開五葉 結果自然成」
達磨が二祖慧可に与えた言葉とされますが、何代かこの後、臨済禅、曹洞禅、黄檗禅・・と成ってゆきます。

東福寺塔頭同聚院の西部文浄和尚の染筆です。画も書も秀でた方で人気があり、色紙等は複製品もあるようなので、購入には注意が必要です。
東福寺は今頃、紅葉も人も溢れている頃かなぁと思われます。

さて、この軸ですが、達磨は上座、つまり窓側を向いています。このような人物画を掛ける時は窓を向くように掛けると聞きました。この話は購入後数年経ての著名な建築家(茶室建築等)の話ですが、この教室が基本的な茶室の構造にあり、文浄和尚がそれを知って描かれたとしたら凄い事だと感心したものでした。一般的には、人物画は左向きが描き良く実際その方が多いです。

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竹一重切に「白山吹、有楽椿」白山吹は黒い実が付いて景色が良いので好きな花材の一つですが、葉が落ちやすいのが難です。今回は沢山葉が付いていたので、落ちる事を想定して、そのまま持って来ましたが、どの部分に葉が欲しいかを予めみつもり(花みつもりと言う)ボンドで止めれば良かったと思いました。写真ではなんだかバラケタ感じですが・・・実物はそうでも無いです。気には入ってないけれど。
昔、業躰に床の花は写真を撮るものでは無いと言われた事があり、この写真を見て納得しました。
椿は前記事を参照。

菓子はこのところ主菓子が続いたので、二点盛りで干菓子を用意しました。
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「紫野と薄氷」です。どちらも私の好物で、京都と富山の有名なお菓子です。紫野には大徳寺納豆が忍ばせてあり、甘しょっぱい味がなんとも雅味があります。

さて、棗と茶杓の拝見になり、問題は茶杓のご銘ですが、結構皆さんさらさらと答えられていました。
そのなかから「インド」と付けられた方が居られ「??」でしたが、「釈迦の悟りを啓かれたことから」の説明に感嘆したものでした。その次の銘は「ミルク粥」でした。中々ですぞ!
他に意表をついた銘は「こたつ」。来週が楽しみです。

by higashinuma | 2010-12-05 09:17 | 茶道 | Comments(2)

雑煮

新年まではまだまだ四週間もあるが、少しずつ新年の行事や雑煮のこと等を書いてみます。
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この写真は東京の標準的な雑煮と思います。
東京には地方からの人が多く住んでいて、其々地方の雑煮も多いと思うので、標準と言う言葉が当てはまるかどうかは分かりませんが、話に聞く東京の雑煮と思って戴ければと思う。
つまり角餅を焼き、鶏肉、小松菜、三つ葉で作る雑煮だ。

中国人に「何故雑煮を食べるの」と聞かれた。何故でしょう?言葉に詰まってしまった。
何故なら中国人に日本の天皇制や古来からの神様の話を説明するには、あまりに文化が違いすぎるのだ。
中国にしても、神話世界の神農や伏羲、女媧が国造りをしていますが、おそらく文化大革命の時代にこれらは大方消えたような気がする。人によるとは思うけれど、若い人達は殆ど興味が無いようだ。

さて、何故雑煮を食べるんでしょう?
餅そのものが、神様とつながりをもってそのお下がりを戴くのだとは考えられないだろうか。
私見では農耕民族になり、豊穣を祈願のためにハレの日には餅を搗いて神にお供えし、それを分かち合って戴いていたものと思う。子供の頃の記憶では正月は勿論、節句やお盆、神祭りには必ず餅を搗いていたと覚えている。

烹雑(ほうぞう)と言う言葉があり、これは色々な物を煮ると言う意味だそうですが、これが雑煮につながるとある。
宮尾登美子の「東福門院和子の涙」の中で徳川2代将軍の娘、和子が初めて宮中で正月を迎える様子が描かれ、その中に烹雑と言う言葉が出てくる。

宮中ではどのような雑煮を召し上がるかと言うと、良く聞く京都の雑煮と同じようなもののようである。
丸餅(一升の餅米を搗いて30個の丸餅を作る)と頭芋(直径5cm位のボール型に切る)おからもの(大根)の銀杏切り、昆布、鰹節の出汁で白味噌で戴くとあります。この資料は東京に遷都された後の事ですが、京都の名残なのでしょう。町場ではこれに削り鰹を載せる。
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削鰹は別皿にお出しし、食べる直前に載せるようです。

私の田舎は東北地方では珍しく、丸餅を雑煮にします。28日頃に餅を搗き、鏡餅の他に、庭にある神様、恵比寿大黒様、台所(竃)や便所の神様にお供えする小さめの鏡餅と、雑煮のための丸餅を家族総出で作ります。除夜の鐘を聞くと男集が餅を焼きはじめ、大晦日に女集が作った汁を温め男集が雑煮を作ります。
男集が作るのはやはり神様の行事食と思われます。
京都は白味噌で餅は焼きませんが、この辺りでは焼き餅で醤油味です。具は鶏肉の他、随喜や油揚げなどが入ります。
新年は暗いうちから眠い眼をこすりながら、神様にお参りし、家族で雑煮とおせちを祝い、又寝ると言うのが慣わしでした。多分朝4時か5時頃ではなかったかと思います。

この地方は京都文化が多く残ります。北前船で京都に紅花や米を出していたからとも言われます。丸餅の雑煮はその典型的なものと思われますが、言葉もそれとなく、古いものが残りどこかしら京都に通じるものがあります。

宮中では他にもお菱葩(おひしはなびら)も雑煮の一つとして正月に食べられていた事があります。
丸餅の上に菱形の小豆で色付けた赤餅を重ね、白味噌(甘味噌)を挟んだもので、それを焼いて召し上がるようです。今、2006年に宮中賢所の内挙典がお書きになられた資料を見ますと、この時点では中には甘味噌だけで、昔は牛蒡が一本入っていたとあります。江戸時代には人参と大根が入っていたようです。

これが現在裏千家での初釜に呈される「葩餅」につながるようです。

by higashinuma | 2010-12-03 10:11 | Comments(0)

お菓子そして・・

火曜教室の11月最後のお稽古でした。
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軸は前回説明の通り
花は「満天星躑躅の照葉と有楽椿」
久しぶりに竹一重切花入れを出してみました。
照葉が真っ直ぐなのが気に入らないけれど、持参のもう一本は軸と反対側に延びてしまうので、止むなく。
実の事を言うと投げ入れでは、花止めを使わないため、枝が回転するのを防止するため・・・枝が細く葉部分が大きいので、思うように止められない・・・枝元を折って止めてあるのですが、椿とのバランスがあり、どうしてもこのようになってしまうのです。(未熟を表しています)

満天星躑躅の照葉は色が鮮やかで、自宅から持って来ても葉が落ちにくいので、好きな花材の一つです。
鮮やかな点、他の花が難しい事もありますが、椿は葉の緑も引き立ち、この時期は大変助かります。

有楽椿は「織田有楽(有楽斎)」の名前を借りた椿ですが、織田有楽は信長の実弟で、建仁時の正伝院を再建し、ここに設けた如庵は現在、犬山城に移築され国宝となっています。
茶席の花としてこの椿を有楽が愛でた事によりますが、この花の呼び名は特に関東では「太郎冠者」とも呼ばれ、開花が早いので重宝です。
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お菓子は「柚子饅頭」で、柚子好きの人にはたまらない美味しさでしたが、出来れば、小豆漉し餡ではなく、白餡で餡にも柚子を忍ばせたほうがより美味しいかと思いました。
奥多摩「紅梅苑」(青梅市梅郷)の柚篭。これは饅頭では無く桃山風ですが、を思い出しての事です。このお菓子はすぐ売り切れるようなので、予約をお奨めします。

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by higashinuma | 2010-12-01 10:23 | 茶道 | Comments(0)