<   2011年 06月 ( 19 )   > この月の画像一覧

最後の稽古

昨日は火曜日教室の今月最後の稽古であり、留学生も今日が最後の稽古です。

花寄せをして、薄茶を点てて貰う。
先生が点てたお茶を戴いた事が無いと言うので、一服点てた。
お茶を点てている間、生徒の一人がすすり泣いていた。
その夜、この生徒からメールで、一年間の色々な事が思い出されて、泣いてしまったとあった。
原発事故後もこの生徒は帰国しなかった。もう一人の生徒は一時帰国した。
それで寮に三人しか残っていないと言うので、稽古後に食事に連れて行ったり、寂しかったら電話するように言ってあった。学校のことやいろんな悩みも相談にのっていたので、それらが思い出されたのであろう。
b0197486_2175361.jpg

後ろの花は彼女達が入れた花である。正確には選んだ花を入れてやったもの。
b0197486_21175799.jpg

左より掛花入は「桧扇水仙」と「金糸梅」
    萩花入「野萱草」「半化粧」   曾呂利「額紫陽花」 
    備前花入「大葉擬宝珠」「曙槿」   篭花入「庭七竈」「菊芋」
こうしてみると何種類かは食べられる花があります。
「野萱草」は「金心菜」と言って中華食材では定番で、乾燥した花を売っています。
漢方薬でもあり、美味しいです。
中国では「金銀菜」と言うらしい。 

軸は積應和尚の「流水無間断」これは例によって七月の宿題。


主菓子は「わすれ傘」京都土産「釜風呂」の大原女屋製
b0197486_21492173.jpg

知恩院の七不思議「忘れ傘」に因むものとか。御影堂正面軒下にあるそうで火災から守るものとの事。
b0197486_2134402.jpg
 
                             知恩院のブログより拝借
私は単純に今の季節を考えての事でした。
因みに茶碗には「虹」を使いました。
b0197486_21364719.jpg

このお菓子は俵屋吉冨の御所店限定販売「ご紋菓子」麩の焼きで裏面には金箔が置いてある。
麩焼きと侮れないです。

未だ仙遊之式等は無理なので、花寄せ、聞香を一緒に楽しみ、久々に平花月をしました。

お菓子の「わすれ傘」と茶碗の「虹」を出していたので、茶杓のご銘が楽しみなことでした。
が、花月は拝見がありませんで残念な事でした。


 

by higashinuma | 2011-06-29 21:44 | 茶道 | Comments(0)

土曜日稽古

土曜日稽古はいつも早く来られる方がお休み。
で、一時頃に見学体験の方が見えました。
シャツを脱いで汗たらたら流し、畳を拭いている最中。
ゴメンナサイ。暫く待って戴けますか。

でも、掛軸と花は先に用意してあったので良かった。
今日の花は「おおばぎぼし」と「にわななかまど」を四つ目篭に。
「おおばぎぼし」は春先山菜で食べますよと話していたら、私も食べた記憶があるという。
田舎が同じで、私は海側、その方は内陸だった。

冷房を入れてますが、28度設定では汗引かない!設定下げても元に戻る。
今日は午後から雨で気温も下がる予定なのに、蒸し暑い。

急いでと言う訳にゆかず、焦らずお湯を沸かし、煮えるまでお話。
とりあえず薄茶の点前をして接待する。
火曜日に休んだ生徒が代替で来られた。濃茶の点前をして戴く。
薄茶で主菓子(若鮎)を出して内心失敗。
でも、お茶を飲んで(啜って)戴く。濃茶は初めてらしい。
来月からお稽古されたいとの事。

こんな事で慌ただしく、土曜稽古の写真は無し。

今日の棗は不審菴(表千家)伝来の利休所持「蒟醤茶箱(きんまちゃばこ)」に入った「笹露蒔絵棗」の写し。
b0197486_20413233.jpg

     (注)この写真は我家の物では無く、道具屋の写真を使わせて貰った。意匠は殆ど同じ。
本歌は図録でしか見ていないが丁寧に写してあると思う。稽古道具ながらいつも見ほれてしまう。
桃山時代から江戸初期の遺品、高台寺霊廟の御檀の蒔絵(高台寺蒔絵)を彷彿とさせる笹の平蒔絵に銀で露を載せてある。利休時代はこのような蒔絵であり、キリスタンにより海外へ紹介され、多く輸出されている。
因みにこの棗は購入した時、稽古道具の価格ですが、大津袋に入れて桐箱に入っていた。

鵬雲斎好み三光棗では星を銀の粒で現しているが、ある時取れてしまい、修理した話をした。

日曜日の真夜中に夢を見た。銀の破片が目に入る夢。痛くて目覚めた。
洗っても、目薬さしてもどうしようも無い。仕方なく大病院に急患で行った。歩いても行ける距離は助かる。
眼科の先生はお休みだったが、神経内科の事が気になったからだ。
意外と急患が多く30分は待たされたが、看てくれた。内科的には問題ないとの診断だった。
夢の話をしたので、変な人と思われたに違いない。でも、事実なのだ。
仕事か遊びで目に入ったと言うならすぐ分かるし、私も原因が掴める。しかし、夢だ。原因不明。
思い当たるのは土曜日に話した銀の粒を露に、星に見立てている話。

それにしても、私は丁寧に大切に扱っているのに、何で夢で?

どういう風に説明して良いか分からないけれど、時々勘が当たる。
先日は寮に泊まりのはずの家のものが、帰っている気がした。家は電気が点いていないし、当然靴も鞄も無い。しかし、予感は的中した。トイレのドアが開いてあいつが出てきた。やっぱり!
全く動じないのに落胆していた。靴も鞄も全部隠してトイレで待っていたらしい。

朝の痛みは無いけれど、まだ、目はゴロゴロしている。

by higashinuma | 2011-06-26 23:05 | 茶道 | Comments(0)

食事 8

金曜日の夜は土曜日が稽古だと昼、夜外食になるため、冷蔵庫の処理みたいな料理になる。
作り始めて、とんでもない事をしていると気が付いた。
木曜日に牛肉を買って、金曜日夜はビーフカレーを食べる予定をすっかり忘れていた。

木曜日昼は頼まれた抹茶を買いに新宿に出て、帰りは調布に出て、パルコで土曜稽古用のお菓子を買った。
「若鮎」が美味しかったので、土曜日も同じものを用意しなければ土曜の生徒に申し訳ないからだ。
それで、地下の食料品売場を回っていたら、金目鯛の西京味噌漬が美味しそうで買ってしまった。
店員は漬けたばかりだから、「夜か明日食べるように」との事だった。
この時は海老とブロッコリーも手にしていた。

帰りは京王線調布駅から小田急線の狛江駅に出るのに、バスを間違えて乗り継ぎになってしまった。調布は自転車で行く事が殆どで、バスに乗らないため狛江営業所行きは狛江駅に行くと、勘違いし、乗った直後に気が付いた。この日はとても暑く、パルコに行きたかったが、自転車では行く気にならなかった。それに、日焼けで皮膚が爛れたような感じになるのも怖かった。

前置きはこの位にして、それで金曜日の夜ご飯はいつもより皿が並んだ。
b0197486_22475672.jpg

金目鯛を焼いている途中で牛肉を思い出し、カレー用に焼くのをステーキで仕上げた。
言い訳を言わせて貰うと「夜か明日食べるように」と言う店員の言葉が頭から離れなかったのだ。
b0197486_22491551.jpg

金目は美味しかった。けど、あいつは甘ったるくて食べられないと文句たらたら。
オーブンレンジで焼いたそのままの写真。魚焼きのオーブンでは面倒なので、レンジで焼く方が多い。
b0197486_22502429.jpg

冷蔵庫に同じく忘れられたゴーヤはチャンプルーに。今回は残りのハムを使い卵も賞味期限近く残さず使う。
といっても2個だった。
b0197486_22522777.jpg

胡瓜もキャベツも処理。料理に野菜が少ない時の神様です。
木曜日はキャベツとジャガ芋で回鍋肉風にしてみたが、美味しかった。豆板醤と甜面醤があれば簡単です。
b0197486_22532928.jpg

海草は味噌汁が多いけれど、たまにはこんな風に・・・・惣菜で買ったものですが。
同じくあいつは食べない。
b0197486_22545836.jpg

で、残り物。
かなり計画性の無い食卓でした。

by higashinuma | 2011-06-25 22:55 | 所感 | Comments(0)

八重の桜

2013年のNHK大河ドラマは「八重の桜」と決定した。
同志社を造った新妻襄の妻、新妻八重の生涯をとりあげるらしい。

先日、稽古の時にも話しましたが、新妻八重は裏千家にとっても大変重要な人物です。
嘉永6年(1853年)生まれ昭和6年(1982年)没。八重子とも言ったようです。
丁度、明治維新や日清戦争、日露戦争等々変革激しい時代を生きた方です。
会津白虎隊に男装して参加し、幕末のジャンヌ・ダルクとも呼ばれる。
維新後は明治4年(1871年)、京都府顧問となっていた十七歳年上の実兄・山本覚馬を頼って母と姪を伴い上洛する。翌年、兄の推薦により京都女紅場(後の府立第一高女)(英語と裁縫等教える)の権舎長・教道試補となる。この家で井戸に腰をかけて本を読んでいた(裁縫していたとも言われる)処を新妻襄に見出されて再婚しました。

この時代は裏千家にとっても苦難の時代でした。
11代玄々斎、12代又玅斎、13代円能斎各宗匠の時代です。
加賀の前田家や高松の久松家の茶頭として仕官していた宗匠方も、大名制度の廃止により禄を失い、明治維新の政策から12代又玅斎の生家である豪商角倉家も保津川、高瀬川利権が政府没収となるなど収入が途絶えました。そのため衰退甚だしく、家屋敷も他人の手に渡り、裏千家の象徴である兜門も黴が生えていたと言われます。この間の様相は宮尾登美子「松風の家」に詳しい。但し、こちらは小説。多少の脚色はあるように思います。又玅斎は家を出られて転々とし、奈良、堺と住まわれますが、これら各地の茶道隆盛に力を注いだとされます。小説のようであれば、息子である円能斎との合筆の掛軸等多々残るのものかと推測される。

新妻八重と裏千家との関係は、同志社の創立に当たり、当時、教育文化美術の振興に力を注いだ帝国博物館総長の九鬼隆一男爵の尽力があったとされ、円能斎が三田藩九鬼家縁戚より奥方を迎えているので、その関係もあろう。また、新妻八重は女紅場に茶道教授(学校茶道の始め)として勤務していた13代千宗室(円能斎)の母(猶鹿子(真精院))を知り、茶道に親しむようになり、円能斎直門の茶道家として茶道教授の資格を取得。茶名「新島宗竹」を授かり、以後は京都に女性向けの茶道教室を開き自活出来る様にした他、裏千家流を広めることに貢献しました。

同志社の茶道部はつぎのように紹介されています。
「同志社と茶道部の関わりは極めて古く、校祖、新島襄の妻八重子夫人が裏千家十三代家元円能斎宗匠に入門され女子教育に生かされたことに始まります。」

又、御所近くに現存する新妻邸は円能斎が京都に戻って一時住まわれた荒神口にあります。現在、新妻邸は一般公開されていますが、公開日は3〜7月と9〜11月の水土曜(祝日除く)と11月29日、春秋の京都御所公開期間のみとなっているようです。
b0197486_18253626.jpg

洋風建築の一階にある四畳半茶室「寂中庵」扁額は円能斎の書。

現在茶道と言うと女子が大半を占めていますが、男子のお茶から女子のお茶へと、このころから次第に変化していったものと思われます。

さて、どのようなドラマになるかが楽しみに待たれます。

by higashinuma | 2011-06-24 16:01 | 所感 | Comments(0)

お菓子

水曜日の夜にアップした記事を書き終えて、電話を取るため、最後に「送信」をせずに閉じてしまった。
案の定記録は全部消えました!当然と言えば当然なんですがね。
その時のショックときたら・・・。誰しも経験があると思いますが・・・えっ無い!それはどうも。

自分でボケを認識していないのかなぁ・・・
火曜日の稽古に来られない生徒が居られて、今日はどうしたんだろう??
他の生徒に連絡して戴いた結果「先生に言ってあるって」そういえば・・・・」ムムム。
でも、その前も同じような事があって、連絡したら、その生徒の方が急な用が入った事で忘れていた。本人が書いたメモを見せるまで、完全に忘れて居られた。
気をつけねば。

21日火曜日稽古の主菓子は「若鮎」を使った。
「若鮎」のお菓子は全国的に意匠が同じで作りも同じ。カステラ生地で求肥を巻いてある。
正月の「葩餅」や先週の「水無月」のようなお菓子です。
こういうのを何と言うのだろうか。道具では「型物」と言いますが。
b0197486_8482594.jpg

この数年はこのような篭にいれて出す。この篭はある茶会での点心の弁当だった。
去年は笹の葉を敷いて人数分を入れたが、今年は逆に沢山入れて出した。
b0197486_851136.jpg

乾燥するので、包みのままに。
包みのままだと読みが左から右なので間違えないが、包みを外して盛る時は「海背川腹」を注意したい。
海の魚は背を下に、川の魚は腹を下に盛り付けするのだ。
b0197486_8521416.jpg

この懐紙は男子用で、女子用だと尾頭が少しはみ出す。他の店より大きい気がする。

天然鮎と養殖鮎が市場に出ていて、天然鮎は生存競争の関係で顔が怖く、口が尖っている。養殖ではのびのび育ち顔が穏やかであるらしい。「美味しんぼ」の作者雁屋氏の話だ。するとこの鮎は等と考える。
顔の表情焼き印はお菓子屋で違う。
何処のお菓子屋さんですか?「若鮎 調布」になってますが・・・「ん?」
確かに調布パルコで買いました。パッケージを見るとなんと京都駅近くの老舗煎餅屋「伊藤軒」のご製でした。

調布は字の如く多摩川を利用して近郊で織られた布を集めた処と聞く。近年多摩川も綺麗になり、鮎も良く釣れるようだ。昔は川に入ると鮎が足に当たる程に生息していたようで、都心から観光で来られる人も多く、茶屋も出来て、舟遊び等盛んだったようです。
少し前の多摩川を想像し、名前を「多摩川 鮎」では様にならない。調布として暗喩するのが雅と言うものだ。
しかし、単純にパルコ調布店用に付けた可能性もある。
と、ここまで書いて「はたっと気が付いた」この調布の意味はお菓子の形態を言うのだった。鮎で無くとも、例えばカステラで羊羹を巻いたようなものも言ったような気がする。
万葉集にもありそうな、租税として朝廷に納められた手織の巻布「調布」に似ているところから命名されたお菓子と言う事です。

味の方は「美味にございます」伊藤軒でこのような菓子もある事を始めて知った。
私はあまりこのお菓子を好まないが確かに他の店のものより美味しいと思った。

6月はお菓子の種類が多いと書いたが、本当は6月初めに出せば良かったけれど、水無月に目が行って、逆になってしまった。

b0197486_9201897.jpg

b0197486_9564357.jpg

花は「桧扇水仙と山紫陽花」額紫陽花の青色も用意していたが、補色の関係か映りが良くなかった。
先日ある茶席で「桧扇水仙、京鹿の子、山紫陽花」を入れていたが、古い先生が全部赤色だねと言われた。
今日の花もそれを思い出して、迷った。
桧扇水仙の朱が油絵の具の「バーミリオンチント」と言う種類の色で柘榴の花等と同じく、他の色とは極端に合わない。この「チント」を「ちっと」とか「ちょっと」等と覚えて、混ぜてはならない色で必要なら仕上げに少し塗り重ねて使ったものでした。
「バーミリオン」は水銀系の絵の具で、有毒で高価な絵の具であり、硫黄で変色するため、代替で「バーミリオンチント」が出来ました。価格は「チント」の方が三分の一位安い。安くて安定している絵の具なので申し分ないけれど。
桧扇水仙はあまり見かけないが白色もあります。
京鹿の子も白花があり、正式には「西洋夏雪草」と言うらしい、するとこの白色も別の名前があるのでしょうか。「西洋夏雪草」と言うより「白花京鹿の子」の方がお茶向きの名前と思いますが。

by higashinuma | 2011-06-23 08:53 | 茶道 | Comments(0)

着物 2

この前呉服屋に行った時に見せて貰った中に面白い帯があった。
b0197486_2224319.jpg


他のお客に帯を選んでいた中にちょろっと見ただけで、良く見ていなかったが、後日気になって写真を送ってもらったものだ。
ここの店のバライティのあるところを紹介しようと思った。
なんともユニークな夏帯。虹は分かるが、猫柄の帯なんて初めて見た。

昔、訪問着でクリスマスの絵柄があった。
裾廻りはヒマラヤスギに雪が降っていて、トナカイの引く橇が描かれていた。肩の辺りは星だった。
誰が買うんだろう?
客が居るからこのような友禅も出来上がる。
きっと銀座辺りのホステスの御用なのだろうか。
そういえば、銀座のホステスは自前よりレンタルが多いと聞く。頭をセットして衣装もそこで着付けるらしい。
恐らくその中の一点になるのではなかろうか。

正月に立礼席を造った折、普通は後ろに金屏風を立てるが、衣紋掛けに振袖を掛けて置いた。
殺風景な白壁(画廊)も正月らしく急に華やかな雰囲気に変わった。
しかも、友禅流しでおめでたい柄だ。
この店で三着も気安く貸してくれたが、一週間も置いたら埃になると言ったけれど、商品では無いから構わないと言う。古着でも無く、未だ仕立てて無いものもある。
何とか言っていたが忘れた。
小売の店で無いので出来る事なのだろう。
呈茶の来客には喜んで戴いた。
b0197486_22422121.jpg

客席側にも二着振袖がある。


花火の着物もあった。この写真は祇園の夜に舞妓に出会い撮らせて戴いたもの。
b0197486_22575933.jpg

絽の花火の着物を着ている。襦袢の流水が透けて、やはり一流は違うものだと思う。
最初、体験の舞妓と思ったが、ポーズのとり方や、御茶屋の人と話をしているので、本当の舞妓と分かった。
かなり暑い日であったが、なんとも涼しげなのはプロのなせるところ。
参考に体験の舞妓も載せておこう。
b0197486_2334047.jpg

建仁寺でのショット。ご覧のようにポーズが垢抜けていないし、着物も本物は着ないだろうと思う、仕立ては舞妓様であるが成人式の着物のようだ。
上の写真と比べると歴然としている。
そういえば、清水坂や建仁寺界隈には変身体験の店が多々ある。

体験で一つ
嵐山、渡月橋で花見をしていた時、舞妓が来た。午前中でしたが、時々撮影もあるからそれも有と思い、近くに寄ってみた。お願いだから顔を見せないでの人だった。ご主人らしき中年が写真を撮っていた。
人其々で、自分を棚に上げての発言ですまないけれど、体験でも外に出ない撮影もあるのだからそれで止めておけば良いと正直そう思った。舞妓なんかじゃ無く、芸娘或いは単に着物で撮れば良いでは無いか。

さて、猫の帯は誰の背中を飾るのだろうか?

by higashinuma | 2011-06-20 22:44 | 所感 | Comments(0)

食事 7

金曜日は午後3時に家の者と呉服屋に行く約束。
薄物の仕立てで、前に作ったものと同じ寸法と言ったが、家の者は前に作ったのは袖が長いと言い張る。
私のは、お茶用なので、多少「ゆき」を長く仕立ててもらっているが、そんなに袖が長いと思った事は無い。

忘れていた訳では無いが午後4時予約の歯医者には当然間に合わないので午前中に替えて貰う。
銀被せの歯がぐらついてきたので診て貰ったら、中が腐っていると言う。去年の暮れの事だが、歯医者は久しぶりだったので、悪い順番に治して、この歯が多分最後の治療になるだろう。

東京での歯医者は確か都合3箇所目で、家に近いほうが通うのには便利なので、同じ街の歯医者に長く通った。
良い歯医者だとずっと思ってきたが、治療後に領収書をくれないとか、患者に文句言うとか色々あって、今回は替えてみた。その替える前の歯医者で治療した箇所だ。新しい歯医者とその歯医者は徒歩三分位の距離。
つまり、この辺りは歯医者激戦区で、あと数軒はある。

新しく通い始めた歯医者は去年暮れまでは医師が3人居たので、割合早く終ったが、担当の医師が辞めたので、か、どうかは分からないが、随分時間がかかる。予約が二週間に一度だ。
治療中の臼歯の上の歯が一本無いだけで、食事は結構しんどいものがある。
自分で痛くない歯の治療は医者に言われるまま。この一本に二ヶ月もかかっている。
根の処を綺麗にして消毒してから被せなおすらしい。磨いては蓋をして次回の繰り返し。
こうだと言われたら信じるしか無い。
そうだ歯医者の話じゃ無かった。

袖の長さは、呉服屋の得意先?の私の初対面のお客が着物で来られたので、お願いして二人並んで袖の長さを見せて戴くが全く問題なし。
呉服屋でなんとなくだらだらお喋りして、途中でデパ地下に寄り、火曜日稽古のお菓子と夕飯食材を買う。
家の者は呉服屋からバイトに向かう。

この時点では作ると言う戦意は完全に失せている。
流石に夕時でデパ地下の買物客も多く、お惣菜類も安くしている。
3パック千円に主婦も主夫も集まっている。私も仲間になった。
是だけの素材で、これだけの量(三種類)を
自分で作ったら千円で収まるどころか、恐らく数倍の値段になるだろう。
手間ひまも大変だ。作るだけでなく、調理後の洗いや、片付けもそうだ。
前にも書いたが、駅弁以外の弁当の値段にはいつも感動するのだ。
b0197486_8254012.jpg

鶏唐揚のピリ辛ソース・・南蛮漬け・・魚でもなんでも南蛮漬けは好物の一つ
b0197486_826457.jpg

春雨サラダ・・タイ料理の「ヤムウンセン」の日本版??
b0197486_8261832.jpg

新ジャガのあんかけ
b0197486_8264022.jpg

牛肉の牛蒡と人参巻き
b0197486_8265473.jpg

豆ご飯

明日の予定は昼外出で夜は父の日でご馳走してくれるらしい。
買ってあった牛肉が残ればゴミ箱。仕方なく調理。
いやいややってると肉巻きも太い細いが出来る。
豆ご飯も家庭用に簡単に作る。お客用の作り方は豆の色が鮮やか。
自慢ではないが、牛肉と豆ご飯はやっぱり美味しい。味付けが自分の好みになるのだろう。

帰って来るなり、「今日は手抜きだね!」
買って来る惣菜の経済効果を得心の行くまで説明。と言うか、途中で言い争い状態はいつもの事。

混ぜご飯は嫌いな奴が珍しくお代わり。
奴の帰りが9時を過ぎるようだと、先に食べているが、奴はだらだら食べて残り全部平らげたのにはびっくり。
ここに載せた写真ではパックの3分1程度、それをパック全部食べた。その後は西瓜のデザート。


まぁ、よく食べよく働くは良い事です。

by higashinuma | 2011-06-18 23:03 | 所感 | Comments(0)

嘉祥菓子 2

嘉祥菓子の続ではないが、6月のお菓子としてとりあげたので 2 にした。

大宗匠夫人の登美子奥様は若くして亡くなられたが、美人薄命とはこの事かと思わせる方であった。
持っている雰囲気としては美智子皇后のようにも思われる。

昔、裏千家のハワイセミナーに参加させて戴いた折の、大宗匠(当時家元)は勿論、奥様や塩月先生(大宗匠姉上)とのツーショットがある。
噂に奥様は怖い方と耳にしていた。激怒されているところに出会ったとか・・・。
それで、大宗匠とはみなさんご一緒に写真を撮られるのですが、奥様とは遠巻きにしているだけであった。
私はご一緒に宜しいですかと声をかけさせて戴き、満面の笑顔でツーショットに収まって下さった。その後はみなさんわぁーと寄って来られてわれ先に写真を撮られるのだった。
塩月先生も怖いと伺っていましたが、秘書の方が何枚もツーショットを撮って下さった。
怒るには怒る理由がある訳で、私が思うのに、礼をもってすれば礼で応えて下さるのです。

今、ここに千登美子著「今日庵菓子暦」と言う淡交社刊の豪華な書籍がある。
裏千家(今日庵)を訪れた客人をおもてなしする月毎のお菓子の図録とエッセイ集だ。
1月の菱葩餅(道喜製)から始まり、お菓子は勿論であるが、訪れた方たちや家族の事等心温もるエッセイで埋めてある。内容はお人柄を髣髴とさせてくれる。

6月は「水無月」が最初に載る。俵屋吉富製
b0197486_9275387.jpg

左ページは「紫陽花きんとん」同じく俵屋吉富製
上賀茂神社の夏越の祓やお菓子「水無月」のご家族に因んだ話をお書きになられます。

続いての頁
b0197486_9334485.jpg

右ページは「岩もる水」鶴屋吉信製 円能斎お好み
左ページ「渦落雁」亀屋伊織製 仙叟お好み

「岩もる水」は過去二度ほど戴いています。
一度は裏千家東京道場でのゼミ。一度は染井会の月釜でした。
染井会とは京都御所に並ぶと言うか一角にある梨木神社の染井の井戸の水でお茶会をする会です。

もともと御所の梨壷(御所にはその庭に植えた木の名前の部屋がある)跡と思われる。
・・この内容には裏付がありませんが、御所の東側にあったとされるためからの推測です。
梨壷には撰和歌所が置かれ、『後撰和歌集』の編纂と『万葉集』の訓釈に当たったところとされます。
その関係で私の最初に発刊のグループ歌集は「梨壷」と名づけました。

ただ、神社そのものは新しく明治時代に勅旨により三条家を称えその屋敷跡に建てられたようです。
三条家はお香の家でもありましたが、明治政府になり、政府の事業を手伝うに当たり、その秘伝を全て鳩居堂に委ねたと言われます。
近くには紫式部旧宅があり、訪れた6月は桔梗が咲き出して素朴ながらも雅な庭を見せて戴きました。

このお菓子は草色に染めて煮た葛を岩に、白い部分を水に見立てたもので、見た目は木々の緑に映えて涼しい雰囲気ですが、食感のもちもち感がちょっと苦手でした。一切れが意外と大きい。

東京から嫁がれて、京都のそれも裏千家と言う歴史と仕来たりの中で上手に子育てをされ、家を守ってこられた折々のエッセイは癒しの本として何冊か蔵書しています。
お家元のお人柄もこの母あればこそかと思われます。

by higashinuma | 2011-06-16 09:33 | 茶道 | Comments(0)

稽古 2

14日の稽古は午後2時から始まった。
留学生の一人が5時からバイトがあるので、早く来たいと言っていた。
勿論、大歓迎。出来れば1時に来て欲しいくらいだ。

それで、先日プレゼントのために買った浴衣を出した。
浴衣と帯だけで、腰紐等小物は他の生徒が6時頃に来て着せてくれると言ったが、一人は時間が無い。
とりあえず着て稽古する事になった。
着物の経験は4月に振袖を着せて貰っている(以前ブログ掲載)ので、それなりに分かっているようだ。
おはしょりは手で持って貰って、そのまま帯を締めた。
私の帯結びの「袴付き」結びと変わらないだろうと考えた。

早速稽古に入った。
帰国したら家族に見せるのだと、先週から稽古のビデオを撮っていたが、電池切れだったから、今日は撮影にも都合が良い。
b0197486_8274599.jpg

自分で言うのも気がひけるが、この子は素晴らしい点前をする。
文化の違う国で育ち、よく一年でこれだけ出来ると感心する。
両親は北京でお茶屋を経営しているそうで、抹茶も売ろうかなと言っている。生家は福建省で、弟がお茶の生産をして家を守っているらしい。
日本の文化を正しく国に伝えて欲しいものだ。

b0197486_833787.jpg

この子を見ていると若いってやっぱり良いなと思う。何しろ屈託が無い。
点前はもう少し落ち着くと良いのだが、それでも柄杓を持つ手付き、風炉の柄杓の扱い等は惚れ惚れする。
お母さんに浴衣欲しいと言ったら「お風呂上りに着るものだ」と言われたらしい。異国の人が其処まで知っている事に驚かされた。今は花火を見に行ったり、街を歩くのにも着て良いんだよ。
帰ったら何処で着ようか等とはしゃいでいる。嬉しさを隠し切れないみたいで、良かったと思った。

b0197486_839113.jpg

お菓子は「水無月」
この写真は残り物を家で撮影。
干菓子は京都土産の麩の焼きで御所限定販売のご紋入り。
b0197486_8411485.jpg

床は「喫茶去」今月の宿題。
花は土曜日教室で使用した「夏椿」
咲くのを待つように念じて今日まで持ってくれた。
花枝?が日が経つにつれ延びてきて、恐らく咲いた時に花びらが葉に触れないようになっているのかと、植物の知恵に感心した。火曜日まで観察しなければ、気が付かなかったと思う。

by higashinuma | 2011-06-16 08:45 | 茶道 | Comments(0)

稽古

土曜日はこの頃良く雨に当たる。
花のある時期なので「花寄せ」だけでもと思うのだけれど、花台や数種類の花を持っては無理。

先週出来なかった花月をする予定でしたが、いつも遅く来る生徒が早く来て、用があるので早く帰りたいと言う。いつも、早く来られる生徒は休み。
それに呉服屋が来る予定。で、今回も見送り。

「風炉流し点前」と一人は「濃茶平点前」
b0197486_15145639.jpg

b0197486_15151512.jpg

「お茶入れのお形は」「肩衝でございます」
「お窯元は」「瀬戸でございます」
「お茶杓は」「坐忘斎お家元ご銘の「夏越」でございます」
「お仕覆のお裂地は」「?」でございます」

いつもの事ではあるけれど、この問答何とかならないものだろうか。
問きり型の会話では「質問」と「答え」みたいで時には「尋問」「答弁」のように思う事もある。

ある程度慣れてきたら・・・
「良い景色の肩衝でございますね。お窯元はどちらで」「京作の瀬戸釉で〇〇の作でございます」
「珍しいですね、〇〇の作でしたか」「鵬雲斎に「青苔」の銘を戴いております」
稽古を積む事とお茶会等で、先生方の会話を良く聞いて、先ずはまねる事も必要でしょうか。

花は「夏椿(沙羅双樹)」一日花なので、どうしても蕾を持って来る事に。
この花は白く色が付いているが、先日のある席では全く青い固い蕾であった。少し昔も百合をいれて、まだ緑の蕾であった。私は蕾であっても色の出てきたものを使うべきだと思っている。
火曜日の稽古でも使うつもり。

今日のお菓子は「水無月」と「ご紋の煎餅(俵屋吉冨京都御所の限定)」を用意した。
生徒が「わらび餅」を手作りして持って来られた。
何か持って行って良いかと事前に連絡があったけれど「水無月」は先週注文してあったので使う予定の菓子を連絡してあった。
「わらび餅」の美味しさに「水無月」が霞んだ事でした。

呉服屋は頼んであった男物の夏薄物反物や浴衣、他の生徒の頼んだ物を持って来られた。
今日の売り上げ「・・・!」なんとも不思議な世界でした。

確かに、街の呉服屋とかには入り難いが、こうして近付きになると、言いたい事が言える。
私の立場からは強要するようで嫌なのですが、お互いに良いなら、まぁ需要と供給で良い事としよう。

by higashinuma | 2011-06-13 15:45 | 茶道 | Comments(0)