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つれづれ

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除夜釜

裏千家東京道場が麹町から市ヶ谷に新築移転する平成7年以前は道場で除夜釜があった。
夕方から夜のお茶会で、寄付と点心席以外は全て蝋燭(手燭、行燈)と点前座の短檠の灯りで行われ、業躰の点前すら覚えていないほど薄暗い中での茶会であった。

この茶会に行って紅白(抽選に当たれば)に行って初詣が理想であった。が、道場が市ヶ谷に移転後は開かれない。
実は麹町の道場に伺ったのはこの茶会が初めてであった。
茶室の造りや庭も薄暗く全く覚えて無いが、お菓子の「お試し餅」点心の「味噌おでん」「蕎麦」「濁り酒」は鮮烈である。
何とも喰い意地のはった事よと呆れもするが、五感の内、視感、聴感と食感があれば思い出すのかも知れない。
麹町の道場は山野愛子の八王子宅に移築され、その姿を留めている。

12月の最初の日曜日は例年淡交会支部の「納めの茶会」がある。
昼に行われる普通の茶会の案内であるが、茶室は雨戸を閉めて手燭、行燈、短檠を使って除夜釜形式で行われる。

今年も参加させて戴いた。生徒が二人御一緒でしたので、男子生徒にせっかくだから正客を勉強させて戴くように話してあった。
案の定、私に正客の指名があったが、決めてあるからと伝えて、生徒にお願いした。
菓子席に通されて、暗い中でお菓子が呈された。薄茶の筈なんだが・・・・。
白い饅頭はほのかに温かい。私が係の頃に水屋で饅頭を蒸し直してお出しした時の事が思い出される。こうして客で伺うと温かい事がこんなに嬉しいものかと有りがたい。
饅頭屋の出来あがりを待っていたからとの後日談であるが、寄付からすると随分待たされた事でした。
菓子席を設けたのもこのためとか。

やがて席が整い換鐘が鳴らされた。手燭の交換は初めてなので、待っている間に教えていたが、実際には係の人が指導していた。
席に入ると既に次客と三客が椅子に腰かけ、正客の席が空いている。生徒に座って戴く。これは想外の事で隣に座れなかった事が可哀想に思われた。しかも、この二人は会の重臣。
陰の声・・・なんで椅子に掛けた人が上席に?・・・重臣であればあるほど遠慮して隅に座するとか末座に居るべきです。客を招いて招く側が上座に位置するのも変です。と私は思うのです。

正客体験の生徒は臆する事無く、上手に場をまとめられました。
いつもは会の者が蕎麦席も担当するのですが、会場が工事中との事で、門前の蕎麦屋での点心でした。
早めの年越し蕎麦ですが美味しく頂戴した事でした。

除夜釜は家族と極親しい客で年越しのお茶を戴き、炭を埋め火(炭を揚げないで灰をかけ、釜の湯を保つ状態)にしてやがて新年になると若水を汲み上げ、埋め火を元火に炭を注ぎ、釜の湯を替えて、家の主人の濃茶で新年を祝います。

茶会は亭主の趣向であり、善し悪しを言うものではありませんが、本来の姿を知っての趣向であれば問題は無いでしょうが、一部を見てそれが全てと捉えられるのはどうであろうかと思うのです。
by higashinuma | 2011-12-30 09:42 | 茶道 | Comments(0)

歳末

今年も残すところ3日となった。
正月を前に現金が乏しいので、ATMに行ったら、このカードは使えませんメッセージ。
焦りました!後3日後には恐らく元旦から三が日はATMは使えないだろう。
それで、仕方なく予定に無かった銀行に行く事に。
我が家からのこの銀行の窓口があるのは成城、調布しか無い。いつもは新宿店。メインは五反田。
一番近い成城学園に行く。

銀行の出入り口で案内する小母さんは超苦手。
余計な事をするな!と言いたくなるが、今回は事情を話して取り次いで貰う。
番号札無しに手続きしてくれた。
年末で混雑はしているが、そんなに待たされずに済んだ。

「新しいカードを作りませんでしたか?」
「ICチップ入りは作ったけれど一度もATMでは使って無いです」
「すり減った跡がありますが」
「それは店で買物の支払いしか使って無いですし、ATMではこちらのカードだけです」
「一年以上使って無いと使えない場合がありますから、新しいカードの方で使ってみて戴けますか」
再度、別のATMで引き出してみる。今度は問題無く使えた。

カードが使えるスーパーで買い物が殆どなので、そういえばこの一年位は現金を引き出す事は無かったかも知れない。

結果的にカードには問題無く、結局はATMの読み取りの問題でした。
行員は「済みませんでした」と言うけれど何となく腑に落ちない。
29日で良かった。新年2日には又出かけるのに、現金は無い、ATMは使えない、銀行は休みでは凄く困った状態になったであろう。
その点、郵貯銀行は通帳だけでも引き出しが出来るので便利ですが、海外では使えない?
何とも人騒がせな一件でした。

成城学園も久しぶりで、石井に寄ってみる。
凄い人だ!はなびら餅がもう売りだされている。
帰りの道に並ぶ豪邸の門を見ながら、門松を探すが、何処にも無かった。玄関ドアの飾りだけ。

我が家のマンションの入り口も門松が消えて久しい。各戸の玄関飾りもまちまちで、無い方が多い。
街に門松が消えてどれくらい経つだろうか?今日は厄日だから正月の準備は休みが多いので、明日は飾られるだろうか?
私の生家は東北(日本海側)ですが、生家のある地域は私が小学生の頃から森林保護のため、門松は禁止されていて、年末になると役所から印刷された門松が配られ、それを戸口に貼るのだった。
それで、東京に出てきて、各家に松が飾られるので驚いた事でした。
今年、門松が少ないのは不景気と震災の影響では無いかと推察される。

昔は正月三が日は店が全部休みで、開いているのは寿司屋位だった。
初めて東京で新年を迎えた時、食べるものが無くて困った事だった。泣く泣く正月料金の寿司を食べたものでした。
今はコンビニは無休、スーパーやデパートは2日から開いている。
知り合いの中華屋も今年は元旦が休みだったが、開業十年年中無休だった。
帰省しない人には大助かりだが、反面、正月の意識も年々薄れていると思われる。

暮れになって、初釜の案内が来ますが、ある茶家では15000円。濃茶、薄茶、点心、福引かお土産。
ある数寄者は25000円濃茶、薄茶、点心、福引とお土産。
先の茶家の点心は雑煮で祝い、二の膳まであるちょっと豪華版。経営する懐石の店の食事をお座敷でお膳で戴きます。
後のは京都、大徳寺塔頭で行われ、点心は瓢亭の賄い。
家元は会費制(ご招待)では無いが暗黙の了解と言ったところ。
どれも魅力あり、金額に似合った内容と言うかそれに勝るものがありますが、残念ながら日程の都合が付かず行かれない。

我が家のは何で初釜で無く初稽古なの?と聞かれた。
それは、生徒みんなで其の日を盛りたてるからです。勿論、濃茶、薄茶、点心、福引&お土産がありますが、先に上げたような豪華版には及ばず、みんなが参加しやすい会費で、稽古日も兼ねていますのでその日はいつもより少し趣向を変えた稽古をするのが狙いです。

先程、福引とお土産、年始の用意を整えた。道具類は新年になって準備しよう。
今年もあと3日。こうしてブログを書いている場合じゃないんだけど・・・・。
by higashinuma | 2011-12-29 16:52 | 所感 | Comments(0)

今年最終稽古

今年最終稽古は20日火曜日。
留学生一人風邪でお休み。昼稽古の生徒一人仕事のためお休み。
今日の夜稽古は12月22日誕生日の生徒の誕生会兼クリスマス兼忘年会と盛り沢山。

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この軸も今日で納め。軸を巻いていたら、生徒が軸の意味を聞いてきた。ブログに載せていたのですが、この方は忙しかったので、火曜日はずっとお休みだった。
全て、仏さまの手の内ですよ。と、言いつつ、キリスト教の方はどうなんでしょう?今日はクリスマスの趣向も入っているし・・・疑問が広がった事でした。

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侘助椿を瓢型唐銅花入に。花は開きすぎてしまった。
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冬至は22日なので「南瓜餡の冬至饅頭」ご製は府中青木屋。
乾燥するので包装のままお出ししています。
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干菓子はツリーの皿に載せました。
この皿実は20~30年前のクリスマスに知人に戴いて、使い道が無かったもの。前日に寝ていて思い出し、あぁそうだと言うわけです。
面白い事に昼稽古の方は全員、ツリーを逆さに客に出していました。陰の声「矢印と間違えて無い?」夜稽古の方のどっと大笑い。
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替茶器はサンタの靴。
前にやはりプレゼントで戴いた飴かなんかが入っていたものです。
大海茶入の蓋が決まりました。
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こんなおもちゃみたいな物でも趣向には役立ちます。
それにしては茶杓のご銘がちょっと・・・・
「鈴の音」とか出て来るのを期待していました。

来春初稽古の稽古を取り入れて早めに終わり、生徒の誕生会兼クリスマス兼忘年会となりました。
因みに初稽古の茶杓はご銘が付いていますのでご安心を。
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ゲストさんが撮ってくれました。
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この後モスバーガーのチキンとか出て来るのですが、写真撮るのを思い出した時には骨しか残っていませんでした。

暫く、ブログは留守になります。
お元気で良い年をお迎え下さい。
by higashinuma | 2011-12-21 09:13 | 茶道 | Comments(3)

年賀状

愈々年賀状書きのラストスパート!
で、いつものようにパソコンを立ち上げ先ずは裏面の作成。
例年、歌会初めのお題の詠草と最近は旅行のショットを入れている。
従来の保存データを取り出そうとしたが、ソフトが入っていないメッセージで開けない。
そっか~、夏にパソコンを変えたのでした。前のパソコンには標準装備で、この手のソフトが何種類か入っていたと思う。筆王とか筆まめとか・・・

無料ソフトが結構あるので、ネットで検索した。やった~!前のと同じソフトがあるじゃん!
ダウンロードし、思い通りの裏面を作成する。試し印刷・・・何!印刷プレビュー画面には無かった「印字見本」マークがでかでかと印刷されている。これが無ければ上出来なのに。
ダウンロードしたのは「体験版」でした。それで良く読んでみると「印字見本」が印刷されるコメントが・・・続いてソフト購入約7千円の画面。何だこりゃ。思わずパソコンを放り投げそうになった。年賀はがき一枚無駄にした~。
自分で良く読んでいなかったから文句言えない。

どうしよう?そうだワードがあるじゃないか!
そのソフトのようには簡単でないが、何とか見るに耐える裏面が出来あがった。
其の日は宛名を手書きで書き始めた。数枚書き終わってなんとみじめな雰囲気。こんなに下手な字を書いていたのか・・・。

翌日(今日)、恐る恐るワードで差出人を作った。まあまあ何とかなるじゃないか。印字修了。
宛先もやってみた。これはソフトを使うより良いかも。

結果、ソフトは住所録を開いて印刷モードにすれば、自動的に全部印字してくれる。しかし、今の処ワードでこれら作業が出来るかは勉強不足で一枚ずつ印刷。
とりあえずファイルに登録すれば、年賀状以外にも使えるので、はがきファイルを作成。

後、残り五十枚程。予定は水曜日投函。
少し肩の荷が下りた感じのこの二日間でした。
でも、元旦に間に合わなかった方はごめんなさい。
by higashinuma | 2011-12-19 18:33 | 所感 | Comments(2)

今年の最後

土曜教室は17日が今年最後でした。
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「話尽山雲海月情」この軸も今日で終わって持ち帰りました。
しかし、いつもこういう心境で居られたらと思うばかりで・・・
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「加茂本阿弥椿」萩掛花入
白玉椿は茶人にとって垂涎の的とも言うべき椿。しかし、本当の白玉椿(本白玉)は真円に近い丸い蕾ですが、この椿も白玉とされるけれど、蕾が小さい時はまだしも白い色が出て来ると先が少し尖った形になるので、私は白玉とは認めない。他に初嵐と言う椿も白玉と呼ばれる。

隣の家の生け垣には本当の白玉椿がある。生け垣なので植木屋が平面に枝を伐っているため、蕾が出て来ない。去年は一度戴いたが今年は今の処無理そうである。結構開花が遅いので四月頃になったら出てくるかも知れない。本白玉で葉も上品で枝ぶりも良い。流石に名花の所以である。前ブログに書いた蕉雨園での茶会でも本白玉を使ったが、これらを専門とする花屋で一枝(蕾一つ)1500円だった。もう20年位前の事なので今は相当高いだろう。勿論、一本だけと言う訳にゆかず、もう一本と他の椿も買った。

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今日から大津袋の点前にすすんだ。
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二人は着物で来られた。

先に帰られた生徒の写真は撮り忘れてごめんなさい。

主菓子はたねやの饅頭。干菓子は和三盆とサンタクロースと雪だるま(ケーキに飾るメレンゲ)

アクセス数が上がって嬉しい限りですが、励みになりますので、どうぞコメントをお願いします。
by higashinuma | 2011-12-17 20:32 | 茶道 | Comments(0)

スーパーマーケット

「財布開けてレジに置いたと言ひ張りし婆の二千円手下げより出づ」

家から自転車で10分の範囲に大小のスーパーが20店舗もある。その他にホームセンターが2店舗。市場もある。それから農家の直売所も多い。大型100円ショップは消えて一年が経つが、スーパーの中に未だ別の店がある。この点恵まれた環境と言えるだろう。買う物に合せて東奔西走している。←この言葉は相応しく無いけれど、偶にスーパーの梯子で買う事も。
大手スーパーは巨大店舗を構え、専門店も入っていてとても便利です。

文頭の短歌はこの大手スーパーでの出来事だった。
私の前にレジを待つお婆さんが二千円を手に持って並んでいた。
支払いの時、レジの受け皿に二千円置いたと言っているが、これは見てはいない。

レジの人が係を呼んで来て受け取って無いと事情を話している。
お婆さんは財布を開けて、幾ら持って来たけど無いでしょうと言い張るが、店の人の受け取って無いの言葉にしぶしぶ支払っていた。
その係の人が手下げに商品を入れているお婆さんのもとで、手下げの中から二千円を見つけた。お婆さんは何も言わずに立ち去った。

最近、年寄りの万引きが多いらしい。ただ単純にボケているのかも知れないが、この手もそうなのかと訝った。
以前、イスタンブールでタクシー運転手のとった手口とそっくりだった。支払ったのに貰って無いと言い張る。ここでは言葉が分からないから、仕方なく又支払ったが。まぁ、今なら手口が分かっているので、ドアを開けて下りていたと思う。

スーパーでは色々な人に出会う。
この店はカートが多くて私は好きな店ではないが、カード支払いが出来る事と商品が豊富なので、ある面仕方が無い。
商品の前にカートを横付けして、買う物を選んで動かない人。
わざとぶつけて来る人も居る。
狭い通路を絶対どかない人も居る。
レジの処で、前に進んでくれたら私の買物籠がレジ台に置けて、重い物を持たずにレジを待てるのに、携帯見ていて絶対動かない。ちょっと押しやったら、凄い剣幕だったので、ちょっと前に行ってくれたら荷物が置けるでしょうと言ってやった。凄い怒っている。
その人の会計が済んで向こうに行った後、レジの人がぼそっと言った。最近ああいう人が多いんですよ。私も声をかければ良かったかも知れないが、結構見ていてむかつく人だった。

子連れの主婦が多く、レジを待つ時、子供は私と顔が合うとにっこりしたりするので、ちょっとかまったりする。すると、いきなり後ろを向かせる親がいる。中には親も笑顔を返してくれる。
子供の遊び場みたいに、子供が商品をいじっても何も言わない親も居る。例えば100円ケーキが並んでいる処で子供がケーキを触っているのに、全く無感知の親が居る。注意すると、逆切れする。おじさんが怒るから止めなさい。この親にしてこの子あり。
多分、店員も客が来なくなる事を恐れて何も言わないのだろう。

私は買物は好きでは無い。品定めをしているのに付き合わされると、何だか凄い無駄な時間を費やしているように思うし、何しろ疲れる。色々見ないと分からないでしょうと言われるが。
by higashinuma | 2011-12-17 09:13 | 所感 | Comments(0)

きんつば

12月13日火曜日稽古
明日は忠臣蔵の吉良邸討ち入りの14日。「切腹最中」と言う恐ろしい銘のお菓子があり、今日使うのには良いかと思われたが「きんつば」も刀の鍔にかけて(←かなりこじつけ)使った。
この話をしていたら、生徒の中に「切腹最中」をご存じの方がおられ、昔、そちらの方面に勤めていたので店に買いに行ったと言われた。
この最中は前記事(去年の12月)にありますのでご覧ください。お菓子のケースにも忠臣蔵の意匠で説明書きもあります。餡の中に求肥が入ってネーミングのわりには食べ応えがあり美味しいですと書いていましたが、ネットに因ると東京うまいものの第一位に挙げられていました。
「切腹最中」の店、新橋(新正堂)は「忠臣蔵」の発端となった「浅野長矩切腹の場、田村邸」跡地内に店を構えていたことに由来しての店主の発案。
いろいろ面白い記事が載っていましたので、是非検索してみて下さい。
さて、金鍔は京都で江戸時代中ごろに売りだした頃には銀鍔と言っていたようですが、明治になって東京に移ると製法も変わり金鍔となったとあります。
今回のお菓子は餡を固め上新粉で焼いた感じなので、本来のものかと思われます。
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忠臣蔵の事があったので、お菓子が先になりました。
10日日曜日は青年部の茶会が品川であり、薄茶二席の内、一席は忠臣蔵がテーマでした。

忠臣蔵当日は吉良邸で山田宗徧の茶会があり、吉良は必ず在宅すると言う事で討ち入りが決行されました。当日使われていた花入は利休所持で宗旦が弟子の宗徧に贈った「桂籠」。丁度頭の大きさです。見事本懐を遂げた赤穂浪士はこれを吉良の首として槍の先に括りつけて、朝日が射し始めた江戸市中を浅野長矩の墓前に向かいます。・・本物の首は別ルートで浅野長矩の墓前に曝されます。・・これは道中に吉良方に奪われかねないからでしょうか。この籠は鑓の跡が付いています。香雪美術館所有。
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香雪美術館所蔵写真より桂川花入(桂籠)
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現在言われている桂籠(白竹)

その故事から花入は桂籠。建水は槍の鞘。お菓子は「雪まろげ」等忠臣蔵に因む道具でした。
今は籠花入は風炉の季節に限られますが、昔は炉の季節でも使っていた事が知られます。

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花は土曜日に使ったものと同じ「磯菊」と「満天星躑躅」青磁杵(尊器と言う方が正しい)
土曜日は花を採ってきたそのまま使いましたが、躑躅との調和をとるため花を結構減らしています。本には色々と調整する事を書いていますが、野にあるようにの意味がどうなのか迷う処です。が、今回はわりとまとまっていると自負。
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軸の染筆は永平寺管主の丹羽簾芳老師でこの軸には号の老梅と揮毫されています。「入木正統筆道本源」と言う系図がありそれに因ると11月に使った大雲和尚は簾芳老師の書道の先師に当たります。このような筆道があるかどうかは私は分かりません。
この軸は大寄茶会(約四百人)をさせて戴いた折に使って以来に開きました。
この茶会は目白の蕉雨園菊の間が担当でした。明治の大臣のお屋敷で、その当時のまま保存されています。天皇を迎える部屋もあり武者隠もある豪華な造りで、広大な庭は紅葉の名所ですが、残念ながら一般公開はされていません。その菊の間も床壁は金砂子散らしで巾も高さもあります。この軸はやや小ぶりながら存在感がありますので、ここの床でも十分見応えがありました。蕉雨園は講談社の所有で、映画やテレビドラマでも使用されています。

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「秋色洲浜」と銘がある京都のお菓子。これも食べて無かったので、黄粉捩りのようなものと言ってたら、本当に洲浜でした。洲浜と言えば白地を赤で包んだ洲浜が一般的ですが、こういう風にも出来る事に驚きでした。因みに私は歯に着くお菓子は苦手。

今日は三人お休みでしたが、炉流し点、茶杓荘、棚付濃茶点前、同じく薄茶点前と盛り沢山の稽古。頭の回転には良いかも知れないと、後で気づいたら若干間違いがあり、早速、点前をされた生徒に訂正メールを入れた事でした。
by higashinuma | 2011-12-14 09:08 | 茶道 | Comments(0)

磯菊

土曜教室12月10日。今年の土曜稽古は来週で終わりです。
修練帳を見ていて、この生徒は未だこの点前を教えて無かった・・・小習は濃茶点前が多くなるし四ケ伝から以上は全て濃茶点前。火曜日は昼と夜に分かれているため、その中で濃茶点前は二人の生徒が稽古出来る。しかし、土曜教室は午後のみの稽古のため、濃茶は一人に限っている。前に濃茶点前でお茶は薄茶を点てるとしたが、濃茶を練る稽古にはならず、いつの間にか立ち消えした。点前の順を稽古するにはそれでも良いが、一番基本の美味しい濃茶を練る稽古にならない。そのため、一日一人だけ濃茶点前にしてローテーションで稽古をしている。
すると、どうしても稽古回数が不足し、炉、風炉が変わったり、次のステップを踏むのが遅くなります。許状も何年経て次の許状の申請が出来るとなってはいるが、気持ちは早く茶名なら茶名を戴けるまでにして上げたい。
師走となり、残り一日の稽古となると、これで良いのかと焦燥感に苛まれる。

それと、今日は何の稽古をするかも結構悩みの種。
私が稽古時代は小習と四ケ伝の全ての科目をカードに書き、稽古前にそれを引いて、今日は××の稽古をお願いしますと言う形をとった。
他人の我が家で道具類は私が管理しているような具合に置き場所を把握していたし、師匠も気安く応じて下さった。今、思うと随分な事をしていたなと言う反面、師匠も良くそれに応えられ、直ぐに頭の切り替えが出来る事に敬服する。お互い未だ若かったなぁと懐しむ。

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大徳寺派少林寺横井明道和尚の染筆
花は「磯菊」唐銅下蕪花入

「磯菊」は名の通り磯(海岸)に咲く菊です。
先日の茶会で待合に小さな木彫り?陶器?お地蔵さまを床に掛け、磯菊が一本供花。東北の震災の供養と言われた。福島、宮城、岩手方面の東北の海岸に多く見られる花との事だった。
亭主の心入れに熱いものを感じた事でした。

同じ種類に「浜菊」もあり10年近く我が家の鉢で咲いていましたが、全く手入れせず(水の遣り過ぎで根腐れを起こしたと思う)、今年はベランダのペンキ塗りかえがあって、移動したりしていたら、芽が出なくなった。この花は一本でも見事で、好きな花だったので新しく買う予定でしたが、今の処園芸店では見つかっていない。惜しまれる。
by higashinuma | 2011-12-12 15:53 | 茶道 | Comments(0)

茶壺

炉開きの後に茶壺の口切りを行い、新茶を戴きますが、茶事に招かれたのは、もう数年も前になる。
このお家の茶壺は祖母懐で結構大きい。茶師が茶を詰めて届けて居られるので、我が家のような稽古の茶壺とは違う。

我が家の茶壺は師匠に戴いた物で、師匠のご母堂が稽古で使用していた物と言われたので相当古い信楽壺である。中には生徒に教えるべく、半袋の茶(濃茶)と詰茶(薄茶)が入ったままで、これもご母堂のなせる事と伺った。教室に持って行くには荷物になるため、生徒に見せたのは忘れる位前の事になってしまった。面白い事に黴が生える事は無い。
教室には教室用の茶壺があり、もっぱら紐結びの稽古用。それも今は未だ箱の中。

大かたは炉開きと口切りの茶事を同時に行っていますので、一つのものと考えがちですが、本来は別に行います。口切りも内口切りがあって、新茶の出来を家族で戴いて封をし、改めて客人を招いて振舞うのです。口を切った後は例のごとく飾り紐をします。複雑に結ぶ事で開けられたら分かるようにしているのです。
茶入の蓋裏には金箔が貼られていますが、毒を盛られた時に金箔が変色して分かるからと言われます。(広沢手の茶入れのみ銀箔が貼られています)これも飾り紐と同じような意味合いでしょう。
何故茶入だけとの疑問は、お茶と言えば濃茶だからで、今でも、薄茶のみの茶会の時は薄茶を差し上げますと招待します。
口切りの後に懐石があり、それを戴きながら水屋で茶を挽く音を楽しみます。
茶葉は石臼で左回しに挽きますが、客5人の濃茶を挽くのに凡そ2~3時間もかかります。それでは当然茶事にはなりませんので、最近は店で購入したものと混ぜて使っているようです。昔はどうしていたんだろうと気になる事です。
こんなに時間がかかりますので、当然手の空いている人に挽いて貰います。仕事の無い人を「お茶っぴき」と言いますが、花柳界で客の付かない芸者等に対して言うとも聞きました。

茶師は新茶を茶壺に詰めて、約半年間保存し、昔は茶壺道中で宇治から江戸に運ばれました。
童謡「ずいずいずっころばし」では道中が来ると戸を閉めていたと当時を伺い知れます。
これらは大壺に入れてますが、実際に使う時には小壺に移して扱います。

今でも、宗旦忌には茶師上林が茶壺を駕籠に担ぎ、裏千家の門を入ります。つい近年までは宇治から道中との事でしたが、交通事情もこれらの事を知る人も変わり時代に合わない事から、家元近くで、装束を整えて来られると聞きました。この時、柿と栗を手土産に奥方が下げて来られます。

今年も残す稽古日は一日二日。せめて紐結びの茶壺を出さねばと思うのです。
by higashinuma | 2011-12-10 09:52 | 茶道 | Comments(0)

もったいない

2004年ノーベル平和賞受賞者でケニア共和国環境副大臣、ワンガリ・マータイさんが 日本で知り、感銘をうけた言葉「もったいない」。

今、日本人としてこの言葉をキチンと理解している人はどれくらい居るだろうか。

二年位使っていたお茶を漉す時の下に敷いていた紙を、この前の稽古で花を持たせた生徒に花を包んで渡した。もともと花屋の包装紙だった。
その前に「未だ使うの?」と言われたものだ。お茶を零して汚れているし、多少切れている。
「捨てればそれで終わりだしね。紙は沢山あるけれど、未だ使えるでしょ。捨てて喜ぶのは紙屋だけですよ。」
言った後、かなり、小母さんが入っているなぁと思ったが・・・・。
何にでも、こんな風に考えている事は確かだ。
茶巾が破れてきたら、何枚か重ねて縫い合わせお茶碗洗いの布巾に。タオルもしかり。
稽古時代はティッシュの二枚重ねを剥がして一枚ずつ使っていた。それで充分足りる。
これらはケチとは違う。物に対しての「ありがたさ」なのだ。
物であってもこの世に生れて、ご縁があってわが手に来られたものなのです。

「もったいない」は物質の消費に向けた言葉の意味だけでは無い。他人を敬う言葉でもある。
田舎には「もっけだの」と言う方言があり、「ありがとう」に近い意味だ。

物を粗末にする事は人をも粗末にしているような気がする。
使い捨て時代は未だ続いているし、人も簡単に捨てる時代だ。
簡単に会社を首にされるし、殺傷も厭わない。
原発事故もその後の処理もこういう感覚から抜け出していないような気がする。

現役時代、労組が嫌いだった。会社に対して「働いた分をよこせ!」の感覚が馴染めなかった。どうしても給料は「戴くもの」でしか無かった。「よこせ!」と言うだけ働いているのだろうか?今もそう思う。
執行部になる人が無く、職場で輪番制で執行部の指名をされ、結果、委員長の役を仰せつかった事があった。幸いにも、好景気であり、賃上げ闘争も一時金闘争も平穏であった。けれど、肌に合わないと任期の一年は我慢していた。
労組を否定するものでは無い。それはそれで必要性を認める。
例えば、高級官僚の天下り等は徹底糾弾すべきだし、今話題のカメラ会社、製紙会社の問題等は労組が動いていないのは何故だろうと思う。彼らも被害を受けている筈だ。

前にも書いたが大亀老師が松下幸之助に「君のおかげで、こんな心が なく物ばかりの嫌な日本になってしまった。 君の責任でなおしてもらわねばならん」と言われたのが機縁で松下村塾を造ったとされます。

心を失って、自分さえ良ければそれで良い気風は根太い。
今の大臣の中には松下村塾出身が数人居られますが、彼らに松下幸之助が望んだ本来の意味での本領を発揮して欲しいものだ。

マータイさんの「もったいない」
物を大事にする事は即ち人をも大事にする事だ。
微力ではあるけれど、伝えてゆきたいと思う。
by higashinuma | 2011-12-08 08:38 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる
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