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つれづれ

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味覚

26年12月26日 金曜日 晴 
風邪をひいてから4日目。今日も耳鼻科に行く。
「先生、この薬は効かないみたいです。前にも戴いてますが、別の薬を戴いて、それは凄く眠くなる。明日から出掛けるので、クラビットを下さい」
薬手帳を持って行った。先生はそれを見て、歯医者からも抗生物質が処方されていると言う。そう言えばインプラントの手術の時に一週間分貰っていた。此の時は痛くもかゆくも無かったので忘れていた。
「耐性菌が出来ているかも知れないので、じゃ、クラビットを一週間分出しましょう」と処方箋を書いてくれた。
今は何処もクラビットを出すのは止めているようです。これで耐性菌が出来ると効く薬が無くなるとの事らしい。前はずっと処方されていたのに、今思えば恐ろしい!
経過からして、インフルエンザでは無さそうです。

昨日は熱が出て、全く気力が無く、何もする気が無かった。夕飯にビーフカレーを作ったが、味も見ないで、バナナと林檎だけ食べて8時には寝ていた。朝に食べたバナナは美味しかったが、このバナナは同じ房の物ながら全くもって不味い。昼に食べた蕎麦も美味しく無かったので、珍しく残した。
今朝のバナナも美味しく無い・・・美味しく無いと不味いの差は大きい!
今日も、甘い物に対してはそんなに差は無さそうだが、塩辛い物に対しては受け付けない程不味い。昼は奮発していつもの定食「刺身と肉ジャガ」をとった。が、刺身はまあまあだけれど、あんなに美味しく戴いていた肉ジャガが我慢して食べる程だった。

でも、我慢して食べた結果と思うが、お腹が空くようになったし、少しは気力が戻った。
帰りのバスで居眠りして下車停留所をかなり過ぎて、無理すれば歩けない事も無かったけれど、電車で帰った・・・眠れるのは良いのですが、眠気が取れない。

食べると言う事。
今はそんなに思わないが、何故食べるのかと疑問に思う事があった。本当かどうかは分からないが、昔は一日二食だったらしい。食べる事に凄く時間を費やしている。口にするのは普通に食べて15分位かなぁ?時々によって変るけれど、そんなものです。今はインプラントの歯が未だ入って無いので、少し時間が要るが。
そして、作る時はその4~5倍の時間が要る。食材を買う事まで考えれば8~10倍は要るかも。

それだったら、カプセル一個で充分なような食事は無いものだろうかと真剣に思っていた。水でゴクンとやれば1分はかからない。宇宙食でも良い。
これを言ったら誤解されるが、食べるために働いているようなものです。
サンパウロのガイドを思い出す。山に入ればバナナやパパイア、マンゴー一年中食べる物は何でもあるし、着る物は短パンで足りる。だから彼らは働かない。

今まで風邪をひいても食べる事は全く持って問題無かった。自称「喰い意地張ってるから」
今回、食べられない、食べたく無い症状であらためて食の大事さを見なおした。一人抱えているので、いつも意識はしているのです。栄養が偏らないようにとか、元気が無さそうだからとか。
医者の不養生とは言うけれど、自分の事も考えなくては。寝込むような事はしたくない。
食べれば回復は早い。

18日の夕食
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グリーンカレー 手羽元で作って見た。美味しかった。
香菜が4株で150円。こんなに安いのは初めてで、迷わず買った結果です。いつも2株で270円はする。
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叉焼サラダ
by higashinuma | 2014-12-26 19:03 | 食事 | Comments(0)

風邪

26年12月25日 木曜日 晴れているが、暖かく無い。
昨日から、体調が悪く、咳が止まらない。通院して薬は貰っているが、今一。
火曜日の稽古日に「めまい」の生徒が居て、暖房止めて窓を開けた。炭は気をつけなくては。で、3時頃になると流石に冷えて来る。帰った時から調子悪かった。若もそうらしい。

24日耳鼻科に行く。抗生物質でも効きの悪い方の処方だった。直ぐ出掛けるので、強い方が欲しかったけれど、是だと本当に具合悪い時に効かないと言う。一応、信頼はしているが・・・・。昔、今の先生の前に、この強い抗生物質を長期に処方されて、肝臓が悪くなった事がある。

それで、帰りにケーキを買った。銀座の有名店(何処でもある)でデコレーションケーキ二人分で2000円もするので、ショートケーキを二個買った。
100円違いで二種類があり、聞くと苺ペースと桃ベースだった。高い方の桃を買った。
家で開けたら、苺ベースだった。料金はしっかり取られている。
こう言うのって許し難い!確かに見せてくれたが上面だけ見たのでは分からない。
近ければ文句言いに行くのに・・・
風邪の所為か美味しく無いケーキで、殆ど一昼夜過ぎたのに、胃に生クリームが残る。

銀座と名のつくケーキ店よ見ているか!

今日は理容院に行った。
凄い寒いので髪を切って頭洗うのは躊躇われるが、洗って顔剃り前にドライヤーをかけてくれた。
この季節にここのオーナーがやっていると聞いた。有り難い。

小雨は降るし、風が強く寒い。寝ていたいけど・・・・。

17日夕食
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おでんは寒い日に美味しい
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ミスマッチなヤムウンセン
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野菜炒め
 
by higashinuma | 2014-12-25 09:11 | 所感 | Comments(0)

今年最後の稽古

26年12月24日 水曜日 雲の多い晴 富士山が見えない朝は気分も今一。今の時間は薄く見えていますが。

昨日は天皇誕生日の祭日。10時から稽古する旨伝えていた。
8時20分ごろ家を出ているが、南武線の人身事故で電車は動いていない。
京王線、小田急線、横浜線、京浜東北線と乗り継いで行ったが、祭日の為全部が全部各停で、それもホームに上がったら電車が行ったばかり・・・「泣きっ面に蜂」の気分。しかも、携帯は充電切れ。
結局、10時半に着いた。近所の先生に教室の鍵を預けているので、連絡するも留守みたいだった。
寒い日に生徒が外で待っていると思うと気が気では無い。
結果的には同じ南武線を使用する生徒が、家の事で遅れる連絡があったが、私より早く着いていた。

午後になる一人を除き全員揃う。あれこれ指図して、席を整える。
最初は初炭から
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釜の湯を減らしたりして、稽古する場合がありますが、手抜きは無しです。
盆香合で行いました。
「香合は」「唐物染付 叭叭鳥 でございます」
「お香名は」「黒方でございます」
「お香元は」「鳩居堂でございます」
何とか無事に終えました。
続いて「入子点」
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食事は其々に弁当を・・・・で、僕が弁当買って行くからと言った若様は、急用で勤務先に呼び出されて、出勤。自分で買って行って・・・・「あぁ~あ」

午後は留学生を中心に平花月。初茶会の着ものを着せると言う練習もあった。
続いて無言投げ込み花月
ゲーム性があって受けていました。
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帛紗の付け方の違っている人が一人・・・こういう事も写真で伝えられます。
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鋭い目で凝視してますね。
その先はこの人でした。久しぶりに稽古に来ました。
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入れる物が無いからと前掛けで
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最後は重ね茶碗

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花を入れてみる?
すると薄板を先に持って来た・・・・花を見て、花入れを決める(逆の場合もあり)・・それから薄板でしょう!
花寄せか回り花にしようか迷ったけれど、花が今は少なく、寒菊、水仙、椿くらいしか無い
葉を三枚にするか五枚にするか迷ったが、自然のままに

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ご銘を「聖夜」にしましたが、ホストみたいな名前でしっくりしない。頂点の薄い黄色は☆です。
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残りは「有平」二個・・・写真撮る時間が無い・・・自宅で撮影・・何故写真を撮るか・・・来年の為にです。
和三盆で有名な四国の「ばいこう堂」です。
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和三盆しかないので、干菓子ではめったに使わないが、有平も入っていたので迷わず買いました。
もう少し素材の種類があれば申し分無いのにと残念に思っていた。
この有平入りのセットは高島屋限定販売かも知れない・・・偶には覗いて見るものです。
by higashinuma | 2014-12-24 08:18 | 茶道 | Comments(0)

稽古

26年12月22日 月曜日 晴 先程までは雲が多かったが、富士山はすっきりした青空に雄姿を見せています。
年内の大凡のやるべきことは済んで、初茶会の水屋道具の手直し、点前道具の若干入れ変えは今日中に訂正すれば終了。残るは社中の初釜の内容と道具をどうするか・・・来年の当番にお任せにしたが・・・と、明日の稽古は何をするか。それに因って道具を整えなければならない。早ければ早い程良いのですが・・・稽古については教室にある程度、道具があるので、特別な事をしなければ持って行く必要は無い。

何でもかんでも私がやっていたのでは生徒が育たないと思うからで、とても、もどかしいけれど堪える事にしよう。普段の稽古で、掃除をして、床を整え、湯を沸かし、釜を掛け、時間があれば茶を漉したりしているが、是等は実際にやって貰わないと覚えない。花等も然り。細かな事は自分の手でやって見て分かると言う物。

しかし、茶道の場合は一般的(茶道以外)にこうすると言うところと多少違う場合もある。
稽古時代に唐銅建水の口周りがピカピカになっていた事がある。私は師匠に酷く叱られ、謝る事は謝ったが私が磨いた訳ではない。確かにピカピカで見た目に悪い。誰かが汚れていると磨いたのでしょう。

パソコンの調子が今一なのでこの話は此処まで

今日は冬至ですが「朔旦冬至」で19年ぶりに、太陽と月が新生される日なのだそうだ。
でも、改歴があって、次の同時に新生される日は38年後の2052年になるとか。

柚子湯にしようかと思ったが1個100円で3~4個入れてもなぁと是は簡単に諦めた。
南瓜は買ってあるので、西洋風の従兄弟煮にする予定です←是我が家の定番で時々作ります。
by higashinuma | 2014-12-22 07:57 | 所感 | Comments(0)

京焼

26年12月21日 日曜日 晴雲が多い 昨夜の雨上がりで湿度が高く、気温も高いのか、対岸の丘陵に霞がかかっている。本降りの雨でした。

どういう風の吹きまわしか、出光美術館に「仁清・乾山」展を見に行きたいと言う。
午後に降り出した雨の中を出掛ける。
混んで居ると思ったら、展示は今日21日まででした。

出光の所蔵展示が大半で仁清の名作MOAの国宝「藤の茶壺」や石川県立美術館所蔵の国宝「雉の香炉」等は無いが、茶壺は重要文化財文化庁所蔵「若松図」同じく重要文化財出光所蔵「芥子図」が展示されていた。仁清では他に「吉野山」等が知られる。
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仁清は生没不明とありましたが時代的には「秀忠」の頃ですか。千家の茶道では宗旦の頃。後水尾天皇天皇と秀忠の娘和子后が荘苑(修学院離宮)に住まわれる頃では無いかと思われます。

仁和寺の門前に御室窯を築き、本名の清右衛門と仁和寺の仁から、時の門跡より「仁清」と戴いたとされます。金森宗和の指導を受けたと言うのが定説で、私はこの説で覚えていましたが、今回の展示では金森宗和の一字もありませんでした。
金森宗和は利休の本妻の子、道安の茶道弟子とされ、公家との交流が多く、雅な公家好みが仁清の作品に反映されているとの事です。但し、私は宗和好み茶室は見ていますが、道具については思い浮かばない。
手持ちの縁高は宗和好みとして戴き物ですが、一般に縁高と言われる物より少し小振りで、高さが無い。なので、京都の有名どころの和菓子、例えば「きんとん」等を入れて重ねる事は出来ないが、品が良い。

仁清の初めの頃は高取写しのような作品も有りました。秀吉の時代に朝鮮の陶工に窯を築かせた事で、京にも出回っていた事が知られます。

乾山と尾形光琳は兄弟で、乾山の作陶に光悦の絵と言う物も展示されていました。本阿弥光悦より少し時代が下るでしょうか。光悦は宮本武蔵等が活躍した時代。楽茶碗でもサンリツ服部美術館「富士山」など国宝がありますが、重文の兎の香合一点の展示でした。
此の頃は江戸時代でも書画工芸品の最盛期と言っても過言ではないと思います。

その後の京焼は清水焼、粟田焼等に広がり仁阿弥道八等が活躍します。
京焼と言うとその後の(江戸時代後期)奥田頴川、青木木米等未だ上げねばならない作家が多いですが、展示のタイトルが「仁清・乾山」とあるので、豪華な展示を楽しませて貰いましたが、ちょっと半端な気がしました。
今日の記事もちょっと中途半端ですね。

美術館を後に日比谷から丸の内に出る。雨は本降りになりましたが、凄い人・人・人・・・土曜日だし・・・
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これが目当てかも
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フォーラムの中?・・・・今何処に居る?
人ゴミについて行く、と言うか東京駅に出るのに早く建物の中に入りたかった・・・それほどの雨
で、アナ雪の展示があり、異彩を放つ!
超混んで居る。これは二階から撮りましたが、囲いの中に入るのに90分待ちでした。展示を見て写真撮るだけでしょう?二階、三階ず~と人・人・人・・・・・

此処から地下鉄で新宿へ・・・この記事は別途
by higashinuma | 2014-12-21 09:05 | 所感 | Comments(0)

従兄弟煮

26年12月20日 曇りで午後雨予報 いつもの朝より暖かだったので起きて暫くはエアコンを入れていなかったが、やっぱり寒い。17.9℃

冬至南瓜と言いますがみんなはどういう料理で食べているのだろうか?
生家では冬至の夕飯は「従兄弟煮」でした。
食事は母が早くに亡くなっていたので、母の母つまり祖母の仕事で、もち米?小豆、南瓜に砂糖で炊き込み、仕上げは「牡丹餅」のように炊きあがった釜を擂りこぎで搗いていた記憶がある。なので、甘くて美味しかった。これが主食でした。

「従兄弟煮」は地域性が強くあらわれている料理のようです。近年は東京でもスーパーの総菜売り場で売られたりしていますが茹でた南瓜に小豆粒餡が載っているだけのもので驚いた事でした。

先の祖母の作る「従兄弟煮」は我が家だけの物かどうかも知らないが、近隣の酒田の豪商(北前船)に嫁いだ青塚光子さんの著書「光子さんのごっつぉ彩時記」は青塚家の一年間の家庭料理レシピ。この中には見ていないような気がします。他の例えば「大黒様の歳夜」(地域性の高い行事)のご馳走等は殆ど同じだったけれど。

生家の方の従兄弟煮レシピを見ていると、小豆ともち米で南瓜は入らないようで、その他の地方では南瓜と小豆でもち米が入らないに分かれるようです。なので、祖母の作る南瓜、小豆、もち米入りは珍しい。

主食に甘いご飯と言うのは他にもありました。お盆の時は朝から「餡餅」など。
東京からこの時期に友人数人を連れて行き、この時の朝ご飯は今も語り草です。

祖母が亡くなり、兄嫁が料理するようになって、メニューは変ってしまい、例えば「笹巻」(ちまき)等は食べる人も無く、作らなくなった。今は甥の嫁が台所を預かるようになって、祖母の頃の料理は多分、殆ど消えていると思われる。

そうかと言ってこの地方の伝統料理がすっかり消えた訳では無く、お土産で売られているものもある。
ノスタルジーと言われるかも知れないが、やはり子供の頃に食べた料理は時々食べたいと思うのです。
 
11日の夕食
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マーボーじゃが芋・・・美味しい!
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青梗菜炒め
・・・・挽肉買いすぎて^^;

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偶にはティーブレイク
干柿の中に餡が入ってチョコレートでコーティングされたお菓子
アールグレイを淹れて
by higashinuma | 2014-12-20 09:01 | 所感 | Comments(0)

金平糖の角

26年12月19日 金曜日 晴 陽射しが暖かい。富士山も綺麗に見えている。

ポプラ社から出ている小冊子が面白い。
「明日町こんぺいとう商店街」と言うタイトルで、24軒の集まる商店街の話しを、色々な作家が一軒毎にストーリーを作っている。
何故、24軒かというと金平糖の角が24個なので、「こんぺいとう」と言う名前が入る。

金平糖は茶道教室に常備していて、お菓子が無い時や趣向で使いますが、角が24個と言う事はこの小冊子で初めて知った。
徳川幕府に献上の金平糖は36個の角が正式な物とされたようですが、京都に残る一軒の老舗では24個の角だそうです。
あの角を一個ずつ数えると言うのも凄いと思うが、余程探究心の強い人か研究熱心な人、又は暇人と呆れたり感心したりする。

金平糖は砂糖そのもので、砂糖と同じように常温賞味期限は3年は大丈夫らしい。でも、この頃は和三盆の金平糖、沢山の色の他に味も香りも付いたものが売られているので、一概に3年とは言えないのかもしれない。
色は綺麗で、春は桜色、夏ならば紫陽花の青系統、秋は紅葉色、冬は白と見ていて楽しい。が、好んでは食べない。

いつだったか信長の頃と同じ金平糖と言う物を戴いた事があった。茶事で寄付の湯に入れて呈された。
小ぶりの湯飲みに二粒程入れて湯を注ぐ。今の物と違い簡単に溶けていた。まぁ、美味しいかどうかは人其々と思ったが、この時の趣向は南蛮交易をテーマにされていたので、流石に亭主の思い入れと感心した事でした。

今月号はこの街に新しく開店の「エステ」店の話で、義母と嫁がテーマ。この前読んだのは、先に一月号で「風呂屋の話」作家さんが月替わりでこの商店街の話を書いているので、其々の個性もあって読み切りながら、次が待たれる。
実は今は18軒目の話しなので、何軒分かは読んで居るのですが、今初めて作家さんが違う事に気が付いた。ほろりとした人情話。眠りにつくまでの間の本としておすすめ。

11日の夕飯
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マグロとアボガドは相性抜群で普通は山葵醤油ですが、是は胡瓜とミニトマトを入れてエスニック風仕立
栄養価があって美味しいのですが・・・
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定番の牛肉の人参、ごぼう巻き・・・スーパーの料理紹介冊子を見ながら、若が「最近これ作って無いね」とぼそっと一言。「だってごぼう嫌いじゃ無かった?」「そうでもないよ」・・・この前の「きりたんぽ」のごぼうで食べるようになったみたい。気まぐれは困るのです。
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若芽スープ・・・インスタントに残りの人参、ごぼうと揚げを入れて
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弁当用卵焼き
by higashinuma | 2014-12-19 09:01 | 所感 | Comments(0)

今日も全部消えた・・・・・この馬鹿パソコンめ!

26年12月18日 木曜日 晴 
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赤富士を撮りたかったけれど、少し時間が過ぎてしまった。7時頃です。

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家から見える読売ランドの夜景・・・・若撮影
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そして東京タワー・・・右側の塔ですが、凄くお洒落に飾っています。左は六本木ヒルズかも。
残念ながらスカイツリーは見えません。

昨夜以来ニュースは大雪と猛吹雪。
これを見ていて、私の子供の頃を思い出した。
小学生の通学路は子供の足で30~40分は歩く。一面の田圃の中に道路を盛り上げて造った確か県道。
豪雪地帯では無いが、日本海からの強風が吹雪となって荒れ狂う日々。
近年には国道7号線が吹雪で一週間に亘りトラックが立ち往生したとか聞いた。風避けの囲いはあるもののこんな処なので、ニュースには驚くに足りない。

確か4年生?の頃、吹雪のため学校が早く終わり、父が迎えに来た事があった。近所の子供と共に、縄で結えて帰った事があった。あたかも網走番外地の囚人が繋がれたようにして帰った事もあった。
吹雪に因る吹きだまりも山を成して、家家の雪囲いに出来た吹きだまりで、天気の良い日はスキ―や橇遊びをした事でした。

東京に雪が降るのは大かた年が明けてから。田舎に比べたら大したことは無いけれど、大岡山の坂道でスキ―をした事もある。今年は長靴を買っておこうと思っている。
今の家は暖房は電気しか無い。停電したらどうする?なんて話をしているけれど、解決策は今の処、非常用のマットにくるまるしか無さそうだ。ホカロンは箱買いしているが・・・

10日の夕飯
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ブロッコリーとウィンナ炒め・・・弁当用
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青梗菜の挽肉炒め
青梗菜は小松菜なんかと同じく、菜そのものに味わいが感じられないので、少し濃いめの味付け

他に何だったかなぁ?
一週間前の夕食覚えていたら凄いね!このブログ読まれている方に何人おられるか?
by higashinuma | 2014-12-18 08:23 | 所感 | Comments(0)

クリスマス

26年12月17日 水曜日 晴 寒い日ですね。陽射しもあり、エアコンを入れているので20.4℃

昨日の稽古日は教室の掃除も有り、久しぶりに9時半に教室入り。
稽古は来週で終わりで、休みの生徒も居るため、大荷物を二つも下げて行く。幸い小雨でしたが傘を開く事無く到着。
この時期に全員で集まって掃除は無理と分かり、担当場所を決めて掃除した。それでも1時間たっぷりの仕事量。良くこんなに汚れるものかと溜息。

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軸の汚れに見える部分は表具が悪く、折れ曲がっている陰です。
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備前耳付花入れに「紅椿と雪柳の紅葉」雪柳は花が咲いています。
前日に土手を歩いていて、これだ!と採ってきた。椿の名前は失念。と言うか、ネット掲載図鑑で調べ、是では無いかと思われたが、その名前を忘れた。前に書いたが、咲いた花と葉、蕾も図鑑にあれば良いのにと思う。淡交社刊の茶花図鑑もそれまで親切では無いのに不満。ネットの大きな容量の図鑑(単純に沢山載っているも然りですが開花時期が無い)帯、襷ですね。と言うより自分で作ればと思うのですが・・・・。

椿はこのように真直ぐ立って咲く事は先ずありませんので、自然にやや枝垂れた感じで入れたいのですが、難しい。こんな風に入っているのも見かけるのでそのまま。

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主菓子は「切腹最中」この時期ならではの物と思いますが、サラリーマンに売れていると言う。お客に迷惑をかけた時や仕事にドジやった時に持って行くのだそうな。結構、売り切れになるので、予約して行った。
因みに菓子器は若松の図です。何人かは気が付きました・・

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お土産の「夏ミカン餅」さっぱりして美味しい。デパートの銘菓売場にもある人気菓子。お土産で戴いた。

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今日の荷物は是でした。
岩倉窯のクリスマスバージョン茶碗。高台は☆型。茶入れはお菓子だったかチョコレートだったか入れて戴いた物で見立。蓋は大海の蓋を合せて。
是だけでも楽しい気分にしてくれます。

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綺麗な点前をしていますから自信持って下さい。
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留学生の点前も様になってます。
上の三人は初茶会で点前も予定。先輩生徒に着物をお借りして着せる事になっている。
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夜稽古はこの方だけ撮りました。

続いて、今月誕生日の生徒のお祝いケーキを戴きました。
ちょっと遅くなって家に着いたら12時少し前。昼は凄い雨が降りましたが傘の出番は幸い有りませんでした。
by higashinuma | 2014-12-17 09:47 | 茶道 | Comments(0)

赤穂浪士

26年12月16日 曇り 19.2℃ 朝一番にエアコン入れてます。それにしても寒かったです。

今、ニュースで話題の泉岳寺。赤穂浪士の眠る墓があり、歴史的建造物?指定のようです。
その門の隣に8階建てのマンションが建つと言う。構想図では門に目いっぱい寄せて建つみたいですね。
京都でも同じような問題が起きて、結果的にはホテルが建って居ます。

この前京都の帰りはホテルから京都駅まで西本願寺の処を通る堀川通りですか?歩いたのです。
その4車線道路を城壁のように駅が遮っていました。駅と気が付くまで少し時間がかかりました。あれは確か8階?建てのビル。でも、周辺の景色と違和感が無かった。
例えば、中国の都市は四方を城壁で囲っています。大都市はそれらを部分的に保存しています。小都市では未だ完全保存されている処も有り、道路の向うはど~んと城壁と門が見えていますが、そんな感じを受けました。

泉岳寺の件で地元住民は反対のようですが、中には仕方無いんじゃ無いの、周りには高層マンションが建っているし・・・なんて言う人もいましたね。
私もどちらかと言うと建って欲しくは無いが、仕方無い組。それより建った事で、ビル風が心配です。

私の旧居の横にぎりぎりマンションが建ちました。工事中の迷惑料として一戸当たり5万円を戴き、私は絶対反対派だったので、是は戴きますが、何か問題があれば、文句は言わせて戴きますと受け取りました。この時もビル風が心配だったのです。玄関開けると富士山も見えなくなり、建った結果、ビル風が酷く、風のある日にドアが持って行かれ、壁に当たって、ドアノブの穴があきました。そしてドアも変形し閉まらなくなった。
これらは自治会の会費で修理してもらいました。その理由は外観上の問題だけでした。壁も共用部分にあたるのです。
ビル風の予想は誰もしていなかったのです。
このマンションの建つ時に5万円貰って住民は何も言わなくなったのです。私一人が反対してどうなるものか。
工場跡地だったので、敷地面積は充分にありました。なので、私の方に寄せるより、反対側は市の水道局なのでそちらの方に寄せて建てれば、東側が空いて朝日が入いる。住民にも良いと思うのに。

こんな話では無かった。
赤穂浪士は義士を貫いて、日本人の誰しも心に残る史実ではないかと思われる。
本意を遂げるまでの、敢えて戦法と言うが、色々と役立つ事もあるのではないかと思う。

南武線に「平間(ひらま)」と言う駅があり、地形やその辺りの地名は全く解し無いが、赤穂浪士が江戸に入る前に浅野家に縁のある軽部家に滞在していたと言う場所。その関係で駅名を付けたかどうかも知らないけれど、もし、そうだとしたら当時のJRに敬意を覚える。
軽部家は浅野家の下肥を貰い、馬草を届けていたとの事です。世田谷辺りも当時は農家。野菜の肥料に下肥を貰いに都心まで大八車を引いて行った事が、公園に残された古民家に残されています。

祇園「万亭」は「一力」として今も花見小路の入り口に紅殻(べんがら)壁の料亭が残ります。大石内蔵助が敵を欺くために遊んだ処で歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」では見せ場です。
歌舞伎では実在名では使えないので「一力」として登場しますが、その名前に変えたようです。3月24日?の大石忌はこちらで茶席が設けられ、芸舞妓の接待があると聞きました。

懇意の京都の書画店のカタログでは時折、大高源吾や大石内蔵助の書状等が掲載され、それなりの価格で売りに出されるが、欲しいなぁと思う反面、いつ使うの?が先にたって躊躇する。
大高源吾は子葉と言う号を持ち、有名な俳人で、この縁で山田宗偏の茶道門下になり、吉良の屋敷で茶会が開かれる事を知り、在宅を確認するのです。そして12月14日の討ち入りを決行し、本懐を遂げます。

室井其角「両国橋の別れ」とした有名な句があります。
「年の瀬や水の流れと人の身は  明日待たるるその宝船」
空白の前句は室井其角でそれに大高源吾が付句。
大高源吾が歳末に茶筅売りに身を隠して両国で、室井其角に偶然に逢うのです。室井其角は余りにみすぼらしい姿に前句を作りますが、大高源吾は討ち入りを果たして主君の元に行くと言う大きな望みが「宝船」なのです。後談もありますがとりあえず。

それで、当日は茶会が開かれて、花入れが利休よりの桂篭を使用していた訳で、引き上げの時槍の先にこの篭を首印として結び泉岳寺の浅野家墓前に向かいました。この篭は今も香雪美術館に残ります。
by higashinuma | 2014-12-16 08:24 | 所感 | Comments(0)

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