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つれづれ

富士山

29年9月9日 土曜日 晴れ 26.3℃ 雲は多いけれど久しぶりの青空かな? ずっと梅雨期のような天気で昨日の天気もおぼつかない。そうだ昨日も午後は晴れていた。4時半頃雲に覆われて涼しくなったので、健太の散歩に出かけた。エントランスを出た後は余程の事が無い限り、健太の鼻先に任せている。健太の昨日は久しぶりに原っぱを目指していた。そして急ぐ急ぐ。走ったり早足で歩く「健太走らないよ!」時々制止するが、時々聞いてくれる。そして歩くうちに太陽が雲を抜けて日差しが暑くなった。帽子持ってくればよかった。近くから土手に上がる道もあるが、健太も暑いだろうと、桜並木の道を選ぶ。木陰に入ると風が気持ち良い。もう背中は汗。
で、原っぱに出たが犬は一匹も居ない。上から見ると刈り上げた草地に見えるけれど、実際には芝刈り機で刈ったようにはゆかず、所々は長い草が残り、刈り取った草もそのまま放置してある。健太もこの中には入らなかった。原っぱの中の道をぐるりと回り「健太帰ろう」と土手に上がった。結構遠回りで桜並木に戻り、同じ道を帰るのもつまらないだろうと、土手に出る。途中で良く知っている爺が犬を連れている。この爺は顔はニコニコだが会話が少ないし、犬同士はそんなに悪くは無いのだが、直ぐ制止するので健太もつまらなそう。土手に出たら、仲良しの犬やいつもの顔見知りが数匹居る。今日は若の晩飯も要らないし、ゆっくりできる。又、原っぱに降りて行く。仲良しの犬を見つけた健太のリードを離すと一目散に走って行き、早速、じゃれたり駆けっこをしている。
「久しぶり」
「さっき車で健太君見つけたから大急ぎで出てきた」
「本当は帰るところだったんだけど」
「ずっと来なかったね」
「草が茫茫だから別の方を回っていた」
本音・・じゃれて噛まれて健太の足に深く歯型が付いていたのです。その前はその小母さんが「じゃれて噛み痕が付いた」とみんなに言っていたので良い気持ちがしなかった。「うちらは言わないようにしよう」と決めていた。で、草も長くなったので行かないようにしていたのだ。
駆けっこしている時はそのままにしていたが、噛みあったりしたら止めさせた。健太も良く聞いてくれる。
陽が落ちてきたので「お先に」と帰って来た。腕が蚊に刺されて痒いので早く帰りたかったが、欧米人の小母さんが連れている3匹の犬と逢って暫く立ち話。この方と話すと日本人の亡くした物、忘れている物を思い出させる。

タイトルは富士山でした
もう一か月以上は見ていないかも
夕方にちょっとだけ現れたりはしていたか・・・・
富士山はやはり日本人の心です。少なくとも私にとっては。郷里に居る頃は鳥海山でしょうか。月山も見えるのですが姿は臥牛の山で、単独峯の鳥海山に目が行く。
東南アジアへの海外旅行の時は大凡午前便で必ず進行方向右側に席を取る。左は朝陽で眩しく窓をクローズさせられる。で、右は富士山が良く見える。成田発だと我が家の上空辺りを通過して、羽田発でも似たような航路かな?そしてやがて富士山の左手を通過する。時に噴火口が見える。雲が多くても上の方が見える。窓から姿が消える迄目で追っている「行ってきます」とどこかで呟いている自分が居る。早朝の帰国便では左側に席を取って、漸く白々と姿を現す富士山を見る。思わず帰った~とどこか安心する。
新幹線でも右側に席を取る事が多い。海も好きだけれど、新幹線では伊豆急などとは違い海は期待できないし、見ようと思えば右側からでも見える。けれど、富士山は左側からだと見えない。夏ごろに沼津から御殿場線で富士山を眺めながら帰って来た。東海道でも御殿場線でも時間は殆ど変わらない。雄大な景色を飽きることなく眺めていた。
都心の電車から思わず見える事もある。通勤の地獄列車の窓から(尤も私は都心と逆方向に向かっていたのでそうそうは混まないが)富士山が見えると安らぐし、今日も頑張ろうと言う気になれた。
富士山は一度登山した事があるが、帰りの砂滑りが嫌だったし、山頂も感動する程の事は無かった。余談ですが山頂で感動したのは月山です。
平安時代に出来たと言う「竹取物語」の最後は富士山に不老不死の秘薬を天皇が富士山の山頂に燃やすのです。この頃は富士山は煙を出して居たと言う事でしょう。
噴火が危ぶまれていますが、平穏無事で永遠の日本の象徴であってほしい。
今日も富士山は見えないです。

お一人様晩飯
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赤飯と魚があれば上機嫌(笑)これで500円しないんですから感動です。ワインは無花果を煮た残り
今日の朝食・・梨と桃があったので・・他にはバナナ。ヨーグルトは私の分で若は雪印のヨーグルトを食べている。写真では見えない。グリコのヨーグルトを暫く食べていたが、昔から食べているブルガリアが良い。

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食事の時健太はこうして見ているか、後ろ向きに横になっている。
ヨーロッパスタイルの朝食はジャム位しか無いので、好きでは無い。ブュッフェに沢山果物が並んだり、色々な料理があると嬉しくなって、朝食食べ過ぎの傾向。記憶ではホーチミンのマジェスティックホテルの中庭で食べた朝食を思い出す。庭の木に小鳥が来て・・・ウェイターもそれとなく立って居て珈琲を注いでくれる。
でも、ホーチミンは二度行っているし、マジェスティックは若も一緒で、朝食は一人で食べた記憶が残る。あいつは食べるより朝寝の方が良いときもあるし・・・どこだったろう?

# by higashinuma | 2017-09-09 09:29 | 所感 | Comments(4)

えぇえ!

29年9月8日 金曜日 曇り 26.5℃ 靄で対岸が霞んで見える

昨日は午前中、前の家に用があって自転車で出かける。降るのは夕方との事。日差しも無く自転車で土手を行くのは快適だった。で、そろそろ帰ろうとしたら雨。籠花入れと茶入れを持ち帰るので、それらはビニールを掛けた。小雨なので濡れてもいいやの感じです。傘はこちらにも置いてあるが自転車では交通違反になる。バスで帰ると自転車の置き場所が無い。土手を戻るほぼ半分は雨も上がったので、頭が少々濡れただけで済んだ。本当は帰りは街の方へ回って、昼飯と買い物のつもりだった。帰ってから出かけようとしたら又降っている。近くのバス停から街まではバスに乗る事にした。歩いて15分程度ですが、バスを待つ間に歩ききれないので(歩いても途中で追い越される)バスに乗る。乗った途端「あっ!」と指を指された。
「何でこんなところに。引っ越したの?」
「この先に用があって」
「何年ぶりだろ?」
「豆腐屋以来だから」
「10年は経つかな」
「全然変わってない」
「いや、爺ちゃんになったよ。貴女こそ変わってない」
この人声大きい・・多分乗客全員が聞いている。・・・バスの中で稽古仲間の人と偶然会ったのだ。この人の家はずっとずっと先の中央線。なのでこのバスに乗る事が不思議なのだ。話に依ると仕事の募集で書類を届けに来たらしい。確か大学生の頃から茶道の稽古に来ていた。師匠の娘さんがピアノを教えていて、それを習いに来ていて、茶道もと言う事らしい。暫くしてこの人のお母さんも習いに来ていた。
本当に「びっくり!」で、昼ごはんを一緒にして話に花が咲いた。私が師匠と会話したのはつい先月。「とても元気そうでしたよ」
だれもこの家(師匠の家)とは連絡を取っていない事が容易にしれた。
でも、こう言う事って起こるんですね。今までの記憶ではデパートで偶然出会った人がいますが・・イベントではなく普通に買い物してです。その時も大声でよばれてびっくりした事でした。こちらは川向こうに住んでいらして、時に訪ねてはみるものの、玄関ベル押すのを躊躇ってそのままです。とてもご高齢であられ空き家の雰囲気が漂っている。お子さんが居られずどうしているのかと気になるのですが。

我が家飯
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犬の姿焼き・・・間違えた。食べられません(笑)・・健太何て格好している
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カラーピーマンとポークウィンナ
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「茄子加えるだけ」を使ってみた肉味噌炒め・・自分で全部やる方が美味しいと思った
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今年二度目?三度目だった?の秋刀魚・・美味しいです。報道でみるような秋刀魚不足の切迫感が無い。



# by higashinuma | 2017-09-08 08:20 | 所感 | Comments(2)

蜻蛉

29年9月7日 木曜日 曇り 26.3℃ 朝は薄日が差していたが今は全体に靄がかかっている。足元が冷える。山に行くとこういう麻を迎える事があるが、やがて腫れて来る。今日は晴れるのだろうか。夜は雨予報です。

今朝の健太は5時頃から煩い。この時点では一人遊びをしているが、固い牛皮を入れてあるので、それを咥えては放り投げて、それに飛びつくと言う遊び。牛皮が床に落ちる音と飛び跳ねる音が煩い。寝る前に取り出していたが、昨夜は忘れた。サークルの床はABS樹脂だったが、穴を開けたので、材質は分からないが同じく樹脂の物を敷いている。その樹脂と前の樹脂の間に隙間があるので音が出やすいのだけれど、その間に詰め物をするとオシッコが染みるので、浮いた状態のままにしてある。サークルの木枠は結構重く、そうそう掃除も出来ないのでフローリングを痛めるより、音を我慢する。5時半過ぎにはクンクン鳴き。「寂しいよ、早く起きてよ」起きれば良い子ポーズでじっと見ている。トイレに立つと「おいて行かないで」と何とも寂しげに吠える。何と近所迷惑な奴だ。ニ、三日前に引っ越してきた一軒向うのお宅も小型犬を飼っていた。健太が鳴くとその子も鳴いている音がする。それは殆ど鳴かないし、鳴いても音は幽か。健太はビーグル。鳴き声も高く近所に響くようです。もうすぐ一年、今のところクレームは無いが迷惑をかけていると思う。

随分前からシオカラトンボが飛んでいる。バルコニーから捕虫網で採れるくらい群れている。群れているのを見ると赤とんぼと思ったが、違った。シオカラトンボでも群れるんだと思った。でも何故、シオカラトンボと言うのだろう。

ネットで見ると食べて塩辛いからとか言うのもありましたが、まさか食べはしないでしょう。その色からの名前のようです。今度、バンコクに行ったら食用で売っているかどうか見てみたいと思った。バンコクの巨大な市場で食用昆虫を売っているところがあるんです。サソリだとか確かゴキブリもあったような気がする。生では無いので診ている分には昆虫標本です。この前、蛙を食べて美味しいと言う話があり、「チェンマイの奥地に行ったら三匹を串に刺して焼いたやつ売っていたよ」と言った処、話していたみんなが悲鳴を上げた。唐揚げにして食べるのと姿焼きと大して変わらないと思うのですが。私は蛙はスープで食べた。「このスープ美味しいですね」「あぁ、それ蛙」「・・・・」じゃ、さっき口にしたのは蛙の皮?ゼラチン質でプルンプルンして食べては美味しかった。先に言われていたら食べるかどうかです。
曽野綾子がアフリカに行って大蛇の輪切りを食べた話も強烈な印象を残す。日本財団の会長としてアフリカ訪問の時に宿の外が騒がしいので窓から観ていたら、大蛇を蒸し焼きにする所だったらしい。それをご馳走として出されたと言う次第。彼女は地元民に感謝して食したとの事です。若し、自分だったら・・・何か理由を付けて食べなかったかも・・・その蛙のスープの場所は中国でも蛇の王国と言う場所との事。蛇料理だけは出さないでと懇願した事でした。サーズが問題になり、野生動物の食用禁止が偶々乗った飛行機の新聞に出ていた。そして写真入りで毒蛇の食用禁止も出ていた。この地ではそれが一番のご馳走だったらしい。

沖縄では蝉を食べると聞いたが本当かどうか?蛙の話の時に「いなご」は食べるでしょうとか「蝗だったら蜂の子が良い」とか言っていた。私は蜂の子は未体験。蝗の佃煮も蜂の子の缶詰も地域では普通に売られている。ザリガニだったら高級洋食食材。どれを「ゲテモノ」と言うかは地域性もありますが、豚足なんかも嫌いな私としては北京ダックの首を吊るされて焼いている処を見るに忍びないのです。テーブルに出て来るダックは美味しいけれど・・・店頭に何故あんなものを並べる必要があるのだろうと思うのです。ダックの名店全聚徳ではそういうことはしていない。

やがて赤とんぼの飛ぶ頃。「赤とんぼの羽根を取ったら唐辛子」なんて歌を思い出す。どうしてこんな残酷な歌が流行っていたのだろう。

口直しの我が家飯
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牛肉と南瓜の炒め物・・南瓜は厚切りが美味しいので、チンやってから炒めます。
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牡蠣フライ・・スーパーの総菜売り場で是を見つけたら迷わず買う
最近は夏でもと言うか夏しか食べられない牡蠣もあり、一年中牡蠣がありますね。
新潟の生牡蠣食べれば良かった・・・若だけ食べた・・・・
バンコクのホテルレストランで食べて食あたり・・原因不明。タイスキも食べていたので生牡蠣では無かった気がする。






# by higashinuma | 2017-09-07 07:59 | 所感 | Comments(1)

着せ綿

29年9月6日 水曜日 曇り時々小雨 26.3℃ 昨日は暑いと言いながらも乾燥しているのか割と秋を感じさせる天気だった。
9月最初の稽古日。と言っても8月は5週全部稽古日にしたので、先週の続きのような9月になったからとの感じは無い。5週やって良かったと思う。いつもは4週なので、5週稽古の生徒には別途指導料を戴いた。熱心さに欠けると思う中で、一人だけだったのでサービスしても良かったと思う。それに奥伝が出来たのは良かった。

茶名を持つ生徒が何人か居るけれど、こんなものなのかなぁと、指導に力不足を感じている。私が茶名を戴いたのはほぼ10年の稽古。仕事の都合でこの間、一・二度或いはもう少し休んだかも知れないが、少なくとも健康でしたから病欠は無かったと思う。師匠にこの話(そろそろ茶名を)を戴いた時、先輩に何人か未だの方がいらした。その方達は私の師匠のご母堂からの引き継いでの生徒だったので10年稽古どころでは無かった。私にはその方達は何年やっても茶名が戴けないとこぼしていたので、私は先輩を通り越して頂けないと一度は断った。師匠は「出来ないのにやれない」と言われた。師匠にしてみれば、私が一番弟子では無いけれど、師匠が指導する事になって最初の生徒だったので、引き継いだ生徒より多分、師匠から見て癖が無かったのだと思う。指導されるままに所作を崩さずやっていたので、当然、他の人の指導を受けた人とは違ったのでしょう。結果的にはその先輩と一緒に茶名を戴いた事でした。
その生徒たちは師匠のお宅で茶事の亭主をする時「なんで他所の家の掃除しなくちゃならない」とか言っていた。思えば、師匠はそういう事までを見越していたのだと思う。

昨日は「何を目的に稽古している」と聞いた。あれこれ言うけれど全く点前がおぼつかない。「出来て無いけれど励みになればと思って茶名をやりました」それを、指導の資格を持っているとか、茶名を持っているとか外の人に言われたら目も当てられない。
点前の事はまぁ良いとして、お茶で茶道でこの人は何を得たのだろう、私は何を指導したのだろうと、落ち込んでいる。
多くは婆たちですが、良い着物を着てチャラチャラしているのを見るとイライラする。この人たちは閑を持て余し、お金があるので、お茶でも行って見ようかと稽古に来るような感じを受ける。前に寄り手元が見えるようにとの事で、前に寄るとこの前は肩を組んできた婆が居た。キモイ!すぐ避けたらその婆は笑っていた。又、妙に胸を押し付けたり、寄りかかったりする婆も居る。もし、ホストでもやっていたら、こいつら誑かして・・・なんて(笑)でも、其の時になったら爺より若いのが好い(笑)

昨日は午前中二人、午後全員休み、夜一人の稽古だった。12時過ぎから6時半頃まで全く暇な人になった事でした。持って行った短編は2作を読んで、近くの東芝未来科学館の見学(大人でも充分楽しめる・・入館無料)、帰ってコーヒータイム。茶道書を読んでいた。古い本に各流派の家元が書かれた本に寄せたコメントのようなものがあった。我が家にも同じ本があり、改めて読む事になった。裏千家は大宗匠の多分50歳前後。学実道を説いておられた。茶道学会の田中宗匠は茶道は遊びでは無いと書かれていた。
私も声を大にして言いたい「茶道は人の道である」と。それよりなにより高い月謝を支払って何も身につかないなら勿体ないと思う。

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9月は何といっても「月」いつもの軸を持って行って無いのでこの色紙にした。
円覚寺慈雲老大師。花は白槿と水引草を備前耳付花入れに
実はこの前の茶事で、亭主の計らいで花寄せを所望された。生徒が全くなって無かったので、今回は少し多めに花を用意して、入れて貰う予定だった。ところが、午前稽古の人は一人は電車が止まったとの事で遅くなり、もう一人は11時頃に来た。11時に来て何するつもりだろう・・・ブツブツ・・・「ご飯持って来た?」「直ぐ帰ります」
結局、花は無駄になった。薄茶を点てて帰りました。用があるのなら仕方ない。

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点前は撮り忘れて・・台天目の稽古

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唐物点前・・茶入れを清める胴拭きは帛紗を開きません
主菓子は
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「お菓子のご銘は」
・・・・・・考えている様子・・・・
「着せ綿でございます」・・ヒント与えて漸く・・毎年この季節には使っているのにスラスラと応えられない。
干菓子は戴いた「塩おこし」美味しかった。来週の稽古でも使います。

※昔、天王寺屋に招かれた奈良の茶人の二人の一人が、未だ時間があるからと利休を訪ねた。利休は喜んで迎え入れ、ご馳走を出して接待した。招かれた処に行かねばならないと気は焦る。そして辞して走って行くが、今日の茶会は終わりましたと天王寺屋は取り合わなかったと言う。利休は天王寺屋の茶会に行くのを知っていて馳走して留めおいたのでした。後刻、茶会に行くものが他人の処へ訪ね歩くのを戒めたとの事です。
現代では皆忙しい。あれやこれやと用も多いが、お茶は余裕をもって稽古したいものです。カルチャーならともかく。

# by higashinuma | 2017-09-06 10:40 | 茶道 | Comments(1)

今日の始まり

29年9月4日 月曜日 曇り 26.0℃ 夕べから随分涼しくなりました。
タイトルに何を書くかをいつも迷う。是によってブログ閲覧数が増減する。別に見て貰おうとして書いている訳では無いので「ぽちっと宜しく」だの「いいね」等はやってないし・・「いいね」入れて下さる方ありがとうございます・・そしてお返しもせずにすみません・・あくまで自分の日記帳として書いているので、それで見て下さりコメントを戴ければ本当にありがたいです。
本当は「昨日も終わった」にする所でしたが気を取りなして「今日の始まり」とした。
昨日は忙しなかった。土曜日に会計の仕事はほぼ終わっていて、昨日の朝から印刷とか修正。A4二枚を一枚に作り替えたり。防災訓練の見学に行くまではこの書類を持って行けるようにして置いた。で、一度健太連れて出かけ、家に連れ帰って又見学に行く。若が見学席取っておくと言ったのに、行ったら居ないではないか。実際、始まってみると座って見る人は少なく、みんな柵の仕切りの処に立って見ているので、私もそうした。トラックとか消防車等が来ると凄い砂ぼこり。川風で見学席に否応なく流れて来る。昨日の都知事の写真は若が撮ったものです。私も近くに居たのですが、取り巻きや招待者席は特別な囲いの中なので目の辺りから上しか見えなかった。挨拶の時は降りて来られたようで、その時点では私は炊き出しの方へ移動していたので、ちょびっと拝顔しただけでした。
炊き出しコーナーは随分外れの方にあり、容器が切れて配布を中止していたらしいが、10人目くらいに並んで10分も待たなかった。そのあとどっと押し寄せてきて(挨拶が終わってから来た?)並んだ人には十分行き渡ったようでした。炊き出しカレーを戴いて、帰宅し、昼寝。
話変わり、昼寝は何十年と続いている。寝られない日も多くある。例えば茶会、茶事に招かれて・・・茶事は困る。懐石でお酒を戴いているので、後入りでは膝を抓る程眠い。濃茶は覚えて無い(笑)正客にされると未だ気合で眠気を堪えているが・・先日は続き薄で、うっかり薄茶は次客にを忘れていた。茶入れの処置に亭主が困っていらした。が、上手に拝見に出されていました。ベテランとはそういうものですね。でも、何で次客に先に取り次ぐのだろうか。そうしなくても特に問題無いと思うけれど。薄器と茶入れを入れ替えせずに、最後に四器を拝見に出せば済みますし、拝見の挨拶も現物を前に応答できる。
昼寝の後は持って行く先の了解を得て一時間早く出かける。そして書類を説明し、一時間ほどで終了。帰って玄関を入ろうとしたら若が健太の散歩に出るところだった。
「一緒に行くよ」「行かない」のやり取り・・結局一緒に出掛ける。一緒に行くと「車来たよ」「健太が何か拾った」・・・あぁだこうだ若に煩く言うのに・・彼は家族で散歩とどうしても一緒に行きたいらしい。一つには一緒に居ると散歩中もスマホを見られるから(笑)
夕飯は若がラーメン食べたいからと作ってくれるらしい。

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少しショッパイが美味しかった。野菜炒めはツナ缶入り。あいつの料理も腕を上げました。
「美味しいよ」
「二年間ラーメン屋でバイトしたからね」
・・大学院に通う二年間は家の近くの行列が出来るラーメン屋で深夜までバイトしていた。
「丼割れて怪我したね」
凄い雨降って迎えに行った事など思い出します。支払いの時客に騙されそうになったこともあった。この時は店主が見ていて大事にならなかった。色々思い出す。

さて、今日の始まり・・
朝から健太の保険請求書類の作成・・・健太は音の出るボールを壊して、笛の部分を飲み込んだ。医者に行って吐かせて貰う。二時間以内なら吐かせる事が出来るらしい。病院では吐かなかったが、家に帰ったら吐き出した。何でこんなもの飲み込む・・・病院に連れて行くと前は喜んで入って行ったのに、今は嫌がって入ろうとしない。人間の子供と同じです。
今日はこれから明日の稽古の花を採りに行かねば。お菓子は昨日注文している。生徒が花を持って来てくれたり、お菓子の手配をしてくれる事を期待しながら・・・私の稽古時代はそうしていたけれど・・・今は全部揃えてはいどうぞですから・・筆記試験も今一な訳です(´;ω;`)

# by higashinuma | 2017-09-04 08:59 | 所感 | Comments(3)

茶道をとおして日々の流れをつづる