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つれづれ

忘れられない思い出 11

20代の頃はヒッチハイクや一人旅を繰り返していた。

伊豆半島一周をヒッチハイクした時の事です。
怖いと思う時も勿論ありました。
天城トンネルを抜けるときは、トラックの荷台の山積荷物の上に寝そべって通り過ごしたことでした。

バンに乗せて貰った時には午後四時ごろだったと思う。
戸田の辺りで、その運転手が今日は何処に泊まるの?と聞いてきた。未だ決まってないと言うと、真剣に宿を探してくれた。部屋から海の見える綺麗な民宿を探してきてくれた。あまりに親切なのでちょっと引いたが、何事も無く、本当に親切な人でした。

ヒッチハイクの時は煙草の一箱位用意しておくものだと言う運転手も居た。
総じてトラックの運転手は気が良く、すぐ乗せてくれた。
乗用車は極力避けた方が良いし、あまり乗せてくれない。

赤城山に行った時もヒッチハイクだった。この時は男友達と一緒だった。下山の時高崎まで行く車を探した。
気持ちよく乗せてくれたが、どうも駅へ行く方向ではない。友人とそわそわしていたが、まぁ男二人だからと言う妙な安心感はあった。やっぱり駅に行く方向では無いと分かって運転手に聞いてみた。
一つ荷物を降ろしてから駅に行くのだと言う。乗せる時に言ってよ!とは言えなかった。


会津地方への一人旅は印象深い。
猪苗代湖から会津磐梯へ行くバスを待っていた。発車まで未だ暫くは時間があるが、バスに乗って待つよう指示があった。
運転手と車掌が乗ってきて、若い女の車掌がおばぁちゃんが作ったからと運転手に「笹団子」を渡していた。そして私にも食べるようにくれた。それは新潟の笹団子と同じ作りだった。
全く知らないバスの車掌にこんな事をされたのは後先に無い事です。その日の天気や窓からの景色も思い出すほどの感動である。とても美味しかった。今でもお会いしてお礼を言いたいと思っている。


都内でも電車に乗っていると、このまま何処か遠い処に連れて行ってくれないかなぁとか、銀河鉄道のようなメルヘンチックな思いをする事がある。
ある日の朝、いつものように会社に向かう電車で、無性に旅行に出たくなった。
別に会社に行きたくないとか何かあった訳では無い。
しいて言えば、その日の天気や何かがそうさせたのだと思う。
目的も無く、そのまま新幹線に乗っていた。

途中で萩に行ってみたくなった。途中の駅は何処だったんだろう。とにかく瀬戸内側の駅で下車し、秋吉台をバスで抜け、萩に行った様な記憶がある。
萩に着いて、会社に電話し、二・三日休暇を取る旨連絡した。
壊れかけた土塀越しに夏みかんが垂れていたり、城主を祀るお寺の亀に乗る石碑や薄暗い参道。
萩焼の工房、のんびりした漁港の景色。

此処に来て、漸く我に返った気がした。
二泊三日。宿で売っていた萩焼の気に入った茶入を一つ記念に買って帰りの列車に乗った。
牙蓋と仕覆を誂えこの茶入は大事に使っている。

目の前しか見えなくなる日。
バンコクの人々の働く姿。バリの早朝の海辺。ピーカンの真っ白なゲレンデ。
頭の中を空っぽにしたくなるのは私だけだろうか。今でも・・・・
# by higashinuma | 2011-02-25 15:43 | 旅行 | Comments(0)

大炉 その2

火曜日稽古は22日が2月最後。
次は3月1日でもう雛祭りになります。で、吊釜が相応しい季節となるのですが、教室では天井に細工が出来ず残念な事でした。我家は最上階なので、蛭釘を取り付けて貰いましたが、マンションは最初から(建築時)設計に取り込まないと、既存のマンションに茶室を造るのは結構無理があります。

今日は大炉の稽古が最後なので、濃茶、筒茶碗等に挑戦して貰いました。
先ずは留学生の点前
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お客で用が無いときは「あぐら」をかいたり、足を投げ出したりしていますが、一人にお茶を出し、棗・茶杓の拝見、最後の挨拶まできちんと座れるようになりました。
お茶杓のご銘は「新生」でございます。流石に日本語学科生徒。ちょっと感動!今は万物が萌え出す季ですからね。そういえば、先週は枕草子を習っているとかで、ご銘は「曙」でした。

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逆勝手の濃茶に初挑戦。
萩の肩衝茶入は「春霞」銘。仕覆は四座金襴。
茶杓銘は「下萌」
利休の侘びの心「花をのみ待つらん人に山里の 雪間の草の春を見せばや」を説明した事でした。

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職場も遠くなり、仕事の都合でなかなか稽古に来られない悩みをかかえていますが、稽古に懸命に取り組んでいます。筒茶碗も今日で終わりとなります。

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軸は小倉山二尊院寂能の染筆「悠々千古心」
二尊院は嵯峨天皇勅命のお寺でまさしく千年の歴史。
過去も未来も心は変わらないと言う意味でしょうか。好きな軸の一つ。
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お菓子の写真は苦手ですが、少しは見られるかも。
白餡の求肥にきんとんの菜の花、蝶が止まって春らしい意匠です。
# by higashinuma | 2011-02-24 09:08 | 茶道 | Comments(0)

椿

茶道では炉の時期(11月初~4月末)の花は椿が主となる。
私は茶花をこのようにしています。
  11月初~12月  椿の蕾に照葉
  12月 ~ 1月   椿の蕾に実の付いた枝物
   1月 ~ 2月   椿の蕾に新芽の枝か梅等の花枝
   2月 ~ 3月   椿のやや開いた蕾に新芽の枝か花の枝
   3月 ~ 4月   椿の開花したものに葉の出た枝
   4月 ~ 5月   椿の開花したものに葉の出た枝
この通りと言う訳ではありませんが、このような考えを下において入れています。
勿論、椿の他に水仙やその他の草花も使います。

椿は約五千種類もの花があると言われます。
古典種は所謂名花として重宝されますが、和名の付いた椿の他に洋名の付いた椿も茶花として使われています。例えばクリスマス茶会にアベマリアの名の椿を使用したり、その場に相応しければ差し支え無いと思います。

椿は挿し木も比較的付きやすく、我家にある白色の椿は挿し木で育ち、翌年には花が咲きました。
そこで、面白い事を発見しました。
去年この椿は細い枝に沢山の花を付けましたが、今年は一つもありません。
去年咲かせ過ぎたためと思われたが、この木の親も今年は蕾が一つも無いのです。親木は去年も例年通りで、沢山咲いていたと言う事はありませんでした。
この偶然とも思える事象に驚いています。

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曙椿は裏千家の初釜で使われる名花です。
曙色がなんともはんなりした品の良い花を咲かせますが、茶席では蕾を使うので開花を見せられなくて残念です。
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光源氏椿です。
こちらも蕾も綺麗ですが、開花するとなんとも豪華な花になります。
例年3月頃に咲きだしひな祭りの頃の茶花に相応しいのですが、今年は一本だけ早くから咲き出しました。

一概に椿を茶花にすると言っても、枝ぶりを選ぶのが大変難しいです。
葉の上に花があるのは勿論・・・名花と呼ばれる椿は大方葉の上に花があり、葉の付き方も見栄え良い・・・
垂れ下がった枝を選んだ場合には、花入れにどうしても垂直に枝が入るので、風情に欠けるむきがあります。

お茶会を開くときなどは、家の椿に頼らず、花屋に向かう事が多いのでは無いだろうか。
名花の椿は一枝に一花で、相当昔の事ですが、白玉椿一本千五百円もしました。勿論、一本と言う訳にはゆかず、数本を買う事になりますが、前日に買って、蕾の状況で、暖かい処に、寒い処にと誰でも一番の気を遣うのではないだろうか。
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白玉椿は白の丸い蕾を言う場合が多いですが「白玉」と言う名の椿がそのものです。

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我家の新品種黒椿系で「小平黒」と言います。4月頃に咲くのでとても貴重品です。

お稽古の日の準備でもやはり椿に限らず、茶花に一番気を遣います。
# by higashinuma | 2011-02-21 16:48 | 茶道 | Comments(0)

花月

初心者教室のカリキュラムは花月であった。
平点前は殆ど出来るので、前回より花月の稽古を始めた。

前回は風邪や体調不良、出席コース変更の申込みがあり、Aコースは7人の内、出席は2人であった。仕方なく講師2名が参加して4人で花月をした事でした。

今回は5人揃いコース毎に2回ずつの花月が出来ました。
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Aコース初めての方が3人おられ、時間はかかりましたが、スムーズにいったと思います。
写真は流れの中から撮っているのですが、写真から見た限りとても初心者とは思えません。

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Bコース
偶然にも四客は前に休んだ代替でAコースに続けて出席の生徒です。
折据を箱にして花月札を請う。

床は天竜寺派第七代管長関精拙老師染筆「黙」
「(もく)と読みますが今日は(だまれ)にしましょう」
老師は高僧として名高く、関牧翁(天竜寺派第八代管長)、清水公照(第207世、第208世東大寺別当、華厳宗管長)などの弟子を育てておられます。
因みにこの軸の箱書は山田無文(妙心寺派管長で花園大学名誉教授)が書いておられます。
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花は雪柳に光源氏銘の椿です。
雪椿を使うのは未だ少し早いですが、暮れから咲いている枝もあります。
光源氏は蕾も綺麗ですが、名前のように豪華な大輪の花を見せてくれます。
軸からすると侘介椿のような楚々とした椿が相応しいのですが。

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お菓子は練切「寒椿」。  相変わらずお菓子の写真は苦手。
見目良く、美味しく、安価の条件は中々難しい・・・・・。

互換の機鋒を仔細に看るで、席が騒がしくなる場面もあり、軸を指差す事も笑いにくれたお稽古になりました。
# by higashinuma | 2011-02-20 09:21 | 茶道 | Comments(0)

忘れられない思い出 Ⅹ

旅行会社からのダイレクトメールでパンフレットが大量に送られてくる。
家のものがそれを見て、トルコに行きたいという。
確かに安い!会社によって多少のバラツキはあるものの、内容は余り変わらず、使用する航空会社の違いで8日間から10日間の日程であった。燃料チャージ込み十万円を切る大手旅行会社もあった。しかも、五星ホテルで全ての食事、観光付きであった。
「3月後半は学校が休みだし、初心者教室も終わるでしょう?」
何気に心は動くが、一度行ってるしなぁ・・・

それでイスタンブールのホテルでの事件を思い出した。
事件と言うほどの事でもないけれど。

先のパンフレットを見ても成田出発初日イスタンブール着は殆どの航空会社が夜から深夜。
前回も夜。結構遅かった記憶がある。
添乗員の注意があった。「この地はエレベータ表示の1階は2階の意味で0階が1階です」
鍵を貰って早速部屋に直行。エレベータは映画で見たような古い様式(言ってみれば鳥篭のような)で操作方法が分からなかった。
フロントは2階なので、下から上がってきた欧米の人が開けてくれた。
鍵は315。3から始まる番号なので確かに4階と言って渡されたように思う。
4階の指定された番号の部屋に入る。鍵も合っている。

それで、疲れもあってベッドに潜り込んでいた。暫くして鍵をガチャガチャする音が聞こえる。
エッと思って起き上がり、何か武器になるような物を探して待ち構えた。
すると、大きなスーツケースを引っ張って巨大な男がドアを開けた。
私に気が付き、その人は鍵を確かめて帰って行った。
チェーンロックしていて良かった。
暫くしてフロントから電話があり、私の番号を確かめた。その後何か言っていたが聞き取れない。
ドアがノックされ、ホテルの制服を着た多分フロントの人が鍵を交換してくれと言ってきた。

その鍵は415の番号であった。
単純に私が1階間違えた部屋に入っていたのだった。頭が混乱していた。
整理してみるとエレベータは表示と階数が一つずれているが、部屋はそのまま地階が1階なのだ。
ホテルの方が気を遣って鍵(部屋)を交換してくれたのだった。

冷静になって考えてみると、とんでもない事に気が付いた。
315と415は同じ鍵で開けられる事だ。恐らく5系列は1階から最上階まで全部同じ鍵なのだろう。
やはり、何かあったら困るので、この夜は武装して寝た事でした。
翌朝、添乗員にクレームを言った事は当然であったが、若い添乗員は笑って済ませただけだった。
そういえば、1人で部屋に行ったのは自分だけで、他の方達は添乗員が連れて行っていたし、自分だけ上層階の部屋だったのだ。


10万円を切る方は出発日全てが満席になっていたらしい。
他の会社に申し込んだ家のものは気持ちがもうトルコになっている。
# by higashinuma | 2011-02-20 09:01 | 旅行 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる