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つれづれ

嘉祥菓子 2

嘉祥菓子の続ではないが、6月のお菓子としてとりあげたので 2 にした。

大宗匠夫人の登美子奥様は若くして亡くなられたが、美人薄命とはこの事かと思わせる方であった。
持っている雰囲気としては美智子皇后のようにも思われる。

昔、裏千家のハワイセミナーに参加させて戴いた折の、大宗匠(当時家元)は勿論、奥様や塩月先生(大宗匠姉上)とのツーショットがある。
噂に奥様は怖い方と耳にしていた。激怒されているところに出会ったとか・・・。
それで、大宗匠とはみなさんご一緒に写真を撮られるのですが、奥様とは遠巻きにしているだけであった。
私はご一緒に宜しいですかと声をかけさせて戴き、満面の笑顔でツーショットに収まって下さった。その後はみなさんわぁーと寄って来られてわれ先に写真を撮られるのだった。
塩月先生も怖いと伺っていましたが、秘書の方が何枚もツーショットを撮って下さった。
怒るには怒る理由がある訳で、私が思うのに、礼をもってすれば礼で応えて下さるのです。

今、ここに千登美子著「今日庵菓子暦」と言う淡交社刊の豪華な書籍がある。
裏千家(今日庵)を訪れた客人をおもてなしする月毎のお菓子の図録とエッセイ集だ。
1月の菱葩餅(道喜製)から始まり、お菓子は勿論であるが、訪れた方たちや家族の事等心温もるエッセイで埋めてある。内容はお人柄を髣髴とさせてくれる。

6月は「水無月」が最初に載る。俵屋吉富製
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左ページは「紫陽花きんとん」同じく俵屋吉富製
上賀茂神社の夏越の祓やお菓子「水無月」のご家族に因んだ話をお書きになられます。

続いての頁
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右ページは「岩もる水」鶴屋吉信製 円能斎お好み
左ページ「渦落雁」亀屋伊織製 仙叟お好み

「岩もる水」は過去二度ほど戴いています。
一度は裏千家東京道場でのゼミ。一度は染井会の月釜でした。
染井会とは京都御所に並ぶと言うか一角にある梨木神社の染井の井戸の水でお茶会をする会です。

もともと御所の梨壷(御所にはその庭に植えた木の名前の部屋がある)跡と思われる。
・・この内容には裏付がありませんが、御所の東側にあったとされるためからの推測です。
梨壷には撰和歌所が置かれ、『後撰和歌集』の編纂と『万葉集』の訓釈に当たったところとされます。
その関係で私の最初に発刊のグループ歌集は「梨壷」と名づけました。

ただ、神社そのものは新しく明治時代に勅旨により三条家を称えその屋敷跡に建てられたようです。
三条家はお香の家でもありましたが、明治政府になり、政府の事業を手伝うに当たり、その秘伝を全て鳩居堂に委ねたと言われます。
近くには紫式部旧宅があり、訪れた6月は桔梗が咲き出して素朴ながらも雅な庭を見せて戴きました。

このお菓子は草色に染めて煮た葛を岩に、白い部分を水に見立てたもので、見た目は木々の緑に映えて涼しい雰囲気ですが、食感のもちもち感がちょっと苦手でした。一切れが意外と大きい。

東京から嫁がれて、京都のそれも裏千家と言う歴史と仕来たりの中で上手に子育てをされ、家を守ってこられた折々のエッセイは癒しの本として何冊か蔵書しています。
お家元のお人柄もこの母あればこそかと思われます。
# by higashinuma | 2011-06-16 09:33 | 茶道 | Comments(0)

稽古 2

14日の稽古は午後2時から始まった。
留学生の一人が5時からバイトがあるので、早く来たいと言っていた。
勿論、大歓迎。出来れば1時に来て欲しいくらいだ。

それで、先日プレゼントのために買った浴衣を出した。
浴衣と帯だけで、腰紐等小物は他の生徒が6時頃に来て着せてくれると言ったが、一人は時間が無い。
とりあえず着て稽古する事になった。
着物の経験は4月に振袖を着せて貰っている(以前ブログ掲載)ので、それなりに分かっているようだ。
おはしょりは手で持って貰って、そのまま帯を締めた。
私の帯結びの「袴付き」結びと変わらないだろうと考えた。

早速稽古に入った。
帰国したら家族に見せるのだと、先週から稽古のビデオを撮っていたが、電池切れだったから、今日は撮影にも都合が良い。
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自分で言うのも気がひけるが、この子は素晴らしい点前をする。
文化の違う国で育ち、よく一年でこれだけ出来ると感心する。
両親は北京でお茶屋を経営しているそうで、抹茶も売ろうかなと言っている。生家は福建省で、弟がお茶の生産をして家を守っているらしい。
日本の文化を正しく国に伝えて欲しいものだ。

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この子を見ていると若いってやっぱり良いなと思う。何しろ屈託が無い。
点前はもう少し落ち着くと良いのだが、それでも柄杓を持つ手付き、風炉の柄杓の扱い等は惚れ惚れする。
お母さんに浴衣欲しいと言ったら「お風呂上りに着るものだ」と言われたらしい。異国の人が其処まで知っている事に驚かされた。今は花火を見に行ったり、街を歩くのにも着て良いんだよ。
帰ったら何処で着ようか等とはしゃいでいる。嬉しさを隠し切れないみたいで、良かったと思った。

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お菓子は「水無月」
この写真は残り物を家で撮影。
干菓子は京都土産の麩の焼きで御所限定販売のご紋入り。
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床は「喫茶去」今月の宿題。
花は土曜日教室で使用した「夏椿」
咲くのを待つように念じて今日まで持ってくれた。
花枝?が日が経つにつれ延びてきて、恐らく咲いた時に花びらが葉に触れないようになっているのかと、植物の知恵に感心した。火曜日まで観察しなければ、気が付かなかったと思う。
# by higashinuma | 2011-06-16 08:45 | 茶道 | Comments(0)

稽古

土曜日はこの頃良く雨に当たる。
花のある時期なので「花寄せ」だけでもと思うのだけれど、花台や数種類の花を持っては無理。

先週出来なかった花月をする予定でしたが、いつも遅く来る生徒が早く来て、用があるので早く帰りたいと言う。いつも、早く来られる生徒は休み。
それに呉服屋が来る予定。で、今回も見送り。

「風炉流し点前」と一人は「濃茶平点前」
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「お茶入れのお形は」「肩衝でございます」
「お窯元は」「瀬戸でございます」
「お茶杓は」「坐忘斎お家元ご銘の「夏越」でございます」
「お仕覆のお裂地は」「?」でございます」

いつもの事ではあるけれど、この問答何とかならないものだろうか。
問きり型の会話では「質問」と「答え」みたいで時には「尋問」「答弁」のように思う事もある。

ある程度慣れてきたら・・・
「良い景色の肩衝でございますね。お窯元はどちらで」「京作の瀬戸釉で〇〇の作でございます」
「珍しいですね、〇〇の作でしたか」「鵬雲斎に「青苔」の銘を戴いております」
稽古を積む事とお茶会等で、先生方の会話を良く聞いて、先ずはまねる事も必要でしょうか。

花は「夏椿(沙羅双樹)」一日花なので、どうしても蕾を持って来る事に。
この花は白く色が付いているが、先日のある席では全く青い固い蕾であった。少し昔も百合をいれて、まだ緑の蕾であった。私は蕾であっても色の出てきたものを使うべきだと思っている。
火曜日の稽古でも使うつもり。

今日のお菓子は「水無月」と「ご紋の煎餅(俵屋吉冨京都御所の限定)」を用意した。
生徒が「わらび餅」を手作りして持って来られた。
何か持って行って良いかと事前に連絡があったけれど「水無月」は先週注文してあったので使う予定の菓子を連絡してあった。
「わらび餅」の美味しさに「水無月」が霞んだ事でした。

呉服屋は頼んであった男物の夏薄物反物や浴衣、他の生徒の頼んだ物を持って来られた。
今日の売り上げ「・・・!」なんとも不思議な世界でした。

確かに、街の呉服屋とかには入り難いが、こうして近付きになると、言いたい事が言える。
私の立場からは強要するようで嫌なのですが、お互いに良いなら、まぁ需要と供給で良い事としよう。
# by higashinuma | 2011-06-13 15:45 | 茶道 | Comments(0)

食事 6

今日の夕飯は「一杯やる」の方におもきをおいている。
ポークピカタは最初から考えたメニュー。
トンカツより油を少なく出来るし、何しろ簡単で美味しい。
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ゴーヤは挽肉詰めを作る予定だったが、ゴーヤを一本分に使うには余りに量が多いパックしか売って無かった。挽肉は痛みやすいので、この時期に余ると困る。
挽肉だけを焼いても美味しいのだけれど、今日はそこまでやる元気は無い。
それで、ツナ缶を開けて炒めてみた。
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まあまあの美味しさであった。苦味が好きであればお奨め。
ゴーヤと言えば、茗荷、大葉等和のスパイス野菜の薄切りと一緒に合わせて、ポン酢のような味をつけ、ご飯に載せて丼で食べるのも美味しいです。

外出から帰った家の者が駅のスーパーで海老を大量に買ってきた。刺身用の海老が美味しそうだと言う。
時々こういう事を言って買ってくる。ありがたい反面、正直迷惑。
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塩コショウで炒めた。
食べながら、半分は味噌汁にすれば良かったと思った。

今日はご飯は無く、一杯とあとは玉蜀黍。
玉蜀黍は皮の最後の一枚は残して、ホイルで巻き、オーブンで焼く。
蒸すのは鍋を出したり面倒。

野菜が足りない晩ご飯でした。
# by higashinuma | 2011-06-13 15:06 | 所感 | Comments(0)

嘉祥菓子

6月はお菓子の種類が多いように思う。
宮中から始まる年中行事の関係でもある。

先ず「水無月」と言うお菓子。
外郎地の上に小豆を散らして、三角に切ってある。
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                           京都甘春堂の写真より
三角は氷を表し、小豆は厄除けの意味があるとの事。
この時期、神社では鳥居の近くに大きな茅の輪を造り、参詣の人がその周りを通ってお参りする。
6月は一年の半分で、これから暑い季節に向かい、半年の穢れを清め、半年の無事を祈り、禊をするのです。「夏越の神事」です。
「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける」
5月に風炉に変わり、柄杓も風炉用に変わりましたが、「何処が違いますか?」大方は「大きさが違います」「ではこれは?」「・・・・」
百人一首にある家隆卿のこの歌を出して良く教えたものです。「みそぎぞ夏の しるしなりける」「禊」と「身削ぎ」をかけて、柄杓の柄の切り止めが皮目を切ったのが炉用、身を切ったのが風炉用です。
どなたが先に考えられたのだろう?和歌を出してくるところ等はお茶に叶った教え方でいつも感心する。
この季節は食中毒も多く、昔の人はこういう事からも禊を大切にしていたんだと思う。

一方、氷を氷室に保存し、6月晦日に取り出して、この氷を口にすると健康で夏を越せると言う行事もあり、これは殿上人の話で、庶民では氷が手に入らないため前述の「水無月」と言うお菓子が出来たと言われます。そのため、京都の老舗菓子舗では6月30日のみ販売するところもあるとか。

嘉祥菓子は
平安時代に仁明天皇が嘉祥元年(848)の夏、神託にもとづいてこの日に十六の数にちなんだ食物を供え疫病除けを祈ったと伝えられます。
江戸時代には家康が戦の時に嘉祥通宝を拾い、嘉祥通宝が嘉通(かつ)に通じ、幸先が良いと喜び、その折に幕府菓子御用の祖が菓子を献上し、家康が家臣に分け与えたとされます。
このような事から江戸時代には盛んに行われたとされます。この日、御三家以外の大名、旗本が登城し、江戸城の五百畳の大広間に菓子二万個以上を並べ、順番に進み出て頂戴したようですが、我先に好みの菓子を取ろうと行儀が乱れ、老中に叱責されたと言う記録もあるようです。
拝領の菓子は家族や下屋敷の老父母、家臣十数名へも分け与えている記録が残るので、相当の量のお菓子が下賜されたようです。ある記録では饅頭四十個とも。

私がこの故事を知ったのは赤坂虎屋本店のギャラリーでの「年中行事と和菓子」展だったと思います。
明治以降廃れたこの行事を昭和54年に全国和菓子協会が6月16日に和菓子の日として復古し、虎屋ではこの日に嘉祥菓子を販売しておられます。
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                              虎屋の写真より
赤坂日枝神社では、この二つの行事に参加する事が出来ます。6月10日(金)~17日(金)の期間に参拝されると嘉祥菓子が振舞われるとの事です。尚、17日(金)は裏千家お家元に依る献茶も予定されています。
# by higashinuma | 2011-06-11 07:58 | 茶道 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる