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つれづれ

山茶花

今日、火曜日の稽古には「山茶花」を使ってみた。
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他は6日と同じ「満天星躑躅と野紺菊」満天星躑躅は6日のものですが、野紺菊は新しく採ってきたもの。

山茶花は「茶」の字が入っているので、お茶に遠慮して茶席の花には使わないと言われていますが、「山椿」と称して使用しているとも聞いた。こんな話を聞いていると、思い出しても山茶花を茶席の花としての使用例はあまり見かけない。
先日、教室にある淡交ムックを見ていたら、昔は山茶花も良く使われていたと書いてあった。けれども、茶道関係の古典籍(あまり多くは見ていないが)には見た覚えが無い。

利休の話を聞いて書いたとされる「南坊録」覚書に禁花の項がある。
「花入れに入れ去る花は
   沈丁花、太山樒(みやましきみ)に鶏頭花、女郎花、柘榴、河骨、金盞花、せんれい草をも嫌也けり」

沈丁花は春一番に咲く花ですが、昔は土葬のため雪が解けると匂うため、沈丁花を墓地に植えたとされる。
太山樒(深山樒)も春先に良い匂いがするため、同じように使われたと思われる。有毒。
鶏頭花は強烈な赤と文字からくる事でしょうか。利休は赤い花は嫌いだったようです。
女郎花は文字から受ける印象でしょう。しかし、今は使われています。柘榴も他を受け付けない朱色ですね。
河骨、金盞花も文字から受ける印象ですが、河骨は夏の茶花で使われているのを見た事があります。
金盞花は仏花として使われるのとやはり黄色が強い。
それから、菊も仏花のために使われないようです。
これに関連して裏千家ホームページの家元の質問にありますのでご覧下さい。

上の写真を見ると山茶花がある事で全体が引き締まって見えます。一種でも存在感があり、椿が咲くには早いこの時期、とても助かります。

先に昆明の椿を書きましたが、昆明市の花は椿。中国では茶、山茶花、椿は総称して「茶花」と言われています。お茶の花も私は美しいと思う。東京では希に垣根の植え込みで見かける事がありますが、ちっちゃな白い花を見るとそろそろ木枯らしが吹く頃だと思うのです。
# by higashinuma | 2010-11-10 16:01 | 茶道 | Comments(0)

雲南の椿

今年、旧正月は中国雲南省昆明市に旅行した。
菜の花と椿を見せたいという坊主に誘われての事。

この都市は「春城」と言われる一年中温暖な地域で、2月にはもう菜の花が咲くと言う。
十年前だろうかに読んだ小泉武夫著『中国怪食紀行』?の中で菜の花が海のようだと言う一文がずっと頭に残っていたが、まさか実際に行くとは思いもかけなかった。

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昆明市から石林を横目に、高速で約4時間位走っただろうか。ここはもう貴州省の近くらしい。
カルデラ山の続く一体は行けども行けども菜の花だ。例えば、新潟平野を行くなら一面の田圃であるが、その菜の花版と言いましょうか。いやもっと壮大だ。ここに一泊して、近隣の観光地を巡った。
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少数民族の衣装。川魚をその場で焼いて売る。正月のためか観光客も多い。

椿は昆明市内の植物園や有名なお寺の境内に見事な花を咲かせていた。
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上はお寺の境内、下は植物園
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中国の国花「牡丹」のように咲く椿が多く、日本の侘び介のような種類は少ないし、白色も極少。

雲南省にはお茶の木の原木がある。上海万博の折に家元とお話をさせて戴いた。裏千家でそこに行った時に家元は都合悪く、万博にご一緒に来られていた大谷さんは行かれたからと、後で大谷さんが話しに来られた。
椿もお茶科であれば、この地でも愛でられる事かと、豪華な花を楽しませて戴いた。
# by higashinuma | 2010-11-07 20:22 | 旅行 | Comments(0)

槿と椿

茶席の花の代表として炉の時期は「椿」風炉の時期は「槿」が上げられます。
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今年8月31日の花
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今年4月13日の花

上は底紅槿、下は「折鶴」と言う銘がある椿。
我家には「曙」と言う銘の槿と椿があります。
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上の写真は槿の曙次の写真は曙椿。何処と無く似通っていませんか?
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代表的な銘の椿で大輪の花を咲かせます。家元の初釜本席にはこの椿と鶯神楽が茶花になります。
枕草子の「春は曙」からの事でしょうか・・・

「折鶴」の椿は正月に重宝します。銘もそうですが、姿がとても良い侘び介系統の椿です。この銘も花を見ればなるほどと感心します。

椿は鳥が花を啄ばむものと、寄せ付けないものがあるようで、「折鶴」が開花すると「ひよどり」が啄ばみにきます。
早朝にとても良い声で鳴くので、その点では良いのですが、椿のはなびらを食い散らかし、それも一花だけではなく、あちこちの花を食べるのです。
近所には沢山の椿がありますので、なんで家の椿を食べに来るのと嘆いたものでした。そして、大きなビニールで覆いをした。家のものは食べさせればとか鳥の鳴き声が聞けないとか色々言う。
稽古にあてにしていた椿が翌朝無残な姿に唖然としたものだ。我家の他の椿には目も呉れないのである。

一方、槿も虫に食われて、葉も花も使えなくなる事があった。殺虫剤をかけても一向におさまらなかったが、ある日これは「なめくじ」の仕業である事が分かった。
夜になると木に登ってきて貪り食うのだ。照明を付けて、箸で一匹一匹取ったがおさまる気配は無い。
園芸店で、ナメクジ殺虫剤をかけて漸くおさまったのだった。これが判るまでに二年かかった。
# by higashinuma | 2010-11-07 15:31 | 茶道 | Comments(0)

炉開き Ⅱ

今日は初心者教室の11月初日。カリキュラムは柄杓の扱い。運び点前。茶碗の拝見。
二時間でこんなに詰め込んだ茶道稽古は始めて。
それも最初のコースの予定は七人・・・ついツブヤキたくなる。

まぁしかし、点前はずっと続くんだし、生徒が覚えられなくとも全く問題なし!
新しく使う「水指、柄杓、蓋置、釜(鐶付)、風炉」の道具を覚えるだけでも大丈夫。
それに、茶碗の拝見は最初から行っているし、これからも続く。
と、気を取り直してとりかかる。まず炉畳と丸畳の入れ替えだ!

いつもより早く家を出る。これから最終日まで朝七時には家を出なくては。
南武線の腰掛に暖房が入っていて、冷えた手に嬉しい。

柄杓と蓋置には炉用と風炉用がある説明。これからは炉(初心者教室以外)と風炉(初心者教室)の稽古が重なるので、混乱しないようにしっかりしなくては・・・・

「風そよぐならの小川の夕暮れは禊ぞ夏のしるしなりける」の和歌との掛詞(禊ぞ夏)で柄杓の切留の身を削ぎってある方が風炉(夏)用と先師に習ったように指導。

今回は全員一度にお菓子を召し上がって戴き、「亥の子餅」の謂れを説明。お菓子の表情から「うり坊」と言っただけで「猪」までは理解して戴けたようだ。後はそれに続けるだけ。お菓子写真は先にアップしています。

これらを一日にコース毎三回繰り返して説明。
お休みされて代替で次の稽古も続けられた生徒から、二回聞くと分かりやすいと言われ、確かにと思うと同時に複雑心境。
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今日の花は「満天星躑躅(どうだんつつじ)の照葉(紅葉)と野紺菊(野菊の一種)」花屋に行けば簡単に手に入るのだが、それでは茶道と少し違うのではと私は思うのです。茶会で席を持つ時には仕方なく、青山の花長まで行ったりするのですが、やはり自分の足で探した野の花は格別です。今回も半日位を費やして手に入れたものです。でも、求めればあるものです。
それにしても、椿があれば良いのにと思う。
炉開きですと、店売りではない、早くから開花する「初嵐」の白椿、「炉開き」と言う椿もありますが、今年は総じて硬い蕾のようです。我家は例年正月近くから四月下旬に咲く椿があり、名花「曙」もだいぶ蕾が膨らんでいるけれど伐るには可哀想な気がします。
# by higashinuma | 2010-11-07 10:45 | 茶道 | Comments(2)

京都

今年もあと二ヶ月。振り返るには早すぎますが、今年は旧正月に雲南省へ、そして上海万博、夏に香港。年末は〇〇へ行く予定です。上海万博は裏千家行事でしたのでJTB扱い。香港は阪急旅行社。あとはフリーの旅行です。
前に上海万博の帰りは奈良、京都と書きましたら、誰かに京都も行ったんですねと言われて、今回は京都の事を少し。奈良を夕方発ち夜は京都に泊。翌、京都は夕方に東京に帰る新幹線の予約でしたから、本当に短い滞在時間でした。

ネットで検索し、丁度この時期に公開している大徳寺本坊や塔頭を見学する事と折から冷泉家の文書を展示している京都文化博物館「王朝の和歌守展」を見学する事にしました。もう少し早い日にちだと冷泉家も見学出来たようでしたが、残念な事です。

大徳寺へは何度足を運んだ事か。読売ランド裏の菅仙谷にある寿福寺の先のご住職とちょっとしたご縁で京都に行くならと兄弟弟子が住職と言う瑞峯院を訪れた事も懐かしいし、古文の先生の初釜で伺った真冬の芳春院も思い出深い。しかし、本坊は初めての見学だ。

大きな竈が並ぶ庫裏から上がり、国宝の方丈、方丈庭園から唐門を見学。何人かの学生ガイドが説明してくれる。撮影禁止が恨めしい。
真珠庵の庭玉軒も特別公開。茶道検定の教本にも載る金森宗和による席だ。内坪の様式が珍しい。
次に高桐院。こちらは常時公開。利休を語るに外せない細川家の菩提寺である。
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方丈前庭にあるこの灯篭が利休秘蔵の灯篭とばかり思っていた。
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今回、見学してこちらがそれであり、細川三斎とガラシャ夫人の墓所である事が分かった。
庭に降りての見学は初めてなのでした。
この灯篭は一部欠けていますが、利休が欠き、欠けたものを殿に差し上げる事は出来ないと秀吉の所望を断った言う。細川三斎は生涯大切に扱い、行く先々に灯篭を運ばせ朝夕に眺めたと言われます。そして死後は墓標にするようにとの事で、写真のように扱われた次第です。
それにしても書院から見る灯篭、墓標の灯篭、寸部違わぬ造りですね。

玉林院は平成の修復工事完成の公開であった。見学をしている方の中にこの寺のご近所に住むと言う老夫婦と出会った。大戦の時に表千家の道場として再興した洞雲庵での月三回の掛釜には参加しているが、奥の茶室南明庵、蓑庵は初めて見学するとか。近くに居てもなかなか見学の機会が無い事やお茶の話等に花咲いた事でした。

「王朝の和歌守展」は冷泉家秘蔵の多くの天皇の軸装の宸翰和歌懐紙、国宝「明月記」まさしく圧巻。国宝は勿論その殆どが重要文化財でした。

その後は掛軸を主に扱っている、いつもは通販でお世話になっている骨董店に久しぶりに顔を出した。ここの店主とは奇縁で新宿京王デパートで知り合い十年はなるだろうか。先に書いた古文の先生の教えで、江戸時代中期の公家の和歌懐紙軸を求めたのを初めとし、色々とお世話になった。
この軸は裏千家九代不見斎の和歌の師匠と言う事で大宗匠の箱書を戴いたと言う経過がある。
話し込んでいるうちに新幹線の予約時間となり、タクシーで駅に向かったが、渋滞が激しく、ホームに上がった時には列車の後姿を見送る人に。

京都は良いですね。暑い夏も、寒い冬も。花見と紅葉狩りの時期は行くものじゃ無いと決め、実はつい二年前に花見を楽しんだのでした。だから紅葉の季節は行った事が無いのです。家の者は去年紅葉の季節に東福寺などに行き、今年も行くと言う。花見で気を良くしたので紅葉の季節もとチャンスを狙っているのである。
# by higashinuma | 2010-11-04 17:03 | 旅行 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる