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つれづれ

醍醐の花見

令和8年4月17日 金曜日 曇り

4月も半ばを過ぎました。桜が早く咲き出し、今はハナミズキが盛りを迎えています。日曜日の稽古場はハナミズキが街路樹で我が家の10階からは紅白の二列の花が自慢の種。いつもはゴールデンウイークの頃に咲くのに。

京都の最後の一日は朝から雨でしたが醍醐寺に行くことにした。ここも初めて行く寺院で、若が学生時代に宿泊しているし、兄は行ったみたいで、座主の色紙をお土産に戴いた。ゆっくり出かければいいやと思いホテルで朝食をとる。(宿泊料込)
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このホテルでは和食と洋食がある。今日は久しぶりに和食でご飯を選ぶ。(いつも朝食はパン食)ご飯は鶏の混ぜご飯でお代わりしたい位。その上のガラスはスープ。味噌汁もあったが、鍋は汁のみで和布や豆腐などを自分で入れる。左上は二種の刺身(鯛、鮭)、出し巻き、ヒジキ煮、きんぴら、右上は刺身(鮪)、山葵の下は忘れた。右下は胡瓜の漬物と柴漬け。・・後で考えると、そんなのんびりは出来なかった。

チェックアウトし、スーツケースを預けて駅に向かう。
八条西口から醍醐寺直行便がある筈だが、乗り場が分からない。反対側のターミナルへ向かう。でも分からないので、係りに聞いてみる。
「伏見まで電車で行き、駅前からバスに乗るのが早い」と言われ、JR駅に向かう。伏見で駅をでて、踏切の所に近鉄バス乗り場があった。確かに醍醐寺行と書いてあるバスが止まっていた。迷わず乗り込む。ここで待っている全員が乗った訳じゃ無いので、不安があった。
だいぶ走行して不安になって来た。前の席に座る小母さんに「このバスは醍醐寺に行きますか?」返事を聞いて安心はしたが、なかなか遠い。
醍醐寺門前にバス停があり、先の小母さんが降りるよう教えてくれた。有難い。お礼を言って降車。
雨はやみそうにないが小降りになった。
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今まで巨大な門を見て来たので拍子抜け。総門を入ってすぐに受付がある。三宝院、霊宝館、伽藍エリアと分けてチケットを売っている。自分は全部込を買う。
受付を過ぎると直ぐ三宝院。玄関は重要文化財。是は帰宅してからパンフレットを見て知った。
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勅使門(国宝)・平成22年に創建当時(慶長4年1599年)の姿に復元された。菊桐紋は金箔が施されている。
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表書院から見る庭園・・中央の四角い石は藤戸石・・大河ドラマ「豊臣兄弟」の中で此の石を信長が二条第に運び入れるシーンがあった。
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NHKより拝借・・藤戸石を二条第(信長が足利義昭の為に築城)に運び入れる。源平合戦の時に瀬戸内海の浅瀬を漁師に聞いて、この石を目当てにして、戦勝したいきさつがあり、天下を収める者が所有する石として名高い。岡山県倉敷市藤戸にあったのを足利義満が鹿苑寺金閣に運ばせ、義政が慈照寺銀閣へ、義昭が二条第へ(上の写真)そして秀吉が聚楽第、醍醐寺へと運ばせた。
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樹齢500年以上と言われる五葉松が亀の甲羅を覆う亀島。右は鶴島、石橋が鶴の首をあらわす。
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表書院の上段の間
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下段の間 石田幽汀画
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松月亭(茶室)
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純浄観(重要文化財)
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本堂(重要文化財)
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太閤枝垂れ桜
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醍醐の桜を描いた奥村土牛の「醍醐」山種美術館蔵・・さくらの展示作品より(~5月11日迄)忘れられない絵の一つ
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仁王門(秀頼の再建)ありました。この先は醍醐寺の伽藍が広がる・・三宝院は醍醐寺の塔頭の一つで座主の居住する本坊。醍醐の花見を機に秀吉、秀頼の援助で復興。
秀吉の作庭による庭園は特別名勝、特別史跡。
仁王門を抜けて先ず目にするのは五重塔(国宝)天暦5年951年完成した京都府下最古の木造建築。
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この辺りの桜は寄贈された木らしくプレートが付けてある。色々な種類があり楽しめる。
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金堂(国宝)この写真はこのエリアの最後に撮った物で、凄い土砂降りだった。金堂に多くの人が雨宿りをしている。
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弁天堂、観音堂辺りの池
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祖師堂、弘法大師を祀る

時計を見て新幹線の予約時間が迫っている事に気が付き、霊宝館を簡単に見て、醍醐寺を離れる。
帰りは来た時と同じ、バスで伏見に戻りと思ったが、バスが来そうにもなく、反対方向に行くバスを待つ人が多い為、そちらに乗る。バスに乗って運転手に、京都駅に戻りたいが何処で下りれば良いか聞く。JR六地蔵で降りると言われた。其処までも随分長く乗った気がした。
アクセスパンフによると
京都駅JR琵琶湖線・湖西線→山科駅(5分)→京阪バス醍醐寺前(20~25分)
京都駅JR奈良線→六地蔵駅(15~20分)→京阪バス醍醐寺前(15~20分)
此のパンフを早く手に入れればと思った。
愈々焦って、醍醐寺前からタクシーで帰ろうと思ったが、バス停50m先の道を曲がって行くのでタクシーも拾えなかった。
京都駅着いて新幹線時間まであと20分位しか無い。ホテルで荷物を取って来て、昼飯弁当買って、ホームに上がったのは残り時間5分だった。
去年は慌てて走って転倒し前歯を折ったので、落ち着いて落ち着いてを言い聞かせる。まぁ最悪間に合わなかったら、自由席に乗れば良い。でも改札通る時大丈夫?
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新幹線乗って落ち着いてから弁当開いた・・買う時も選んでいる時間無し。京都らしい内容だった。

ん???・・三人掛けの窓側、隣は高校生男子?通路側はこの男子に関わりない若めの小母さん。高校生男子泣いている・・ハンカチで目を覆い明らかに泣いている。何故?声かけて良い物か東京駅着く迄気になった。凄く優しい感じの男子だった。

この日の晩飯は東京駅で何か買って行く約束・・「祭り」で物色
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味噌汁を作って、お土産の奈良漬け胡瓜。
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本当は京都伊勢丹で買うつもりでしたが時間が無くなり、みんなには醍醐寺で買った抹茶、お菓子は買う時間無し・・・
忙しかったが、近鉄奈良線での奈良観光や京都に又行きたいと思った。思いがけず桜が早く咲いたので良い旅が出来ました。



# by higashinuma | 2026-04-17 09:14 | 所感 | Comments(2)

夜桜見学

令和8年4月14日 火曜日 曇り 

3月30日月曜日に吉野に行き、二週間を過ぎた。京都では食事に迷う。人気の街中華を選ぶか和食の老舗、或いは紙面を賑わす洋食・・どれもせっかくなのでがつく。
前に気に入っていた五条の蕎麦屋はインバウンドで混雑。ここにはもう行かない(偶然この店の前をバスで過ぎたが並んで待つ人影は無かった)
で、一番簡単なのは観光バス(おこしバス)で食事付。この日もホテルに帰り検索したら、夜のコースで出発迄30分となっていた。ダメもとで行ってみる。窓口で空き情報が出ていたので迷わず申し込む。

最初は市中を回った。鴨川の桜を見て南禅寺から平安神宮にかけて疎水に沿って車窓からの桜を楽しむ。結構昔になるが疎水を十石舟で巡り、今横に見ている桜を川から見上げた事でした。(写真が見つからない)
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疎水沿いの桜。バスが止まった横。
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山茱萸も見頃。
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平安神宮の大鳥居・・前に来た時は内苑の桜も見ている。
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知恩院の山門・・プロジェクトマッピングが嫌らしい。普通にライトアップが綺麗だと思う。
此処から、円山公園迄歩く。
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満開とあって凄い人混み・・自分でも呆れるが、京都に何度来ても(桜シーズンでも)円山公園のシンボルであるこの桜を見るのは初めてです。ガイドさんが未だ早いから晩飯の後に来ましょうという。この桜は二代目で十六代佐野藤右衛門が育て昭和24年に植えられたとか。一重白彼岸枝垂れ桜。
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歩いても直ぐの「いそべ」で夕食が準備されていた。瓢弁当。中央の瓢型は筍ご飯で右の朱の鉢がこの上に載っていた。左上のスプーンが付いているのは鰻茶碗蒸し
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上の深皿の揚げ出しが追加で出された。出し巻きは味が薄すぎ。筍とかは流石京料理で美味しい。
食事を終えて外に出たら真っ暗だった。
4月16日 追記
この近くには自分の通う「いもぼう」平野屋がある。海老芋と棒鱈の炊き物ですが、絶妙な取り合わせで美味しい。江戸時代よりの店で三和土を通り個室に入る風情とか、襖や調度に落ち着いた雰囲気があり、よく見ると著名な文人墨客の書いたものとか読み取れる。海老芋は季節物なので、他の芋を代用しているらしい。
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ライトアップされた枝垂れ桜は見事・・凄い人出だった。
次に歩いても行ける高台寺に向かう。
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こちらもプロジェクトマッピングですが、自分には良さが分からない。この書院での茶会とか何度も来ているので、御霊屋(重要文化財)に向かう。久しぶりに秀吉と北政所にご挨拶。須弥壇や厨子の蒔絵を眺め、係りの人?に何種類の蒔絵かを聞いてみる。こんな質問する人も無いのか携帯で調べて高台寺蒔絵と言いますとだけ返答された。ここの蒔絵は茶道具に多く取り入れられ、正面の壇の蒔絵は「花筏」で、松坂の茶会で薄茶席水指はこの図柄だった。
少し上に上がれば傘亭、時雨亭(重要文化財)があるが、こちらも何度か見ているし、暗いし石段で足元不如意で、そのまま下る。
次は東寺に向かう。バスを降りる時にちらほら降って来たのでバスで傘を借りる。
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京都駅からも見える五重塔(国宝)は、何らかの記念?で内部を拝観しているので、行かなくてもと安易に思っていた。が、境内の桜に眩暈がしそうでした。改めてここにきて良かったと思った。最初は瓢箪池に映る五重塔。
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この辺りから大雨になり、金堂(国宝)の薬師如来(重要文化財)、両脇侍菩薩(重要文化財)、薬師如来の台座を守る十二神将(重要文化財)を拝顔、続く講堂(重要文化財)
の立体曼荼羅(国宝と重要文化財)に圧倒された。
雨の降り方が半端ない。でも来て良かった。もう一度ゆっくりと来たいと思った。

このコースの出発の駅に時間通り戻りました。


# by higashinuma | 2026-04-14 09:03 | 所感 | Comments(0)

吉野へ

令和8年4月12日 日曜日 晴れと言うか薄曇り 23℃の予報ですが、昨日は暑かった。ちょっと出かけたのですが、コットンセーター脱いで半袖ポロが良かった。

吉野山の桜は一度は観たいと思っていた。終活に10のやりたい事を書くなら、その一つになろうとも思う。
京都から近鉄で吉野は2時間半位かかる。で、吉野の山歩きを考えて朝7時6分発の急行を予定していた。何れにしても橿原神宮で乗り換えになる。直行列車もあるようですが検索していない。(時間帯が遅い列車?)
吉野山って桜のイメージしか無く、当地の事は全く分からないので、こちらで言う高尾山みたいな感覚でした。
又、桜の情報もあやふやななか、自分としては金峯山寺の青い三体の蔵王権現が拝顔出来れば良いと出かけた次第。

ホテルのレストランで朝食弁当を受け取り出発。電車は思いのほか空いていた。橿原神宮駅での乗り換えは面白い。線路を渡って行くのだった。
乗り換え後の電車も空いていた。吉野に行くらしい老夫婦他数人。
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吉野駅からロープウェイ乗り場に
高尾山のロープウェイの半分くらいの大きさで、押し合いながら乗る。係りの親父も乗っている。乗車券売り場はあっても、若い男の人が現金(500円)を取って乗るのに違和感を感じた。機材も古く不安も沸いた。桜のところもあるが、外の景色に捉われる事は無かった。
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ロープウェイを降りて少し歩いたところにあった碑
仁王門(国宝)は修理中で覆いがされて見られない。そのため蔵王堂(国宝)の秘仏が春秋に公開され修理勧進としている。(2012年から10年間)
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写真はネットから?仁王像は重要文化財・・週刊仏教新発見誌2016年2月7日では2019年迄修理とあるが、完成していないようです。
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金峰山寺本堂の蔵王堂。周囲を圧倒する大伽藍安土桃山時代に再建された。手前の石で囲われた中に4本の桜があり、こちらは未だ早かった。此処で秀吉の花見では秀吉自ら舞い能(吉野)を奉納したとされ、又、南朝の大塔宮護良親王が北条勢に攻められ吉野落城を覚悟し最後の酒宴を催した。
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週刊仏教新発見誌2016年2月7日号より
コマーシャルでも放映されていますが蔵王権現三体(重文)・・写真禁止のため雑誌より・・こちらを拝顔したいがために行きました。すぐ足元まで寄る事が出来る。
感激感動
朝飯で作って頂いた弁当を境内の木陰に座り戴く。写真は撮れて無いが豪勢な洋風弁当でした。
金峰山寺から見下ろした三重塔は南朝妙法殿
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南朝四天王とその忠臣の霊をお祀り

吉野は役行者が開いたとされます。舒明6年634年元旦のお生まれで全国各地の山々で修行され、金峰山山上ケ岳で人々を迷いや苦しみより救い悟りの世界へ導くため金剛蔵王権現を祈りだされ、そのお姿を桜の木に彫刻され、山上ケ岳と吉野山にお堂を建てお祀りしたのが金峰山寺の始まりとされる。そのため桜をご神木として保護献木され今に至る。・・たまたま4月12日夜NHKで吉野の桜を取り上げ、桜を守る地元の有志を放映していた。
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一目千本と言われる・・金峰山寺を後にし吉水神社に行く。思ったよりも金峰山寺より近かった。ロープウェイを降りての道路の両側は飲食店や土産物やがびっしりと連なり、例えば、飲食店に入らないと一目千本の絶景は観られない感じで、何か人間のいやらしさを感じた。
写真は吉水神社へ入った所に広場を設けてあり、一目千本の札が立つ。
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写真のほぼ中心の屋根は蔵王堂
吉水神社は最古の書院造りとの事でどっしりとした構え
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後醍醐天皇玉座
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2月に稽古で使った金輪寺茶入れ・・後醍醐天皇が蔦で作られたとは言ったが、此処で本物に出逢うとは思いもしなかった。
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帰りは歩いて下る・・鶯がそこかしこで啼く・・下っている途中から雨が降って来た・・傘持っていて良かった
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鉄塔はロープウェイのもの
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吉野杉・・木目が細かく強度があり、黴やウイルスに強いと言われる
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ミツマタが満開

※吉野の桜と言えば歌舞伎の「義経千本桜」が浮かぶ。
吉水神社の寺宝にも義経や静御前、佐藤忠信、弁慶の品々が並ぶ。川連法眼館とは吉水神社をモデルにしているのかと思う。吉水神社に義経潜居の間等が見られた。
歌舞伎では静御前が義経に会うため桜満開の吉野に向かう。警護として佐藤忠信が付きそうが、実はこれは狐。義経が忠信に与えた鼓がこの狐の親の皮で張られている。本当の忠信は腹を壊して静には付き添っていない。桜を背景に旅姿の静が美しく、狐とばれての忠信から早変わりと、御殿の欄干を走る技等々が見どころ。
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昼飯は早めにホテルの朝弁を食べたので、お腹が空いて来た。柿の葉寿司を買う。急行の車内では食べにくいので、駅で特急券を買う。ほぼ満員。
3月に小田原茶会の点心は柿の葉寿司でしたが、ご飯が固かった。多分、冷蔵していたのか?←初めて食べた。で、本場のはどうだろうか食べたかったのもある。
ご飯は普通に酢飯で丁度良い固さ。美味しかった。鯖と鮭の半々。

思ったより早く帰られたので、ホテルで少し寝転んで・・・晩飯どうする?・・京都観光バスの夜のコースなら迷わず食べられる。時間も出発まで30分・・急いでターミナルへ行く。間に合った。
以降は別記事で

# by higashinuma | 2026-04-12 10:38 | 所感 | Comments(2)

茶会 Ⅱ

令和8年4月10日 金曜日 曇り時々雨 風強く意外と寒い

濃茶席は旧長谷川治郎左衛家でした。・・・メイン銀行のクレジットカード変更をエキサイトで未だでした。写真が載せられないので後日追加
4月11日追加
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この写真は松坂市の観光協会より転載
竈がいくつも並ぶ通りを抜け、母屋の畳座敷を抜けて、展観席を通り、茶室の席に着く。
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国の重要文化財との事で炭火は使えず、風炉で電熱器の設えでした。
展観席
 床  :認得斎筆 舟画賛
 香合 :形物 交趾柘榴
 炭斗 :栄螺篭 時代
 羽箒 :白孔雀 朝香宮家より 揚輝荘伊藤次郎左衛門祐民受領 揚輝荘は松坂屋デパート開業の伊藤次郎左衛門祐民の別邸
 鐶  :刀豆 円能斎箱 金盛徳元在銘
 灰器 :赤楽 耳付 宗入造
 灰匙 :唐物双魚文桑柄
 釜敷 :唐物藤組
寄付席 認得斎 消息 長谷川治郎左衛門宛
本席
 床  :玄々斎筆 茶烟一榻擁書眠(ちゃえんいったくようしょみん)・・お茶の香りの中長椅子で本を抱えて眠る(文徴明)・・楷書でしっかりと書かれた筆跡
      金城黄金水を以て・・金城=名古屋城。井戸に黄金(小判)を敷き詰めてあるという・・玄々斎は城主斉荘(知止斎)の茶道指南
 香合 :錫縁桐蒔絵  時代
 花  :山桜・・自分達が最後の席でした・・牡丹を入れたそうですが萎れたので替えたと席主の話
 花入 :七官青磁鳳凰耳
 風炉先:松花堂好 桑縁菊金具 利斎浄益合作
 風炉釜:唐金琉球切合 宝暦年間代 浄味造
 水指 :高取一重口南蛮写 黒田家伝来
 茶入 :御室焼(仁清) 紫式部詠 誰が里の春の便りに鶯の 霧に閉づる宿を訪ふらむ 宗慶箱(小堀宗慶)
 茶杓 :銘不老 仙叟作 仙叟筒一燈箱
 茶碗 :大徳寺呉器 小津家伝来
 替  :黒楽 銘慶雲 鵬雲斎箱 一入造
    :古萩 銘咲尉 有澤公箱
 濃茶 :坐忘斎好み 雅松の昔 賓水園詰
 菓子 :常若の美 半田松華堂製
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茶入は使わず替茶器でした。最後に長谷川家と裏千家の関係資料として、玄々斎、円能斎等の沢山の手紙を披露されました
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茶室から見る庭
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皇室の方々が宿泊されたという建屋・・朝香宮とか多くの皇室の滞在があったようです。・・伊勢神宮の参詣?
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五棟並ぶ蔵・・解体復元するそうです。塀を抜けると長谷川家が買い取り庭園にしたという庭や茶室がある。
堀が巡らされているが塀の下は長谷川家で築いて、庭側はお城の物とか。
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この写真は松坂市の観光協会より転載・・案内して下さり秋は特に美しいとの事

茶会が済んで他の人達は伊勢志摩観光ホテルに向かう・・自分は此処で分かれ城へ
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結構歩いて暑さもあり、此処から直ぐ資料館があるが、帰りの電車の時間もあり、駅に向かう。
途中で駅に行く道が不案内になり、前を歩く40代位の女性に道を聞く。「私も駅に行きます」付いて来てと言うそぶりで後を追う。一瞬若い頃に騙されかけた大阪の小母さんを思い出すが、その時よりもずっと真面目タイプに見えた。歩くの早い・・足も痛かったし必死に歩く。「お急ぎのようなので、道を教えて頂ければお先にどうぞ」「もうすぐです。あの屋根がある処です」スタスタ行ってしまった。
大汗かきながら駅に着く。未だ少し早いので、お土産店を覗く。牛肉を使った土産が多いが帰宅にはあと二日・・特に無し。駅そばにパン屋があったので、取り敢えず落ち着こうと餡ドーナッツと珈琲を持って席に着く。VIE DE FRANCE全国展開しているパン屋で何故かホッとする。
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座席は20席ほどで、入れ替わりで意外と若い男性が一人で菓子パンを頬張っている。

一旦ホテルの戻り、明日は吉野に行くため街歩きは無しで晩飯はポルタで取る。階段(エスカレーター)降りてダイニングコーナーの最初の中華店がいつも混んでいて美味しそうなので入る。入口で飲み物一杯注文してくださいとの事。店の入り口に晩酌セットが沢山あってどれも美味しそう。
麺が食べたかったが、担々麺しか無い。
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生ビール沁みる!つまみは海老チリと冷製茄子・・茄子は遅れて出て来た・・海老チリ美味しいけど後で辛い。
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是美味しい・・担々麺も胡麻が効いて美味しい。辛さも程よい。でも、何でメニューは担々麺だけなんだろう?
餃子も食べたかったが餡ドーナッツが意外と効いている・・
客層は地元の若い子達が多いかな。

ホテルの浴槽に湯を溜めて足湯。明日は少し早いので朝飯は弁当にして貰う。




# by higashinuma | 2026-04-10 17:10 | 茶道 | Comments(0)

令和8年4月火曜日稽古一回目

令和8年4月8日 水曜日 晴れスッキリした晴れの日ですが風が冷たい
今日出かけようと、玄関を出て直ぐ隣に佐川便が配達に来ていた。配達終えた佐川便の人と一緒にエレベーターで降りる事になった。実は一度玄関を出て、余りの寒さに上着を着ての事だった。配達員は佐川の制服の半袖Tシャツ一枚。「寒く無いですか?」「今は寒く無いです。昨夜は寒かったですね」ロン毛でスラっと背が高く20代中ごろかな?今どきにしては愛想が良い。
昨日は午前中は汗ばむ位でしたが、午後から夜は寒かった。教室は炭を使っているので換気のため東西の窓を開けています。置いてあるカーデガンを羽織っていた。
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「柳緑花紅」瑞光院 宗源和尚染筆
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花は射干と紅椿を萩耳付花入に入れる・・花入の口が大きく収まりが悪いうえ椿の枝が短かった。射干は移動中に花が落ちる時もあるが今回は良く開いている。
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和巾点前
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主菓子はだんご・・大きいのが4個も刺してある。あづみの団子。
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入子点総飾り点前以下薄茶は全員同じ点前   
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干菓子は日曜稽古と同じ・・ベビー母恵夢春の桜・愛媛県㈱母恵夢製、夏蜜柑青切㈱老松製

今回の夏蜜柑青切の美味しかった事から京都老松のお菓子の話になり、他に京都のお菓子屋を上げて貰いました。
先ず、末富が出ましたが、干菓子屋さんと思っているようでした。こちらでは主菓子も作っています。
では、花びら餅は?直ぐには店の名前が出てきません。
「川端道喜ですよ。和巾の点前は玄々斎が中院家の仲介で禁裏への献茶を行い、それを記念してこの点前を復興し、お礼として下賜された品々の披露を行った。その中に菱はなびら餅(歯固めの儀式で用いた?)があり、宮中に餅を収める川端道喜と相談して現在の花びら餅が出来、披露席のお菓子として使われた」
此処では長くなるので省略。

# by higashinuma | 2026-04-08 16:02 | 茶道 | Comments(2)

茶道をとおして日々の流れをつづる