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つれづれ

茶席の掛物

28年2月25日 木曜日 曇り 19.2℃ 昨夜の雪が屋根を薄く染めて見るからに寒い

茶席の掛物は「墨蹟を第一とする」と利休の教え。
「掛物ほど第一の道具ハなし、客・亭主共ニ茶の湯三昧の一心得道の物也、墨跡を第一とす、其文句の心をうやまひ、筆者・道人・祖師の徳を賞翫する也」 『南方録』より
千利休の侘び茶の思想を伝えるという『南方録』はこのように記述しています。

利休は秀吉より修理依頼を受けた虚堂智愚の墨跡を師の古渓宗陳のために床に掛けて茶会をするのです。今の世でも他人に預かった物を使う事は憚られますが、ましてこの時代であり、天下人の秀吉からの預かり物です。この時、古渓宗陳は秀吉の勘気をかっていましたので、利休はどういう心中でしたでしょう。

過去の大寄茶会では、永平寺丹羽簾芳老師の墨跡、賀茂季鷹の和歌(鵬雲斎大宗匠箱書)、日野資枝の和歌(鵬雲斎大宗匠箱書)を使っています。次があるとすれば一度も使っていない裏千家宗匠の墨跡になるでしょうか。宗匠は代々、殆どが大徳寺に参禅して在家で得度されていますので墨跡と言ってもおかしくは無いでしょう。
例えば現裏千家十六代宗匠は大徳寺管長・僧堂師家 中村祖順老師のもとで参禅得度し、斎号『坐忘斎』を受けられました。

稽古では墨跡一行物が多いですが、一概に禅語と言っても、所謂、歴代老師の言葉や主に唐、宋代の漢詩の一節もあります。
先日、季節の言葉として次のような語句を知りました。
「春色無高下花枝自短長」圜悟語録
意味としては春の日差しは高い木でも道端の草花でも満遍なく行き届くが花の枝には長いも短いもあり、其々がしっかりと咲き誇っている。違いがあっても其々に優劣は無いと言う事でしょうか。
禅語にはこういうような語句が沢山あります。
達磨大師を祖として以降修行する間に得てきたこれら言葉は、今も昔も人の心に違いが無い事を語っていると思います。
例えば同年齢、所謂、同期であっても世間で名を馳せる人も居れば、それこそ犯罪者、脱落者は居るのです。脱落者は出世した人を普通は羨ましく思うのではなかろうか。
しかし、出世して富豪が大邸宅に住んで、その人は本当に幸せだろうか?逆に脱落者とは例えば青テントで暮らす人が果たして不幸だと思っているだろうか?それらは傍から見る我々の価値感で判断しているだけの事だと私は思います。
良く見る掛物に
「安分以養福」自分自身を良く知って、為すべきことをわきまえれば、道が開けて幸せになると言う事。

それはそうとして、努力せずに無い物ねだりが多い気がします。誰それがこう言ったから、そうしたから、と他人の所為にして自分の幸不幸を判断していないだろうか?
茶席はそういう事も教えている空間なのです。

私は「信ずるものは救われる」「一念は叶う」が信条。
他人と比べることなく其々が花を咲かせてください。👈誰もが「世界に一つの花です」ね!

気分転換の我が家飯から
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若が見事な大根を買って来た。この前の鶏大根味噌味バージョンが美味しかったので、今回は胸肉で作った。旨い!
油は使わず、鶏を焼いて出た油で大根を焼き、煮込む・・焼いた鶏は一旦取り出すので、そこでも余分な脂は取れます。
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大根葉とジャコのバター炒め・・絶品(* ´艸`)
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もやしのナムルの塩味を減らし、辛子明太子で和える・・次の日の方が美味しいです。
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ニシンの漬物・・市販・・一杯やる用のおかず・・可もなく不可もなく
by higashinuma | 2016-02-25 07:41 | 茶道 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる

by higashinuma