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つれづれ

花の思い出

30年4月19日 木曜日 20.7℃ 靄っているので日差しが柔らかい。

昨日は午後から晴れて、健太の午後散歩の頃は未だ曇っていたが、帰る頃には夏の日差しだった。暑かったです。最近はあまり自転車に乗ってないが、手の甲が日焼けしている。勿論顔も。これ健太の散歩で焼けているのです。日焼けは嫌いじゃないが、欧米人の日焼けが黴が生えたような感じに見えるのはご免だ。帽子を被っていると今は風が強い日が多いし、持っていると健太が悪戯する。タイの地方で買った麦わら帽子(麦わらでは無いが)あの安価な帽子が一番好きなのですが、健太の散歩では悪戯が気になって使えない。
で、散歩は大凡健太を見て下を向いているので・・何を口にするか分からない・・今は花びらの散っている道を行く事になる。白にピンクの暈かしの入った花びらが綺麗で、何の花だろうと思ったらアメリカ花水木でした。未だ四月半ばなのに散っているのです。アメリカ花水木を見ると戦中にアメリカからの花だと全部焼いてしまった話を思い出す。100年も昔、桜のお礼に贈られた花との事。花に罪は無いのに日本人の内面にはそういうものが潜んでいると恐ろしくもある。
旅行での楽しみに花は大きくウェイトを占める。
ハワイの街路樹のレインボーツリー、トルコのトプカプ宮殿に咲いていた蝋梅、木馬のある遺跡を彩るアーモンドの花。万里の長城で観たあんずの花、イグアスの滝のハゼ蘭、台湾の野ボタン、昆明の椿、アユタヤの青い空に白のプリメーラが眩しい・・・誰とと言うのは思い出せない事もあるが花だけは容易に思い出せる。平安神宮の枝垂桜、清水寺舞台の下の射干、三室戸寺の紫陽花、両足院の半夏生、尾瀬の水芭蕉、新潟のチューリップ、国営ひたち海浜公園のネモフィラ、書きだしたらキリが無く続く。
他にも名前の分からない花等もある。海外のは其処でしか見られないのもあるがトプカプ宮殿の蝋梅はこんなところでもと思った事で記憶に残る。

生家には茶の間の庭に大きな梅の木があった。今は無い。家を建て替えるので大工が持って行ったと言っていた・・長兄はこういう物に全く興味が無いようです・・その挿し木があったが。その梅は花も大きな八重で実も大ぶりで祖母の時代は梅干を漬けていた。熟して黄色になったのを食べるのも美味しかった。それと小川べりに京かの子の大きな株もあって可憐なその花は好きな一つでした。直ぐ上の兄がブラジルに行って、祖母も横浜まで見送りに行ったけれど、それから毎日、その花の側で泣いていたのを思い出す。その兄が植えた深紅の大輪薔薇も毎年咲いていたが、あれも何処に行ったのだろう。鳳仙花も沢山生えていた。私の歌集にはそれを描いた絵を一枚入れた。

この前、生徒が帰る時に教室の近くに咲いている利休梅を教えてた。「階段上ってすぐの左の木だよ。白い花が沢山咲いているのですぐわかるよ」と言った。翌週「背の低い白い小さな花ですか」と聞かれた。丁度右側に雪柳が咲いていた。興味がある無いはこう言う事かなぁとガッカリだった。駅から教室まで高架路を来ると、色々な花に出会う。昔は工業地帯で風紀も悪くそのイメージが今でも「〇〇ですか・・」と言われる事があるが、高層マンションが立ち並び、駅辺りの歩道にも沢山の草木があり、この高架路の途中には公園が出来て四季を飾る。紫蘭、磯菊、石蕗、紫陽花などもある。先の利休梅、山吹、小手鞠、連翹など少なくともこれくらいは覚えて貰いたいと思う。

我が家飯から
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小松菜の卵炒め
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レタスに玉葱ソース
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法蓮草胡麻和え



by higashinuma | 2018-04-19 09:58 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる