2018年 09月 26日
9月最後の稽古
30年9月26日 水曜日 曇り時々小雨 25.2℃ 寒い
月曜日の中秋の名月から
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昨夜と言うか深夜、寝ていて急に咳き込み、それから咳が止まらなかった。鼻水が喉に流れる結果喉の異物感が咳になるようだった。風邪?熱はなさそうだ。急に寒くなって鼻炎のようだ。マスクして寝る。咳も鼻水も落ち着いた。
朝は健太が5時半頃に起きた様子で私も目覚める。寝ていたいけれどそうもゆかない。涼しくなって暗い朝はずっと寝て居たい。6時になって、若を起こしに行く「雨降ってる」起きて来ない。面倒な奴だ!仕方なく健太の散歩に出る。今は降って無いがいつ降ってもおかしくない空模様。30分位歩いて帰る頃に霧雨みたいに微かに肌に触れる。
帰ってきてもあいつは未だ起きていない。健太のリードをソファの椅子で押さえて掃除。案外綺麗に使っている。水交換。終了。健太を入れて朝食の用意。ある程度終わった処で起きて来た。グサッと言いたいが我慢。「健太あいつは悪い奴だからね」「口ばっかりでいい加減だからね」この頃は健太に愚痴をぶちまける。健太は「な~に」と言う顔をして首をかしげてずっと聞いている。この仕種が可愛くて、怒りもとける。
さて、昨日は9月最後の稽古日。
「研究会の感想は?」「先生に言われてはじめて歩きながら帛紗を付けたのを知りました。自分では全く意識が無かった」業躰に注意を受けた事もあまり覚えてない様子。
チコちゃんじゃ無いけど「ぼ~と生きてんじゃないよ!」
普段稽古ではやってない事が出てしまう。それだけ緊張しているのでしょう。本人は緊張していないと言うけれど意識が飛んじゃうのかなぁ・・・長い事お茶を習って、研究会にも出場経験があるようですが(他の先生のお弟子さんだった)。
私も初めて大寄せ茶会で点前した時は首が座らず、手が震え茶杓を棗に載せる時カタカタ音を立てていた。目の前の道具しか目に入らず、点前は何とか無事だったが、客の顔は白幕に張られた状態だった事を覚えている。
研究会は何度も出させて戴いたが、是と言う間違いは殆ど無かったので、この師匠に付いていて良かったと思った事でした。
普段の稽古をどのように捉えているかが問題なのではないかと思うけれど、人夫々なので是ばかりはどうしようもない。私は師匠に注意された事、点前の間違いなどは全部ノートに書いていた。次回稽古では同じ事を言われないように気を付けていた。いつか皆にその
ノートを見せた事もあるがどのように受け止めているのだろう。書いている生徒は居るだろうか。
「見せたい」「見られたい」と言う気持ちがあるうちは何をやっても無駄だと思う。先ずは付いてるものをそぎ落とす事から・・無心になる事・・難しいですね。
茶道の稽古は稽古場に入っている時だけが稽古では無い。普段の生活の場でも稽古なのです。例えば、歩き方が悪いと言われたら家でも街でも意識する。花の名前も外で咲いているのを見たらあれは秋明菊だとか・・他人との関係でもエレベータの乗降等で「お先に」と言うだけでその場が和む。今は他人を押しのけているのが殆ど。
言葉の唱和が最後に「世の中が明るく暮らせるように」で結ばれている意味を、大宗匠が「一碗からピースフルネスを」を掲げておられる意味をもう一度振り返りたいと思うのです。失態は失態として真摯に受け止めて明日の糧にして欲しい。
by higashinuma
| 2018-09-26 09:05
| 茶道
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