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つれづれ

漢字が書けない

令和元年6月30日 日曜日 雨 26.6℃ 朝からずっと霧雨

昨日は健太が起きて「未だ早いよ」と言うと静かになり、私もぐっすり眠って6時半頃に若が散歩に連れ出すまで眠ってしまった。今朝は散歩に出れない感じで(カーテンを開けていないので分からない)したが健太が起きて「未だ早いよ」から30分位眠って5時40分には起きた。散歩に出れないのでローカで遊ばせる。それも飽きて若の部屋に入り靴下盗ってきた。それで追いかけられるのが彼の遊び。廊下からリビングに来られないように立ちはだかるが、素早く通り抜けて行く。ソファに飛び上がり、背もたれを飛び越えてダイニングテーブルの下を潜り抜ける。敏捷に走り抜ける。追いかけないと伏せをして上目づかいに見ている。それが可愛い。盗って悪い物の時はリードを鞭代わりに使い「ぶつよ!」彼は咥えた物を放す。それでも素早く取り上げないと又、咥えて走り出す。案外、これは私も楽しいのかも。

漢字スラスラ書けない。文字を書くと言う事をしないからね。手紙やはがきは書きますよ。むしろ他の人より多いかも。最近はパソコンで書いているので、漢字は目で追って正しい変換を確認しているだけ。自分で手書きしない事が多い。原因は其処にありだと思う。
勉強会で先生が口頭で言われるのをノートに書くのですが、それが書けない。
令和の元号の元となる万葉集の梅の歌は大宰府の長官であった大伴旅人の館で梅見の宴を開き、32首の梅の歌の詞書きから取られたと聞く。既に承知しているが・・。この時の梅の花は白梅だったとの事。紅梅が出てくるのは平安中期の和漢朗詠集に「梅」と「紅梅」が分けられて載っていると言われた。和漢朗詠集・・ノートに執るが朗詠の「朗」を忘れてしまった。「ろうずる」と言う事は分かっている。だけど漢字が出てこない。詠は「歌は詠草」と言うから分かる。けれど「朗」は朗らかとは読むが・・一字ではどんな意味だろう?
万事この調子で頭が空回りする。
遣唐使は寧波から長安へ江南と華北を結ぶ大運河(隋の煬帝の遺物)を通って行った。遣唐使が梅を日本へもたらした。「寧波」は分かる。
人名になると救いようがないほど分からない・・今井宗及の話を書いた「はしょうのもん」⇒「覇将の門」ほさかまさし⇒火坂雅志・・書きとるのに必死。作家の名前は何かで読んでいたので知っているが漢字はまるで思い出せない。言うまでもない大河ドラマの「天地人」を書いた作家です。他にも時代小説で読んでいますが。
先生は流石です。仕事とはいえ実に沢山の本を読まれています。前に紹介のあった「百人の定家」は多分三分の一程読んで停滞中。この三月に定家の直筆を拝見して、また読みだそうと思ってはいるが。
去年の暮れからは江戸末期から明治にかけての画家の話ばかり読んでいた。偶々、河鍋暁斎の展覧会があって、暁斎が習っていたと言う狂言迄拝見できた。今読んでいるのは田崎草雲の話でこの中にも河鍋暁斎が出てくる。暁斎が子供の頃に草雲に出会っている。草雲は家族の縁が薄く、妻を発狂で亡くし、息子は冷淡に扱われ早世する。絵は描くのも観るのも好きなのです。
読むのはカナが振って無くとも読めるんですが・・・・

土曜日稽古の床
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花は矢筈薄、菊芋もどき、やまほろし(薄い紫)、下野、捩花、小海老草、柏葉紫陽花を有馬籠に入れる。
この日午前中は勉強会があり、稽古を代わってもらう。お菓子は「水無月」・・大國魂神社に行かれて茅の輪くぐりの写真を撮って来たとコピーを生徒に見せたとの事。



by higashinuma | 2019-06-30 11:36 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる

by higashinuma