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つれづれ

食の思い出

30年4月21日 土曜日 晴れ 23.2℃

昨日は暑かったですが、陽が落ちて寒くなりました。今日の予報も暑くなるとか。
昨日、健太の散歩で帰り道、風が通る処で健太が立ち止まり動こうとしない。それを見ていた小父さんが「動きたく無いのか」と話しかけて来た。「ここは風が通るので。それに誰か構ってくれるのを待っているみたいです」「そうかそうか」となでなでしてくれた。健太は尻尾フリフリ抱きついたり舐めたりしている。「犬飼ってるんですか?」「ん、前にね」小父さんの笑顔がなかなか良い。
別な日に比較的若い男の人が道端でアジア系の外人と喋っていた。健太は立ち止まってその若い人をまじまじと見ている。その人は気が付いて手を伸ばしている。「可愛いね」「撫でて貰いたいみたいですよ」健太の頭を撫でていた。健太は満足して歩き出す。
散歩はいつもこんな感じで、時間ばかりとっている感じがする。暑いからなるたけ日影の道を選んでいる。住宅街はあまり人が居ないので、遠くから誰かやって来ると、立ち止まってじっと見ている。犬に興味がない人や怖いと思っている人も居て、行きすぎると健太はしょんぼりした感じで歩く。
誰にも可愛がって貰えることは良い事です。

さて、食べる事に目が無い私は相当食い意地がはっていると思う。
猪苗代湖から磐梯山に一人旅行した時、バスの待合時間が長かった。乗客は一人で、出発前、結構早い時間から乗せてくれた。車掌が乗って来て、運転手に是家で作ったからと笹団子を渡して、私に気が付き良かったらどうぞと分けてくれた。見知らぬ土地で見知らぬ人に戴いた笹団子は美味しかった。新潟は有名だけれど、この辺りでも作っていると発見もあった。最近の風潮として、こういう場合でも自分たちだけで食べている事が多くなったと思う。田舎では三、四人位なら見知らぬ人にも分けていた気がするし、そのように育って来た。そして、足りないようだったらそこでは食べない。

中国に初めて旅行した時、北京で「田鰻」と「黄韮」の炒め物が出されて、あの長い物が嫌いなそれはてっきりそれだと誤解して、気持ち程度しか取らなかった。円卓を囲んだ一緒の人達もあれだと思っていたみたいです。不味くは無かったが・・後でガイドにここの名物料理で「田鰻と黄韮」の炒め物だと説明があり、食べない事を悔やんだ。同じ旅行で桂林の漓江下り(我々は上り)で船の中の食事にすっぽん料理が出た。川で水牛を洗っている同じ流れで船の食器を洗うのが見えて複雑だった。

最近の中国旅行では同じ円卓を囲う客にグループ(二家族四人)が居て、美味しいと思う料理は大皿から自分の皿に大量に取っていたため、円卓を回す最後の方には殆ど
料理が残っていない。ガイドに話して注意して貰ったが全く意に介して無かった。中国人の中で旅行した時は大皿が空になると店の人が無料で追加して出してくれると言っていた。日本人の場合はそう言う事も無く、食べそこなった事でした。それからその人たちと同じ円卓には着かないようにした。

父は釣りが好きで、ある日は大きな鰻を釣って来た。かば焼きにして戸棚に入れてあったが、そっくり猫に獲られてしまったことがあった。例の長い物が嫌いな私が戸棚を開けたと怒られたが、私は知らなかった事です。今、大河ドラマで西郷どんが家族のために鰻を採りに行く場面が多々みられたが、父はあの気持ちであったろうと思うのです。ある日は大きな錦鯉を釣って来た。祖母は腹が痛い、それは神様の物だからと言われ父はお寺の裏にある竜神の住むと言う池に放しに行った。其の後不思議に祖母は元気になりました。その池は人面魚が居るので有名になりました。

初めて一人で行ったトルコは感動的だった。マス料理もパンも美味しく5日間位の工程全てに満足していた。ただ、ドルチェ?葡萄の葉で肉を巻いた料理は味が馴染めなかった。次に若とほぼ同じ工程で行ったトルコは最悪だった。煮干しのような鱒の焼物。冷たくて獣臭いピザ等々何故と思うような食事であった。「トルコの料理は旨いよ」と言っていたが見事に裏切られた。トルコ航空の機内食は美味しかったのに・・ビジネス以上のクラスではコックさんが搭乗して料理しているようでした。

ブラジルは肉食。ずっと肉肉肉。シュラスコなど美味しいですけどね。で、兄と一緒にサントス(兄が初めてブラジルを踏んだ地)に出掛けた時「魚が喰いたい」と言ったら注文してくれた。出てきた料理は大皿に鮭を分厚く輪切りしたローストにグリーンビースとご飯が添えてある。その大きさに先ずびっくり。兄たち(娘)は他にご飯料理を別に取っていた。「こんなに食べられないよ」「ブラジル(サンパウロ)は朝晩の寒暖差が激しいから是くらい食べないと体力が持たない」鮭も全部は食べきれず、残したのを兄が全部食べていた。その後は木陰で昼寝をさせて貰い、起こされるまでぐっすりだった。やはり体力が消耗するのだと思った。昼の日差しは40℃位で朝晩は冷えるとマイナスになるのを実感した事でした。

パリは初めての海外旅行。到着した日は知人の家にお邪魔して奥さんが「おにぎりと味噌汁」をご馳走してくれた。日本茶も含めて美味しかった。街を歩いて屋台の林檎を齧り、丁度新年の頃だったので、ガイドブックにある牡蠣とかムール貝にレモンを絞ったものが食べたいと探した。それは見つからずムール貝にご飯を載せた物を買ったが感動する程の事は無かった。レストランで何を食べるか迷う。ガイドブックの写真を見せて指さしても無いと言う。隣の席の爺様は一人で食事中で「ブフ」と教えてくれた。ステーキだった。嬉しくなってガイドブックを広げて食事しながら会話?したのが忘れがたい。処で白と赤のワインはフランス語で話せたが、ロゼが飲みたかった。はてロゼをフランス語で何と言うのだろう?後で知った事ですが「ロゼ」はフランス語でした(笑)
本当は「こんにちは」「ありがとう」位しか覚えて無かったのです(笑)それでいて街で日本人には会わないようにと露地を歩いたのです。今はテロが怖いですね。

インドネシアのサテ(串に刺した焼肉)はあのたれが馴染めない。インドには行った事が無いが独特の香辛料が無理。カレー等はインド人に習って美味しいと思うのに・・ネパールは又違う味なので馴染めないが・・あの串焼の独特の味が好きでは無い。あと嫌いなものはハワイのタロイモ(現地ではご飯の代わり)と中国は北京辺りのお粥。

果物では好きな物が沢山ある。嫌いな物を探す方が難しい。パパイアはハワイ系のラクビーボール形の黄色い奴が美味しい。タイなどの長いものはライムを絞らないとあまり美味しさが無い。青いパパイアの料理「ソムタム」は好きです。乾燥マンゴーは定番のお土産ですが、甘酸っぱい漬物タイプの方が好きです。と言ったら笑われた。あれは妊婦の食べ物と言う。バンコク郊外の国立公園に行った時、小母さん達のグループに戴いた「棗」は美味しかった。青い2cm位の実で青りんごの美味しいのに会った感じだった。バンコクで買って来たと言っていたが、季節もあるけれど未だ探せないでいる。

マンゴスチンは果物の女王と言われ好物の一つです。皮が剥けずに爪をたてていたら、知らない親爺が取り上げて、両手の平に挟んで押しつぶし、割れ目が出来た所から割って中を取り出すのだった。親父ありがとう。それから得意になって教えている(笑)

食べ物を上げたらキリが無い。また別の日に取り上げたいと思う。
と言う処で我が家飯
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最近の生姜焼きはトンカツ用の厚切り肉で作っている。生姜と玉葱卸し、調味料を混ぜ肉が生焼けした処で混ぜる。
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買って来たパックのままで・・鰹叩きですがカルパッチョ風に・・未だ脂がのってないが、初鰹の美味しさがある
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パクチー卵焼き・・若が焼いた(あいつ意外と上手)塩胡椒は味は付いているがスィートチリソースで食べる。東南アジアの気分。

※田鰻・・ネットで戴いた平坂 寛 (ひらさか ひろし)さんの記事より
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奈良に中国から持ち込まれたとか・・この地方の人は食べないそうです。鰻のくせに蜷局を巻くとテレビで観た事がある。こんなの見せられたら食べますか?
炒め物で絶品。確かに北京で食べた物は美味しかった。若しかして、厦門で運転手が注文した料理はこれの一匹をそのまま(10㎝位の長さ)から揚げした物だったような気がする。その時もそんなに食べていない。




# by higashinuma | 2018-04-21 09:41 | 所感 | Comments(0)

山菜

30年4月20日 金曜日 晴れ 21.5℃ 対岸の山と言うか丘陵地の緑や河川敷の緑が眩しい

この緑を見ていて、山菜の季節だなぁと思い出す。生家の方は平野で稲作が主体なので山基本的には無いのだが、ウルイは畑で栽培していた。ウルイは大葉擬宝珠の若芽。灰汁が無くそのまま湯掻いて確かゴマダレをかけて食べていた。ミズもあったような気がします。ウルイも好物ですが、みずの味噌叩きも独特の粘りがご飯に合う。天婦羅ではたらの芽が絶品です。根曲がり竹も美味しいですがあれは煮漬けた方が好きです。
会社の人がカタクリの葉を沢山頂いたがどうやって食べるか分からないからと貰った事があった。カタクリも灰汁が無いので湯掻いて食べられます。鰹節と醤油で美味しく戴きました。法蓮草よりも美味しいと思う。行者大蒜は食べた事はあるけれどどんな味だったか思い出せない。蕗の薹の蕗味噌の苦さも悪くはない。五月は里の祭りでゼンマイ、蕨等のご馳走も出る。昔は全部家でお膳を仕立てていた。前日に土蔵からお膳や皿を取り出すのを手伝った事でした。今はそれら(蕨やゼンマイ料理)も含めて仕出し屋がお膳毎届けてれるので、仕事を持つ主婦にとっては随分楽な事だとは思うけれど、生活様式も変わり山菜などの料理が若い人に伝わらないのが惜しいような気もする。
若は漬物が食べたいと言うが生家の若い人たちはあまり食べないので、昔の様には無いけれど婆ちゃん(兄嫁)の作る漬物を喜んで居る。
山菜を採りに行った事は無い。月山は宝庫ですが毎年月山筍(根曲がり竹)を採りに行った人が冬眠から覚めて腹を空かせた熊の被害を受けたりしているようです。
スーパーでも山菜は売られているが、例えばたらの芽でも売られている物は美味しくない。つい最近も書いたが石田陶春さんの丹波のお宅で戴いたたらの芽の天婦羅は忘れがたい。
鶴岡市から山形市へ抜ける月山道のトンネルの前に田麦俣と言う集落があり、兜造り多層民家(屋根の形が違うので合唱造りとは言わない)が保存されていますが、そこで山菜料理がずらりと並ぶ店があると聞いた事がある。一度は伺いたいけれどいつも素通りしている。ここを通ると森敦「月山」を思い出す。この中に山菜料理が出ていたかは覚えていないが、深い雪に閉ざされた少しおどろおどろした作品は長崎生まれの森敦が良く書かれたと思う。60歳を超えての芥川賞受賞作品。映画化もされているが、観たような観ていないような・・・多分、観ていると思う。

そう言えばタイのミャンマーとの国境近くで食事した時に根曲がり竹と同じようなものを戴いた。川魚と一緒に煮てあり、お世辞にも・・もう多分行く事も無いだろうが素朴な店での食事でした。雲南省も山菜が豊富です。やはり川魚と山菜を煮た料理でしたが、辛い!「あなたの為に辛さを控えている」いつもどんな辛さなんだろう。

かきかけ


# by higashinuma | 2018-04-20 09:08 | 所感 | Comments(0)

花の思い出

30年4月19日 木曜日 20.7℃ 靄っているので日差しが柔らかい。

昨日は午後から晴れて、健太の午後散歩の頃は未だ曇っていたが、帰る頃には夏の日差しだった。暑かったです。最近はあまり自転車に乗ってないが、手の甲が日焼けしている。勿論顔も。これ健太の散歩で焼けているのです。日焼けは嫌いじゃないが、欧米人の日焼けが黴が生えたような感じに見えるのはご免だ。帽子を被っていると今は風が強い日が多いし、持っていると健太が悪戯する。タイの地方で買った麦わら帽子(麦わらでは無いが)あの安価な帽子が一番好きなのですが、健太の散歩では悪戯が気になって使えない。
で、散歩は大凡健太を見て下を向いているので・・何を口にするか分からない・・今は花びらの散っている道を行く事になる。白にピンクの暈かしの入った花びらが綺麗で、何の花だろうと思ったらアメリカ花水木でした。未だ四月半ばなのに散っているのです。アメリカ花水木を見ると戦中にアメリカからの花だと全部焼いてしまった話を思い出す。100年も昔、桜のお礼に贈られた花との事。花に罪は無いのに日本人の内面にはそういうものが潜んでいると恐ろしくもある。
旅行での楽しみに花は大きくウェイトを占める。
ハワイの街路樹のレインボーツリー、トルコのトプカプ宮殿に咲いていた蝋梅、木馬のある遺跡を彩るアーモンドの花。万里の長城で観たあんずの花、イグアスの滝のハゼ蘭、台湾の野ボタン、昆明の椿、アユタヤの青い空に白のプリメーラが眩しい・・・誰とと言うのは思い出せない事もあるが花だけは容易に思い出せる。平安神宮の枝垂桜、清水寺舞台の下の射干、三室戸寺の紫陽花、両足院の半夏生、尾瀬の水芭蕉、新潟のチューリップ、国営ひたち海浜公園のネモフィラ、書きだしたらキリが無く続く。
他にも名前の分からない花等もある。海外のは其処でしか見られないのもあるがトプカプ宮殿の蝋梅はこんなところでもと思った事で記憶に残る。

生家には茶の間の庭に大きな梅の木があった。今は無い。家を建て替えるので大工が持って行ったと言っていた・・長兄はこういう物に全く興味が無いようです・・その挿し木があったが。その梅は花も大きな八重で実も大ぶりで祖母の時代は梅干を漬けていた。熟して黄色になったのを食べるのも美味しかった。それと小川べりに京かの子の大きな株もあって可憐なその花は好きな一つでした。直ぐ上の兄がブラジルに行って、祖母も横浜まで見送りに行ったけれど、それから毎日、その花の側で泣いていたのを思い出す。その兄が植えた深紅の大輪薔薇も毎年咲いていたが、あれも何処に行ったのだろう。鳳仙花も沢山生えていた。私の歌集にはそれを描いた絵を一枚入れた。

この前、生徒が帰る時に教室の近くに咲いている利休梅を教えてた。「階段上ってすぐの左の木だよ。白い花が沢山咲いているのですぐわかるよ」と言った。翌週「背の低い白い小さな花ですか」と聞かれた。丁度右側に雪柳が咲いていた。興味がある無いはこう言う事かなぁとガッカリだった。駅から教室まで高架路を来ると、色々な花に出会う。昔は工業地帯で風紀も悪くそのイメージが今でも「〇〇ですか・・」と言われる事があるが、高層マンションが立ち並び、駅辺りの歩道にも沢山の草木があり、この高架路の途中には公園が出来て四季を飾る。紫蘭、磯菊、石蕗、紫陽花などもある。先の利休梅、山吹、小手鞠、連翹など少なくともこれくらいは覚えて貰いたいと思う。

我が家飯から
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小松菜の卵炒め
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レタスに玉葱ソース
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法蓮草胡麻和え



# by higashinuma | 2018-04-19 09:58 | 所感 | Comments(0)

奥伝稽古

30年4月18日 水曜日 雨 21.0℃ 冷えています。この気温でも寒いと思うのが何となく変な感じです。

健太は5時半頃起きている。半分眠りながらストレッチ。この二、三日は起きる時間が乱れてストレッチもしっかり出来なかった。悪戯うんちも久しぶりで6時過ぎにトイレに行くと鳴きだしていた。「今日は雨だから散歩しないよ」言っても分からないか(笑)若もゆっくり起きて来た。その前にリード付けて掃除していた。早く起きて健太と遊んでくれれば掃除も楽なのに。言わなきゃ分からないし言うと喧嘩になる。それよりゴールデンウィークはあいつは一週間旅行に行くので健太の世話は私がやるしかない。それを思えば黙ってやるしかない。でも、リード付けて掃除している時は健太は私の回りでおとなしくしている。隣に誰か居れば安心するような感じです。

さて、昨日は午前稽古が休みで、先週から言っていた閑雲卓を持って行く事にした。通勤帯よりは良いが10時を過ぎているのに電車は混んでいる。荷物を両手に、帰りに雨降る予報で傘を持って・・何とか出来ました。教室に荷物置いて、昼飯と晩飯を買いに行く。大きなショッピングセンターや駅ビルなどがあっても「生菓子」は無い。昨日(月曜日)デパ地下でお菓子は買って来たが、生菓子は一個400円位で数が少なかったので諦めた。
一人行之行台子の許状が届いたので稽古の予定だった。ところが月に一度稽古に見える方の来られる日を全くもって忘れていた。⇐是内緒!それでいつものように2時に来られた。じゃ、折角だから茶通箱稽古しましょう。そのうちに2人来る予定だから。稽古の途中で2人が来られてその点前も見せる事が出来た。
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そして行之行台子
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炉での行之行台子点前はあっち向いてこっち向いて、裾が乱れます。
襖は換気の為開けています。
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白饅頭が良かったのですが松江彩雲堂の茶薯蕷。右上は玉椿(姫路伊勢屋)その下は林檎、左は京都亀屋陸奥の松風、其の上は岡崎古代葵餅。
赤色のお菓子が欲しかったので玉椿にしたら餅菓子が二種になりました。ここはやはり練り切りが欲しかったですね。
どれも美味しいですが特に薯蕷が美味しかった。
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初めての人に稽古する行之行台子は時間がかかる。疲れた~とは言わないが、薄茶になるとほっとする。
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干菓子は生徒の手作り寒氷桜を添えて
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長緒の処理が綺麗に出来て閑雲卓の釘に掛けられました
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茶杓荘をご希望でした
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小手鞠、大手鞠、姫空木等を持って行ったので教室の冷蔵庫に保管していた椿を合わせて花を入れて貰う
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是は立波草、帰る頃に撮ったので一本は萎れている
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「花の分かる人は?」「下野ですか?」葉は似てますが花は違います。
雪柳、小手鞠、大手鞠、姫空木等下野も含めて葉の形は似ています。中央が小手鞠、左が姫空木です。鳴子蘭、苧環が咲いていたが他所の家の庭でした。
おがたまも咲きだしていますが活けるのが難しそう。

※寒雲卓について
この小棚(卓)は円能斎のお好みです。上の写真の如く地板が無く、薄茶の場合水指は運びになります。濃茶では予め置いておく。中棚には棗。水指は土物(備前や信楽)も使えます。天板、中棚は赤杉、柱は赤松の皮付です。もともと玄々斎が寒雲亭の向こう切り炉の上に据える棚、寒雲棚(畳の巾分ある)を考案され、その姿のままに小棚にしたものです。扱いとしては湯返しが無い事、竹の蓋置を使う事です。水次も使いません。本来、濃茶では点前が終わったら水指は運び出しますが、間が抜けて見えるため私はそのまま飾り置きます。
寒雲棚、寒雲卓共に炉、風炉に使われますが、寒雲棚を風炉に使う時は中棚を外して使います。他に寒雲棚の向こう板に香狭間の透かしを入れた円能斎好みがある。
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寒雲棚 玄々斎お好み
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寒雲棚 円能斎お好み
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円融棚 玄々斎お好み
これらは閑雲亭の向こう切り炉用に考えられた
元々裏千家に在った閑雲亭は宗旦の建てたもので火災に遭い再建されました。幕末から明治の動乱の折に久松家、堀越家と移築されましたが、その後鎌倉東慶寺に移りました。有名な探幽の手違いの絵の襖は裏千家に返されたようです。


# by higashinuma | 2018-04-18 09:28 | 茶道 | Comments(0)

健太四月

30年4月17日 火曜日 曇り後雨予報 21.8℃ この気温なのに寒い

昨日の夜は22時頃に帰って来た。玄関を開ると健太は喚いている。そして残りの餌を遣るが、はしゃいで悪戯して走り回る。「定期入獲られた」「獲られるところに置くな!」健太を漸く押さえて取り上げると今度はキッチンマットを引きずって逃げ回る。反動って凄い。遊んで欲しいのだ。
今朝も6時になると大声で鳴く。近所迷惑だなぁ135.png でも、6時まではボール遊びしていてどったんばったんだったが「健太煩いよ」で静かにしていた。未だ、昨日の反動があるみたいです。
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良くこのポーズでいます。楽なんだろうか?偶にこのポーズで頭をサークルの囲いに預けて眠っている事も。何とも可愛い。
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呼びかけるとこうして見ています。話しかけると首を傾げて聞いている・・多分
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昼寝の時、私の部屋のドアを開けてあるとテーブルや椅子のしたから見ている。
夜もそうだけど「健太寝るよ」と言うと隅に丸まって寝る。昼寝の時もこうして見ていて寝るのが分かると一緒に眠っている。2時頃になるとく~んく~ん鳴き初め早く散歩に行こうよが始まる。

色々な言葉を覚えますね。ソファで遊んでいて「健太頭載せて」と膝を叩くと上の写真のように頭を載せます。おやつが食べたい一心ですが・・・
散歩でも「駄目!」「おいで」「止まって(ストップ)」「行くよ」「走るよ」等は分かりますね。水が飲みたい時は顔を見上げている。この子が喋ってくれたら良いのに。


# by higashinuma | 2018-04-17 08:37 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる