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つれづれ

カテゴリ:茶道( 755 )

クリスマスのお茶会

30年12月12日 水曜日 曇り時々雨 19.7℃ エアコン入れている 昨日から随分冷え込んでいる。
昨夜から雨になり平地でも雪の予報もあり、朝は雪景色かなと思う位寒い。健太は6時頃まで寝ていた。私も昨日は昼寝無しだったので、昨夜は10時就寝で本(赤川次郎のミステリー)を読んでいたが途中で睡魔に襲われ、手から本が落ちた。多分10時45分位。朝は5時45分頃目が覚めてトイレに立つが健太は鳴かなかった。其の後ストレッチしている間に健太が起きて動き回っている。オシッコ、うんちだなと思って灯を点けると案の定・・古シーツの上にもうんち・・シーツはボロボロになっているので、其のまま捨てる。掃除も大変。此のところ綺麗に使っていたが、起きて健太の顔を見ないとこんな悪さをする。サークルの中を掃除し、トイレシートはいつも片側だけ濡らすが、今日はサークルを挟んで両側濡らしていた。そして、ウェットクイックルでカーペットや床を掃除後サークルの中を掃除する。カーペットは最近買い換えた物だが、キャー!声は出して無いが健太のうんちが転がっていた。シーツを捨てる時に落ちた物かも?ここで出て来て良かった。踏んでいたら大変な事に。灯は点けているが、テーブルの陰もありブラウン系の色なので全く気が付かなかった。健太の毛が落ちるのでクイックルで拭くが時間が無いと手抜きするので、思わず良かったと思った。
若は相変わらず起きて来ない。「健太起こして来て」走って行ってドアの前に座っている「良いよ」と言うとガリガリドアを引っ掻いて開けようとする。漸く若が起きて来て「雨降って無いの」と顔を出す「自分で見れば分るでしょう!降っていたら健太と遊んで!」つい怒鳴る事になる。掃除にいつもよりも時間がかかっている。暫くして散歩に出かけた。が、「降ってきた」と早く帰ってきた。が、あいつの出かける時間も有「朝食べる?」「食べない」自分の分だけ用意する。でも、食材が中途半端に残るし、もう一度聞くと「食べない言ったでしょう!」一人で食べるのとあいつの分を用意するのでは手間が違う。全く理解していない。食べないと言いながら果物を摘まんでいる。ここで一言いいたいが押さえる。

昨日の稽古は午前中のみ。でも、10時から3人の稽古では後片付けをして終わるのが1時半を過ぎていた。で、昼食をとり、晩飯の買い物をして電車に乗ったのは2時半過ぎ。
帰宅して食材を片してもう3時半健太の散歩時間だ。健太は早く行こうと吠える。外に出ると軽く雨。小一時間ほど散歩に出る。健太は走るのが好きで・・私も嫌いじゃないが・・健太と走るのはダッシュだ・・直ぐ息が上がる。けれど、長い時間は走らないし、走っている途中でも健太歩こうと言うと歩行になってくれるので助かる。インターバル走法が中高年に勧められているがまさにその感じだ。私が気力がある時は散歩中に何度か繰り返すが、電車の中で爆睡しても昼寝していないので怠い。帰って4時過ぎ。是から寝ると夜の睡眠時間に影響する。コックリが出るが我慢してメールのチェックなどをする。

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昨日は健太の散歩で若が良い物見つけたよと持って来てくれた。初嵐椿?と昨日とってきた満天星躑躅を備前耳付き花入に
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盆点。四ケ伝稽古にデニムパンツですが、稽古後仕事に行く都合で私の処では良い事にしています。
着るものまで制限されたら稽古する人は限られてしまう。
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主菓子は「きんつば」ボリューム感があるけれどさらっとしていて二個目も食べたいと思う味でした。長野の物産展で購入。長野と言えば丸型?楕円型?の刀の鍔に似せた「きんつば」が有名ですが、このきんつばもなかなかのものでした。
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クリスマスに因んだ道具で薄茶
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茶碗はサンタクロースの絵、薄器はサンタさんのブーツ型、蓋置は協会を模った長崎三彩。薄器の場所はもう少し手前に
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干菓子の器はツリーです。茶杓ご銘は「聖夜」でした。
今月は残りあと二回の稽古。この道具で稽古します。
折角だから水指もあると良いねの声。売ってはいるんですよ。多分、薄茶点前に使う道具一式の外掛軸、香合等々古帛紗までクリスマスバージョン全部売ってます。でも、どうだろうか?面白いと思う人も勿論居られると思いますが・・・椿も「マリア」銘のがありました。
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夜稽古はお休みなので、1時半頃に施錠。

by higashinuma | 2018-12-12 09:28 | 茶道 | Comments(0)

初釜の準備

30年12月6日 木曜日 雨 21.0℃ 健太は5時半に起きる。外は未だ真っ暗です。私は6時起床。昨日朝から何となく体が重い。ストレッチはばっちり!関節・筋肉など固い感じは無いので先ず良しとしよう。健太にリードを付けてソファの脚で押さえる。健太はお座りして外を見ている。彼なりに散歩には行かれないのを感じ取っているのかも。若は雨降っている理由で起きて来ない。いつもより20分位してから「健太起こしてこい」とソファから外すと彼はリードを咥えて走って行く。こういうこと(リードを短く咥える)が出来るなんて犬も大したものだと感心。でも、これは今に始まった事ではない。一歳になるかならないかの頃から散歩に出て、リードが手を外れた時にも短く丸めて咥えて走っていた。今はハイタッチを覚えた。所謂、チンチンスタイルをして両手をタッチして来る。抱っこの時は両足を立てているので違う。
「健太起こしてこい」から暫くして「雨だよ」と若が起きて来た「遊んでやればいいじゃん!」つい怒鳴る事になる。掃除して、朝食の用意をして・・健太はいつもよりおとなしいが退屈しているのが目に見えている。

街はクリスマス商戦たけなわ。店を覗いてみるが、欲しい物が溢れている。そう言えば初釜の福引が未だ少し足りない。別にお茶関係の物に限らないのです。クリスマス用は流石に控えるけれど・・・
ここで書くのも何ですが他所の初釜みたいな福引はとても用意できない。干支の茶碗や香合等は何処でも同じですが、大方は初釜の会費から捻出しているようです。私はお歳暮から皆さんに平等に差し上げる物と福引をお返し用として用意している。他所ではお歳暮のお返しとして年賀扇と懐紙が定番の様です。年賀扇は楽しみにしている方も居られるが懐紙は自分で買って貰う事にして、年賀扇、茶道手帳、干支の朱杯を皆さんへ差し上げて、後は全員漏れ無しの福引を整える。一点豪華主義も良いけれど、ピンキリでも戴いた方が良いかなと・・考え方ですね。

此の前の稽古で当番と道具組を合わせたので、当日までに道具出しをしなければ。あと一か月ぼ~としていたらあっという間です。

我が家から見える読売ランドのイルミネーション・・イルミネーションの間は是を見る観光コースにもなっているようです。
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肉眼だともっと綺麗です(´;ω;`)観覧車を横切るのはジェットコースター。
結構夜遅くまで点灯しています。

我が家飯から
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豚汁・・二日分はある・・材料を少なく少なくやっているが、種類が多いので大鍋になってしまう。その方が美味しいですが・・・
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魳干物・・この前イタ飯で魚を選んだ私の皿は魳のソティでした・・淡泊だけれど美味しい
お公家さんの食べ物・・魳のほぐした身と若芽の焼いた物を混ぜてご飯にまぶしおにぎりにするとか。
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蕪の葉の漬物。他に大根おろし。


by higashinuma | 2018-12-06 08:52 | 茶道 | Comments(0)

師走最初の稽古

30年12月6日 水曜日 曇り 22.1℃ この前テレビで曇りと晴れの判断として空を占める雲の量で決めるような事を言っていた。テレビも点けてはいるが、聞いているだけで観ていない。私の部屋はリビングの隣ですが横を見てもテレビは見えない。見ようとは思ったけれど資料作りをしていて手を止められなかった。今思えば見て置けば良かったと悔やまれる。

昨日の朝は若が体調悪いからと健太の朝散歩を代わった。で、連れて行くときに玄関で健太がいきなり若の部屋の方に引っ張った事で玄関で転倒してしまった。折角治りかけた左手を床につくことになり、頭は玄関ドアにしこたまぶっつけた。健太は驚いた様子でじっと見ていた。仕方ないから散歩には行ったが、朝早く出かける時に我が家の若殿はこういうことが多い。30分くらいで散歩をすませ、慌ただしく朝食。ギリギリ57分の電車に乗る事が出来たが、乗換駅の改札の混雑は酷く、電車が来ているのに改札を通れない。先週もそうでしたが走って乗れた。今回は電車ドアの目の前で閉められた。キリが無いのは分かるが何とも意地の悪い車掌だと思う。最後尾なので憎たらしい顔の車掌の顔をまじまじと睨みつけた事でした。イケメンなら未だ少し許せる気がした。一本遅い電車にのるがそうすると始発駅でも並んで居るだろうなぁ。一応、並んでみる。
最近は椅子の無い車両があるので、乗る場所を間違えると悲惨。一度、その場所に立って居たら踵が痛くなってきた。つまり、立って背中を寄りかかっている姿勢だと足首に負担がかかるようです。でも、昨日は何とか座る事が出来た。

午前稽古予定の二人には手が痛いので少し早めに来て欲しいと連絡しておいた。私は9時に着いて鍵を開けるが二人は9時半頃に来られた。先ず三人で花寄せをする。
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少林寺明道和尚の「話尽山雲海月情」年末はこの軸を掛ける事にしている。
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西王母を唐金瓢花入に
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雪柳の紅葉と紅乙女を萩耳付花入に
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やはり紅乙女と野路菊を備前耳付花入に
来春初釜は台子でと当番の要望で竹台子を出す。
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久しぶりの事でところどころ私が忘れている。おまけに重ね茶碗の点前。
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薄茶点前
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薄茶点前

茶杓の銘で「寒松」が出ました。寒松一色千年別(かんしょういっしきせんねんべつなり)の禅語から付けられたと言われましたが、何と読んだら良いかとの質問。私は禅語の読みが「かんしょう」なのでそれで良いのではと言いましたが、そういうのは銘としてどうかと思うとも言いました。もう一人は忘れましたがそれもどうかと思いますと応えた。あと一人は「煤払い」でした。同じ季節を表す言葉が選びたいなら、この銘の方が余程良いです。その前に銘一覧等に書いてある言葉を理解した上で使う事です。
お菓子は写真忘れました。
今日はお休みが多いため午前中の稽古のみ。
片付けを終えて午後から仕事に行く一人を除き三人で昼食。午後2時頃でした。

左手が今一調子悪く、そうすると左の肩から胸の辺りまで何となく調子悪い。まぁ、動かない訳では無いので無理をせず徐々に良くなるのを待つしかない。



by higashinuma | 2018-12-05 08:36 | 茶道 | Comments(0)

阿吽

30年11月21日 水曜日 晴れ 21.5℃ 

歯の治療中で仮の詰め物をしていたが、外れてしまった。来週金曜日に予約が入っていたが、外れたら直ぐに来てくださいととの事でした。虫歯になると又削られるのも嫌なので朝から出かけた。いつもブログが書きかけになるので、今日は帰ってから書こうと思ったが、家の用もあって、健太の夕方散歩より帰って今になってしまった。父は毎日日記を付けていたが、夜に書いているようでした。本当は今日一日何をしたとか何があったか等の記録なら夜に書くのが良いのですが、朝、一通り落ち着いてから書くのが私には余裕があるので出かける迄書いているのだ。写真アップが無ければ出かける前に終わるのですが、写真の縮小やらトリミングがパソコン上で突然フリーズしたりしてスムーズでない。何故かは分からないが、前よりは良くなった気がする。エキサイト側の問題かマイクロソフトの問題と思う。恐らく後者だろう。

昨日の稽古は生徒が5人来る予定だった。午前中に一人休みの連絡。夕方もう一人お休みの連絡があった。なので、午前中二人稽古し、その後は夜に一人稽古。その間6時間は待機する事になる。でも、昨日は色々用があったので割合退屈にはならなかった。今月と来月は教室の大掃除もあるので、待ち時間に一人でコツコツやりましょう(笑)
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花は阿吽で入れた。紅葉した枝、実のなる枝が無いので仕方ない。乙女椿と紅乙女椿。花の入れ方なる本に阿吽の場合、蕾が下とか書いてあるのを見た事があるが、私はバランスの問題なので、そのような決め方は如何かと思う。それこそ「花は野にあるように」に反しているのではなかろうか。未だ炉開きの時期なので、一種では寂しいみたいで二本入れた。
この日は三周目なので四ケ伝の稽古と思ったが・・・「今日は簡単に」と言う事で
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薄茶運び点前
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唐物点前
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お菓子はこの他にもう一皿虎屋の「餡焼?」を用意していたが写真忘れた。
夜の生徒は休みが続いたので、筆記試験を先にしてもらい薄茶運び点前。どうも歩き方がなっていない。この生徒の課題ですね。写真忘れました。

さて、筆記試験の一部は前に書いたが平均点約58点(57.66)残念なのは同志社に縁の宗匠の名前などが忘れている事。大河ドラマ「八重の桜」放映中は円能斎が出ていたとか言っていた生徒が点を取れていないなど。意外と茶事に関してはほぼ全員正解だった。
若は「奥伝は実生活に役に立たない」とやる気が無い。他にもこういう生徒が居るけれど・・・確かに唐物茶入それも大名物等は持っていないしそれらを主張されたら彼らの言う通りですが、では何故習うのかと言う事になると色々と難しい。良く言われるのは小習いは人との関係、もてなしの心を学び、奥伝は道具の扱いを学ぶと言われます。私はそれに加えてそれら道具の歴史を覚える事も学びにあると思う。例えば若狭盆とはどうしてそのように呼ばれるのかとか、大円盆は円能斎と淡々斎が好まれているがどうしてか、どのように違うのか・・疑問は多々ある筈です。これだから茶道は面白いと私は思うのですがどうでしょうか。

by higashinuma | 2018-11-21 18:55 | 茶道 | Comments(0)

茶道具

30年11月18日 日曜日 薄曇りの晴れ 22.0℃ 冷えてはいるが寒くはない

朝は6時少し前に起床。健太が起きているのは分かっていたが日の出が遅くなり雲も多いのでまだまだ眠い。健太うんちしているなぁと思いながら見ると見事なやつが転がっている。先日から健太に私の使い古したシーツを半分切って入れてある。彼は其の上に蹲って眠る。破くかなと思っていたら意外とそうでもなく気に入ったようで、うんちをよそ眼にシーツの上に座っていた。自分でも汚いのが分かるようで、子犬の頃は踏んだりしていたが今は余程の事が無い限り踏むことはなく、シーツも端に寄せている。
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昨夜寝る前の健太・・可愛い寝顔だったので撮ろうとしたら目を開いた・・シーツの上で寝る。この写真を見ていたら竹内栖鳳の描く斑猫に似ていると思った。あれはこんなに蹲ってないが

6時半までサークルの掃除をして、若が起きて来ないので「健太起こして来て」と放すと一目散に走って行く。ドアを引っ掻いて開けて中に入る。ドアからベッドに飛び上がるのだ。凄いなぁと思う。自転車の前籠から飛び降りたのも驚いたけれど。40㎝位の高さでは横跳びで上がれるのだ。見た目痩せているが同じくらいの体系の犬と比較しても体重は重い。四股の筋肉が凄いのだ。特に後ろ脚の筋肉は目立っている。願うのは腰を傷めない事だ。ビーグルはヘルニアになりやすいと聞いた。

来年の正月の年始の品や福引の買い出しに行ったら映画「日々是好日」に出て来る犬の絵の茶碗が売られていた。今年の干支なので映画で使ったのだろう。犬の絵は琳派の最後の画家とも言われる神坂雪佳の「狗児」です。私は雪佳の絵は大好きで注文しようか迷ったが、多分数多く出回るのだと思い止めた。でも、絵が可愛くて欲しいのは欲しいです。映画では「十二年に一度の茶碗ですね」樹木希林の先生役が「私は生きているかしら」と言われたのが印象に残ります。
我が家にも十二支が揃う程の茶道具がある。何回使っただろうか・・・新年には今年の干支の物と去年の干支の物を送り干支として使う事もありますがそれにしても十二年に一度の道具とは贅沢な事です。と言う事もそうですが、お茶会となるとそれなりの道具を使いますし、前回と同じ道具は控えようとそれこそ十二年どころか何十年に一度です。道具とは使って何ぼの世界なのですが、お宝となっては道具では無いですね。それは分かっているのですが・・・・
映画でも楽の茶碗を丁寧に拝見する場面がありました。

我が家飯から
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昨日すき焼き食べたいと若が肉を買って来たが今日にした。肉はパックごと。椎茸は大きい傘なので半分。僕がやるから・・「関東風と関西風があるよ」余り言う事を聞かない・・・もうちょっと美味しくなる筈だった(´;ω;`)・・浅草でも行って食べさせるしかないかな・・でも、店でも食べている筈なんだけど・・・
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副菜は法蓮草と柿の胡麻和え・・美味しかった。本当は白和えにする予定が面倒になって変更。だからと言って胡麻は磨ってます。その方が絶対美味しいです。

by higashinuma | 2018-11-18 11:01 | 茶道 | Comments(0)

茶道筆記試験 2

30年11月17日 土曜日 晴れ 22.8℃ 午後5時過ぎ

今日は若の提案で国立新美術館にボナール展を観に行き昼食はイタ飯予約済でその後はミッドタウン散策と言う事で、朝9時には出かけた。日曜日に行くと言われていたが、天気予報が変わって日曜日は雨降りそうとの事で土曜日に行く事になったもの。ボナールはジャポニズムがパリを風靡した時代。陶磁器を輸出する際に包んだ版画から日本の美術に驚嘆したとされこの時代はルノアール、ゴッホ等競って版画を参考に作品を発表します。ボナールも例外では無かった。日本かぶれのナビ派と言われていたとの事です。ただ、ルノアール等は印象派で、ナビ派はゴーギャンの指導のようです。レアリズムを否定し装飾的絵画を目指しています。
ボナール展を観て色彩の豊かさにそれを感じました。

イタ飯の話などは後にして今日は昨日の続きの筆記試験で難解だった問題を取り上げます。
大徳寺の開山は宗峰妙超です。大燈国師の方が分かり良いかも知れません。播磨の国赤松氏の家臣浦上氏の子として1282年に生まれ11歳で天台宗を学びますが、後、臨済宗に入ります。南浦紹明に参禅し、師が鎌倉建長寺に入ると従って鎌倉に入り1307年に印可を受けます。其の後、京都紫野に赤松氏の帰依を受けて堂を建立し、これが大徳寺の起原と言われます。花園天皇をはじめ貴族、大名、商人、文化人の帰依を受け、村田珠光が一休に参禅した事から武野紹鴎、利休等も参禅し、現在私たちが茶名に宗が付くのは宗峰妙超ここから戴くのです。

同志社所縁の宗匠は円能斎からです。東京から京都に帰った円能斎は同志社創立の新妻襄の妻である新妻八重の茶道の師となり、同志社にも指導に出向くのです。この辺りの話は大河ドラマ「八重の桜」にも描かれていました。

小庵と道安は同じ年齢と言われます。勉強会で説明したと思いましたが・・・小庵は利休の後妻宗恩の連れ子で道安は先妻の息子です。結果的に千家は小庵が利休の娘(外腹の子)亀女と結婚して引き継ぎ、その子が宗旦です。後妻と共に千家に入った小庵に道安の戸惑いも少なくないと思いますが、歴史の中ではそれは憶測でしかありません。

初代宮川香雲は三代宮川香斎の息子です。初代香斎の甥が香雲二代目です。宮川家は貞享年間(1684年~1687年)に始まりますが長男(京都)と次男(後横浜)に分かれ宮川家を継ぎます。横浜の宮川は四代目の四男で香山と名乗り横浜で活躍します。万国博や今我々が驚嘆するような作品はこの人の作品です。一方、京都の香斎は四代目あたりから千家のお好みも造るようになり、華麗で雅な作品を残します。家系では必ずしも長男が早世で代を継いだりしていないので複雑なのでここではここまでにしておきます。作品から私見では近年の香斎作品は仁清風と言いましょうか綺麗さび。香雲は華やかな作品と思います。この系統では小峠丹山(葛芳)が五代目香斎を叔父として茶陶で活躍されています。

一番の難問は堺の発展を導いた物でしょうか。三択として1.硝石の輸入2.唐物の輸入3.納屋貸付と書きましたが、1.を選んだ人はいませんでした。唐物輸入も津田宗及、今井宗久が豪商として上げられますが、彼らは特に信長時代に合戦が鉄砲に変わった事で弾薬の硝石が必須となり、競って商うようになります。宣教師により堺は日本で最も栄えた港湾都市と紹介されます。因みに利休の生家は魚問屋をしていたとされ、父田中与兵衛は商才に富み堺の有力な者が集まる納屋会合衆十人の一人としてあげられています。

今回は花等の問題はありません。点前の問題は殆どが正解しています。
「知って得する茶道のいろは」筒井紘一著では無いけれど、知らないより知ってる方が良い訳で茶会などでの会話力として活かせてくれたら嬉しいです。

我が家飯から
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白菜うま煮
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茄子のオイスターソース炒め
本当は若がすき焼き食べたいと肉を買って来ていたので、すき焼きと何か副菜をと思って作り始めた。豚ひき肉が量が多かったので二品作ったらすき焼きはどうでも良くなり明日にしましょうと言う訳です。

by higashinuma | 2018-11-17 18:13 | 茶道 | Comments(0)

茶道筆記試験

30年11月16日 金曜日 晴れ 21.2℃ 昨日より気温は高いが体感としては寒い気がする

茶道検定が行われていますが、私の社中でも筆記試験を年に一度行っている。三択問題ですが結構難度が高い問題もある。此の前、初炭手前をしていて、炭斗に枝炭が3本しか入ってなかったので「箱に無かった?」「いえ、ありました」「炉は枝炭何本ですか?」「あっ、試験は5本に丸付けたのに」悔しそうに言っている。いつもケチケチ使っているので勘違いしたみたいです。枝炭意外と高いですからね。先日、正月用品を買い出しに行って枝炭も買った。10本2300円。燃えない枝炭も随分前から売り出されている。でも、それじゃちょっと・・何でも良い事では無いでしょう。稽古で下火(もとび)に火を点けないで手前をする事はあるが。

その中で歴史の問題は難しいようです。例えばお茶が日本に渡来した初めは遣唐使の留学僧と言われ、平安時代になります。この時代は最澄が滋賀県の日吉大社にお茶を植えたとされれ日吉茶園が残ります。それと最澄と一緒に帰国した永忠は滋賀に行幸したおりに梵釈寺で嵯峨天皇に自らお茶を献じて嵯峨天皇がお茶の栽培を勧めたと言われる。空海も嵯峨天皇にお茶を献じているようです。其の後、鎌倉時代になり栄西は宋に二度にわたり留学、帰国後、長崎平戸に茶の苗を植えました。この茶園は富春園です。其の後に佐賀県の背振山にも茶園を開きました。そして種を明恵に渡し、栂尾に蒔いて当時の最高品質の茶を育てます。栄西が帰国して長崎に着くと直ぐに茶を植えたのは茶の苗を持ち帰ったからではないかとされています。この話は一般的では無いので富春園などを理解している人は少ないかも知れない。

茶禅一味を最初に体得したとされるのは村田珠光で大徳寺一休に参禅していたと言われます。三択のひっかけとして山上宗二を入れましたが、時代が下がりそれらしきことを山上宗二記に書かれているので誤解されやすい。

嘉祥菓子(和菓子の日)は6月16日。平安時代からあるとされますが謂れは明確では無いようです。家の間では、この日に楊弓 (ようきゅう) という短い弓矢で的を射て、負けた者が勝者に中国の銭「嘉定通宝」 (かじょうつうほう) 16 枚で買った食べ物を贈りました。銭の「嘉」と「通」の字を読んだ音が、勝に通じることから武家に尊ばれました。このようなことから嘉祥は嘉定とも書きます・・虎屋文庫より
江戸時代は盛んに行われていたようで幕末まで続きますが、16個のお菓子は流石に多いため6に1を足して7種類のお菓子を送る習慣となったようです。7種のお菓子、つまり奥伝のお菓子の数もこのように決まったのかと思われ興味深い。東京では日枝神社の献茶式があり以前は参拝客にも饅頭を配られたようです。今は不明。この日を和菓子の日と決めたのは昭和54年(1979年)虎屋では幕末頃に御所に納めた七種のお菓子を再現して売り出しています。
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                                                      ネットで戴いた虎屋の嘉祥菓子
今日はここまでにしておきます。

我が家飯から
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キムチ鍋・・冷蔵庫に白菜キムチは切らさない・・の筈が・・また買ってきちゃった・・で、古い方を一パック(八分くらい残っていた)入れて・・美味しかった
他に白菜の葉部分と葱、韮が入れてない
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何故かコロッケが喰いたい!本当は牡蠣フライ食べたい・・無かったのでクリームコロッケと牛肉のコロッケにするが牛肉コロッケは今一。自分で作ればよかった。


 

by higashinuma | 2018-11-16 09:07 | 茶道 | Comments(0)

飯後の茶事

30年11月14日 水曜日 晴れですが雲が多く寒い日です

昨日は午後から飯後の茶事をしたいと言う生徒が居て、簡略で試みた。と言っても朝は両手に荷物持ってです。
飯後の茶事は今読んでいる江戸時代の書に載っていて先月に読んだばかり。その項を抜いてみる。
「飯後 菓子茶ともいう 朝飯後は五つ半時昼飯後は九つ半ときいづれも菓子の茶也朝飯後は正午の茶会の邪魔にならぬよう昼飯後は夜はなしの邪魔にならぬように客の心得第一也」とある
この文の朝飯後の五つ半は今の午前九時頃、昼飯後の九つ半は午後一時頃でしょうか。朝茶は六つ時で午前六時頃から始めていたようです。飯後の茶事は跡見の茶事では無く、飯後の茶事として確立しているので朝茶や正午茶が終わってと言う事は無いのです。

教室には12時頃着いた。と言うか11時頃に着いて荷物を置くと昼飯と晩飯を買いに行って12時頃から教室に待機していた。月曜日の先生が今月は風炉で稽古しますとの事で炉を塞いで丸畳が敷いてあった。この畳を敷き替えないとならない。本畳のように重い畳で、生徒が来てから敷き替えようとそのままにして置いた。昼飯を食べ終わって、炭や灰を用意する。湿灰が足りないようで、灰造りをして、炭を出して置く。昼寝出来るかなぁと思ったが、横になって直ぐに生徒が来る。でも、この日は電車移動でかなり爆睡した。本当に眠いのは僅か数分なのです。

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歯花はブルーベーリーの紅葉と乙女椿の薄く色づいた蕾です。葉は5枚あるのですが写真では2枚しか見えないですね。
軸は達磨自画賛「一華五葉開 結果自然成」東福寺文浄和尚の染筆です
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迎え付けから
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初炭 一応炉開きによく使われる織部はじき香合を持参しました
続いて煮物と向付の膳
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箸が割りばしなのが何とも。「お吸い物にしました」「・・・・」「梅型人参にするなら紅葉にすれば良いのに」「型持ってない」「・・・」
向付は胡麻和えでした。まぁ模擬ならそんなものかな。やる事が大事!
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八寸は菖蒲蕪の焼いた物とひいかの煮つけ
そして菓子
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餡餅に塩昆布を添えて
続いて中立ですが「席を改めさせて戴きますがごゆるりとお過ごし下さいませ」
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濃茶・・蓋置注意・・美味しい濃茶でした
続き薄で
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こういう会を重ねれば茶事に慣れると思う。
亭主は勿論正客の会話が大事な要素になる。お詰めも挨拶が大事で席中の亭主のフォローと言う役もある。



by higashinuma | 2018-11-14 09:58 | 茶道 | Comments(0)

貧乏茶人

30年11月12日 月曜日 曇り 22.3℃ 寒い朝です

昨日の午後は健太を自転車に載せて対岸の丘陵?山?まで行った。自転車に慣れたのか大人しく乗っている。丘陵地帯は流石に自然が多いので犬の散歩には最適な場所。
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読売ランドに着きました・・ランドはここからゴンドラに乗りますが、我らは巨人軍球場へ向かう。その先から小沢城址に向かう。健太は野生に帰った?
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小沢城址のふれあい広場で・・こんなところ夏場は絶対に来られない・・例の物が・・
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一旦駅まで戻って穴澤天神の下、弁天の湧水を飲む・・近隣の方が水を貰いに来るほど・・一応、我らは沸かして飲む方が・・・健太はご利益に預かっている
側道を散策・・
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雀にこんな可愛い洋服を・・平和だなぁと思う。

こちら側も同じ丘陵地帯の深大寺辺りでは自然が多いし、健太は未だお寺と公園(ドッグラン)にしか行っていない。本当は深大寺も対岸の丘陵もさほど距離は変わらないような気がするが、深大寺は近道でも行けるが、対岸は多摩川の橋を越えねばならない。そのためちょっと遠回りになる。深大寺に初めて行ったのは一歳の頃で、バスで連れて行ったが、歩いて行けない事もない。若がぶつくさ言わなければ。私は平気で歩けるけれど・・・なので、一人で連れて行ったりした。道草喰って歩くけど健太も良く歩く。
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去年の12月に深大寺に連れて行く・・神代植物公園の裏の公園で
でもまぁ自転車に乗れれば行動範囲が広がる。若は車が欲しくてたまらない。レンタで練習積んで充分大丈夫となれば・・一人一台乗っている田舎と違い、此処では何処に行くのも便利だし、繁華街に出ては駐車場に困ったり、渋滞にあったりするので、車が無くて困る事はさほどない。いざとなればタクシーがある。まるで遊びのためにしか使わないだろう。そんなのに駐車料金だの車検だの出費が多すぎる。

さて、明日の稽古は午後から飯後の茶事をやってみたいと言う生徒が居て、急だけど試みようと思っている。教室には菓子碗が無いので前の家に行って取って来た。掛軸、香合、茶入等で大きな袋一つ分。それに炉になって一回分の手前用炭は置いてあるが、足りないので炭も持って行く予定。それに椿と照葉。あれこれ袋二個分を持って行かねばならない。が、午後からなのでラッシュアワーは避けられる。

飯後の茶事には決まりが無いと言うが、初めての人にそう言う事では曖昧になるので一応定番の流れで行う予定です。
先ず、席中は諸飾りにして初炭に始まり→吸い物で一献→八寸(二献)→菓子→中立→濃茶→干菓子で薄茶の流れ
私は不時の茶事で経験している。其の時はあるお家に招かれ、狂言を鑑賞しての後飯後の茶事だった。シチュエーションとしては例えば歌舞伎を観て帰りにお茶をどうぞの形です。決まりが無いと言うのは最初にお茶を戴いてその後に簡単な茶事とかを行うような流れもあります。
宗家で教授伝授式の時も吸い物八寸で主菓子と薄茶。引き出物として七種の立派なお菓子を戴きましたがこれも飯後の茶事でしょう。

茶事となると大げさになりそうですが、これで亭主と正客、お詰めの練習も出来るので、何回か繰り返して・・出来れば炉と風炉の季節、四季それぞれなど・・次の正午茶事に結び付けられればと思う。
私も知人に何度か茶事に招かれて、その方を一度も招いた事が無い。それは「貧乏茶人」と言うらしい。いつかはと思いながら尻が重いのです。稽古時代の頃のやる気満々の茶事は何だったんだろうと思うが何かと理由をつけてやらない貧乏茶人に甘んじている。
「一物も持たざる者、胸の覚悟一つ、作分一つ、手柄一つ、この三ヶ条整うる者」(宗二記)を貧乏茶人と言うそうですが、この貧乏茶人は「侘び」に連なるのですが私はそれとは違う意味です。

我が家飯から・・日曜日の昼食
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久しぶりのガパオライス・・美味しかった・・冷蔵庫整理に最適かも

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タイ風春雨スープ・・ヤムウンセンのつもりで作り始めたがスープが無いので・・



by higashinuma | 2018-11-12 09:06 | 茶道 | Comments(0)

とんでもない炉開き

30年11月7日 水曜日 晴れ雲は多い一日

最近の健太は5時半頃に起床かな?私がトイレに起きると同じ時間位に起きる気配。健太は先ず伸びをして体を震わせる。この伸びはストレッチでも大事な動作で猫のポーズとか言っている。肩伸ばしと胴体伸ばしに有効のようで、それに続いて今度は腕はそのまま伸ばして、上げて居た尻を下ろして後ろに引く。背中が伸びる。健太は誰に教わった訳でもないのにちゃんとストレッチしているのだ。
それからがサークルの中を歩き回ったり、おもちゃで遊ぶ。これがかなり煩い。今の季節日の出は6時過ぎで未だ薄暗いし、眠い。45分から50分頃から私のストレッチが始まる。最後は健太のポーズで仕上げ。
今の季節は陽射しがリビングまで入って来る。健太は陽射しの中で寝ている。まるで猫(笑)
そして起きると伸び伸び
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意外と胴体が長いのだ。良い子のポーズは足をこんなに伸ばさない。

さて、11月最初の稽古に教室に行く。木曜日の先生が炉を開いていてくれた。が、ドアを開けて唖然!なななんだ是は・・・畳を上げて立て掛けてある。申し送り事項に、生徒が釜をひっくり返して畳がびしょびしょになったとある。え~どうするんだよ!3枚の畳が大きく染みている。これじゃ稽古出来ないじゃん。何で連絡くれなかったんだろう・・ぶつぶつ・・・仕方なく濡れた畳を敷き替えて4畳半にした。そして濡れた畳は新聞を重ねて重しを置いた。
先日、映画「日々是好日」で建水持って立ち上がる時にひっくり返っていた場面がある。「あんな転び方しないよなぁ」一緒に観に行った社中の者との話。私は建水持って立ち上がる時に痺れているので足がもつれてよろめき、建水の水を撒いた人は見た事がある。このために建水を持って回るのは勝手付に回ると聞いた事がある。建水の水を炉に撒いて灰神楽が立ったそうです。
まさか釜の湯とは・・その先生が稽古中に来られて、携帯に電話をしたけれど出られなくて、メールを入れましたと言われた。昨日は出かけていて携帯をマナーモードにしていた。それに夜は10時就寝だから気が付かなかった。でも、こうして来るのが礼儀だろうと私は思う。ひっくり返した生徒の火傷も幸い軽かったらしい。
こぼした時の処置はぶちまけた湯を拭いただけの様だ。此の時に畳み全部を水拭きしていたなら染みはある程度防げたと思う。湯が敷き合わせから床に流れたので畳を上げたと言っていた。
炉開きと言っても、直ぐ「亥の子餅」だの「お汁粉」だのをする訳では無い。今日はとりあえず、平点前で濃茶か薄茶の稽古をして貰う。
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磯菊と瑞樹の葉・・咲き始めたばかりなので花が寂しい。本当は浜菊が欲しかったが、この辺りではもう売っていない。椿も咲いている家があるが、来週は戴いて来ようかなぁと思うけれど・・
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栗餡を小豆餡の時雨で包んである。美味しかった・・戴き物。日本橋屋長兵衛製
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濃茶は濃い目(関西風)でしたが美味しかった・・手が変ですが茶入れを取り上げる処
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薄茶点前・・足が痛い・・映画の中の学生みたいで大笑い
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干菓子は三渓園に行ってきましたとお土産のおもたせを戴きました。落雁に餡を忍ばせてあり美味しかった
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濃茶点前・・座る位置が・・

来週は生徒が自主的に炉開きで菓子茶事をするとの事。
明日でも前の家に菓子碗を取りに行かねば・・・


by higashinuma | 2018-11-07 19:06 | 茶道 | Comments(0)

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