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つれづれ

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大炉 4

30年2月28日 水曜日 薄曇り 18.9℃ エアコン入れて無いがさほど寒くはない

今朝は6時少し前に起床。健太は既に起きている音がしていた。このところ散歩前の悪戯うんちが続いている。一時大丈夫だったのに朝の散歩、午後の散歩どちらもうんちする。健太にとっては「早く連れて行け」の訴えなのだろう。ただ、小さい頃みたいに踏まないので助かる。

二月も今日で終わり。28日で月が終わると家計費が助かる。今月は余裕でした。けど、来月は歯の治療で1本10万円(税込み)程かかる。銀歯なら三分の一位かな?でもすごく目立つところなので、この先何年生きるか分からないけれど、迷いながらセラミックにした。もともと、この歯の裏側に銀が貼ってあったが、固い干菓子を食べて、それが取れて割れてしまったのだ。虫歯も進んで居たようで歯を削って、被せものをするには歯が短くなったからと、歯茎を切って、歯を伸ばして被せる治療になったのです。
口を開くと銀歯がギラギラと言うのはやっぱり躊躇われる。別に良く見せようと言う事でも無いけれど。

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梅の咲き方が程よいのがあったので真之花に入れた。花そのものに真行草は無いです。椿の葉が不満だけれど・・
後炭を指導・・大炉の炭手前は面白い。初炭は灰器不要で後炭は炭斗不要。焙烙を回して向きを変えるのも面白い。
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主菓子は「引千切り」来週の稽古はひな祭りが過ぎてしまうので、急遽このお菓子にした。美味しかった。
「このお菓子のご銘は」・・「引千切り」です
「では別名は」・・「?」・・「阿古屋と言いますよ」・・「阿古屋とは?」・・「真珠貝の事です」
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絞り茶巾で。干菓子はジムトンプソンで買ったフルーツゼリー美味しかった。シルクのジムトンプソンですが、レストランもあり、幅広く経営しています。
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濃茶は久しぶりで、大炉の逆勝手と言うより濃茶の点前が忘れているようです。

他に仕事で休み、風邪で休み・・二人は写真撮るのを忘れました。
大炉は今日で終わり、教室は釣り釜が出来ないので4月の透き木釜までは普通の点前になります。奥伝でも・・・

青年部で日曜日にここの茶室で茶会をしたらしい。
掛物が横軸だったので、花は真ん中に真でいれました。香合の置き場所はどうなりますかの質問があった。大炉は下座床になり床に向かって左に香合です。社中で4年前に茶会をしているのに忘れたみたいです。其の時の様子26年2月の茶会様子
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水指は信楽で杉本貞光造り大亀老師箱。置き水指扱い。釜は野馬釜、棗松竹大棗鵬雲斎大宗匠箱、紅梅の木の茶杓(銘忘れた)・・「松竹梅でめでたしめでたし」・・正客からのお言葉・・約百人の来客でした。
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この時は「鉢の木」をテーマにしたので、そのような取り合わせです。お菓子は「雪餅」・・先週20日の稽古で使おうとしたらお菓子屋さんがお休みで、今年はお預けになりました。
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下座床の花と香合は写真のように・・香合?忘れた。花入は高取で静山造筒型・・道具一覧は取ってあるので見れば良いのですが・・・
「鉢の木」は究極の「おもてなし」では無いだろうか。
桜は花と正客から3人分は桜の花象嵌の銘々皿で表現。雪は雪餅。松は菓子器、馬は釜と寄付きで甘酒の器を相馬焼で・・・





by higashinuma | 2018-02-28 08:15 | 茶道 | Comments(0)

奥伝稽古

30年2月26日 月曜日 晴れ 今は午後6時半前 
半分くらい書いて、ドボン!全部消えた。どうして?

今日は奥伝稽古で出かける。
若が居ないので朝は健太の散歩に行ったり、忙しい思いをした。おまけに乗換駅で同じホームから行く先が違う電車が出発間際で乗ったので、間違えて違う方向に行ってしまった。何でドア閉めてから案内するんだろう?確認しない私が悪いんだけれど、他の人も慌てていた人が居た。
まぁ、戻って乗り換えても稽古の時間には十分間に合いましたが。
科目は真之炭、真之行と大円之真。
色々な先生方が見えて稽古を見て戴くのですが、皆さん点前や客を遠慮なさいます。点前がどうにか決まって、客が足りない・・久しぶりだからと言われて仕方なく真之行のお詰めに入る。点前も拝見するのも何年ぶりだろう?
席中でお菓子を戴くので、その作法を色々とご注意があり、肝心の点前はと言うと・・
黒文字と赤杉箸(本来は赤杉楊枝)を添えてあるが、戴くのは黒文字だけ。縁高は清めない・・他人の器は清めないと言われた・・後で耳にしたのですが懐石の器も清めないと言われたそうです。お菓子は白玉団子を中心に、林檎、椎茸、蒟蒻、丸十、羊羹、蓮根、?(忘れた)こちらの会場はいつもこんなお菓子で、席中で全部戴く事になります。
そのため、縁高は椎茸の汁とか蒟蒻の汁、丸十の蜜等々跡が付いていますが、そのままなのだそうです。
それから、赤杉箸は折って縁高にお返しすると習っていましたが、正客が懐紙を折って包み、以下その懐紙に入れる。
点前も細かな点は色々ありますが・・・昔はそのようにしていましたが・・と言うのが多すぎるような気がします。今回の指導者(業躰)によると、どちらでも良いと言われました。新しい発見もあるし、習ったのと違うと思う処もありましたが、行って良かったです。
特にこの科目の取り合わせで勉強出来たのは違いが分かりやすいと言う事でしょうか。
昼食を挟んで10時から3時まで。疲れた~

帰って健太の散歩に行く。この頃健太は午後散歩前でも悪戯うんちする。大凡2時頃に連れ出しているが今日は4時を少し過ぎたので仕方ない。
稽古終ってお茶(珈琲)したかった・・・・

来月も奥伝稽古続きます。

若より写メがある。
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海の向こうは〇〇連山・・さて、何処でしょう(笑)
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良い天気で良かったね・・美味しそう!

by higashinuma | 2018-02-26 19:02 | 茶道 | Comments(3)

ある一日

30年2月25日 日曜日 曇り 19.2℃ 先ほど健太の散歩に出かけエアコン設定を下げているため温度が低い。外は息が白く見える程は冷えていないが、日差しが無いのでこの状態で昼を迎えるか低くなるのではと思われる。
若が今朝5時前に旅行に出かけたので、私が6時を待って健太の散歩に行く。
昨日は書き終わって、ドボンでは無く私の操作ミスで全部消えた。実は河津櫻を観に行こうと若に電車の時間を言われていた。が、私は余裕で行きたいので、早め早めと行動していたが、あいつはもたもたしていて「別にそれに乗らなくても」と言い出した。「また、駅の階段走って上がるんだろ」。「もう来るよ」と言って走り出したりする。
お陰で電車に乗る時は心臓がパクパクになる。その一言「別にそれに乗らなくても」に爆発!朝起きてからその時間に合わせるため動いていたのだ。桜見て、温泉入って、食事の予定が食事して温泉入るのは絶対に避けたい。桜は後でも良いけれど、あいつは健太が待ってるから等とその時々で自分の都合に合わせてものを言うので、それでも喧嘩が始まる。要するに振り回されるのが嫌なのだ。「行かないから一人で行って!」
家の仕事をしていたら帰って来た。「空海観に行く?」等と言う。ここで何か言ってもまた喧嘩になるし、観たいと思っていたので「良いよ」・・健太はドッグランに連れて行く・・近所のビーグル兄弟も来るらしい。「一緒に行くから」「行かない」「みんな家族で来ているよ」ここでも振り回される。仕方なく付き合う。2時間近くぼ~と健太を見ているのは退屈。そして昼飯。彼の好きな店があって牛肉を辛く煮た四川料理が好物・・ご飯も固いし、料理ももう一軒の中華屋の方が私は好きなのですが、先週も言われて、行かなかったので仕方ない。一度、帰宅して昼寝。3時20分の映画予約したから・・・・
今日が封切の「空海」。日中合作映画。その名前から多分、観に来るのは爺婆が多いだろうと言っていた。ほぼ席が埋まって、やっぱり。「爺婆が多いでしょう」と言ったら隣に一人で来ている30代位のお姉さんが一言「予告編観たけど良かったよ」

日本人にとって空海=弘法大師は我々の年齢なら誰でも知っているでしょう。各地に「弘法の〇〇」が沢山残る。
映画は中国、唐の都長安で白楽天と出会い、皇帝に恨みを持つ猫、実は楊貴妃の可愛がっていた猫の化身が生き埋めにされた恨みを晴らすのを空海が読み解く内容で、玄宗皇帝に仕えた阿倍仲麻呂等も出てきます。漫画が原作?なのでこういうのが好きな人には向いているでしょう。
夜のテレビ番組で「世界ふしぎ発見」はテーマが空海でした。封切に合わせた内容なのでしょう。空海役の染谷将太が出演。映画の場面も多く放映されました。
空海は最澄と同時代に入唐しますが、最澄は国費遣唐使、空海は唐へ私費で向かう。この時には中国語が自在に使えたと言う。青龍寺の恵果長老に貴男が来るのを待っていたと数千の弟子が居たにもかかわらず密教を伝授される。生家も丹生の地で水銀に関しての知識を持ち合わせていた事は以前から聞いていた。
これらの話は又、別の機会に。

若から着陸25分前の写メ
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寒そうだけど、良く晴れています。現地の天気予報調べて「俺は晴れ男だ」・・確かに

昨夜は映画が終わって6時前だった。どこかで食べて帰りたいと思ったが、明日から留守にするので健太の散歩がしたいから早く帰りたいと言う。
じゃ、買い置きの冷凍麺で良い?と言う事で昨日の晩飯
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湯麵です。一日分の野菜が取れるの明文だけれど果たして・・肉が気持ちだけがちょっと・・でも、美味しかった・・写真で見ると脂が凄いですが実際にはそうでも。
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春菊のサラダ・・簡単美味しい。林檎が効いている。歯ごたえが良いのでもっと沢山林檎を入れても良かったかも。




by higashinuma | 2018-02-25 09:17 | 所感 | Comments(0)

市場

30年2月23日 金曜日 曇り(小雨?)21.1℃ 昨日もそうですが天気予報のように暖かい感じは無い。
今朝はいつも通り6時少し前に起きる。健太も私が起きたのを分かって動き始めている。いつもこうだと良いのに。朝テレビを観ていて、健太が床を掻いているのが煩い。叱っても止めないので、手を上げて怒りに行ったら、奥の隅に行ってゴメンナサイの顔で見ている。悪い事をしているのは分かって居るのだ。と、思う。

昨日は久しぶりに市場に買い物に行った。晴れていれば自転車が便利なのですが、小雨模様。電車で行く。駅から歩く事20分はあるかなぁ?ここまで行かなくとも市場はあるのですが、こちらは地産野菜やちょっと珍しい産物があるが安くはない。昨日行った市場は巨大な市場で安く買える。一番の目的は林檎です。2L?位の大きな物が7個で千円。多分、スーパーなどで買うより一個50円は安い。しかも、蜜が入って嘘は無く美味しい。野菜類も然り。でも、この大きな林檎を7個は意外と重い。鮪かまぶつ切りも500円でポリ袋の大きい物に半分以上入れている。欲しかったが冷凍庫が一杯で残念。主婦?が二袋も買っていた。冷凍庫どうしようと言いながら。
ここにはテレビでも紹介された鮪丼を安く食べられる店があるが、買い物終わって11時頃で店は11時半開店のため諦めて、いつも行く店に食べに行く。鮪の山掛けにニ、三種類の具が載って、蕎麦が付いて千円。悪くない。
若が帰って、「この林檎どうしたの」「市場に行って来た」「自転車?」「電車だよ」・・5年前に同じように林檎を買って自転車前籠に入れて帰る途中、ふとしたことで土手から落ちて、車に激突し、怪我をした事を心配しているのだ。それから自転車の前籠の重量物は避けているけれど。

この市場、近隣の人は多く買い物に行っている。珍しい物も多く食材の他にも調理器具や食器、薬、衣類まである。こんなに安く出来るのなら、何で街では高いんだろうと訝しむ。抹茶等もあり、他の先生がここで売っている銘柄を使って呈茶していたので、稽古にはそれでも良いかなと思うけれど、それは買った事が無い。
筑地市場もそうですが、食べるのも楽しみ。初めて行った頃よりは店は少なく無くなったが、市場で働く人たちの胃袋を満たすので、比較的安価で美味しい物がある。
隣は有名メーカーのビール工場で見学、試飲が出来、最寄りの駅から送迎バスが出ている。何度か見学に来て、土曜日なら市場も開いている店も有、帰りに林檎を買ってバスで帰った事もある。自転車だと車よりもフットワークが効くので、近くの梅林がある大きな有料公園に行ったり一日過ごせる。

多分、昔は仲買の人のための市場だったと思うが最近は小売りもしているし、併設でスーパーのような大きな店もあり、この物価高にはとても助かります。これでもしっかり営業しているのにスーパーは何で高いのだろう?・・市場でも従業員は同じように働いている。しかも、雑では無く仕事が早い。機敏な動きで私には気性が合うのかもしれない。
スーパーで思い出したが、商品を追加で棚に並べている小母さんが居た。そこにある物を買いたいのに、動こうとしない。他の店では客が来ると移動して棚の前をあけるのに・・暫く待っていたが、埒が開かない。「それ欲しいんだけど、普通は客が来たらあけるんじゃないですか?」と言ったら「品物並べているんです」と睨みつけられた。乗換駅の店で其の後、その店には行く事は無い。他の店で中には凄い人もいる。大方、売り場を聞いても答えられない人が多いのに、案内しようとする。言ってくれれば大丈夫ですと言って、案内を断るが、何番の通りの右から何番目の何段にあります。宜しくお願いします。表彰ものです!

我が家飯から
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3時のおやつ・・久しぶりにロールケーキと紅茶・・昔よく食べていて、スーパーで見つけて懐かしくなって買った・・甘みを抑えているようでした。
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チャプチェ・・野菜、肉、春雨全部別々に調理してボールで混ぜるのですが、ボールに入れた処で帰って来たので、ここから取り皿に取って貰う事に。
「凄い量だね」と言いながら半分以上は食べています(笑)美味しかった。今度のホームパーティは韓国料理で行こうかな?チヂミと大根餅・・・
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サラダ
他には「切昆布炒め」「キャベツ漬物」市販
別の日は
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三平汁・・前の時とは違う・・残り物を煮る
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ハンバーグの中に玉葱忘れたので、玉葱ソースをかける・・これ旨い!
実は弁当用に信太巻を作ったが、揚げを開くのに一枚失敗(腕じゃない!揚げの作り方の問題)余った挽肉で作り、壊れた揚げ一枚と芯に巻く人参、牛蒡の余ったのを三平汁にしたものです。

茶事は和食が主ですが、イタ飯とか韓飯、中華等々があっても良いのかなと思っている。フレンチはあるようです。でも、ここでくどい料理はデザートのお菓子をどうするのだろう?韓国に和菓子そっくりそのままの生菓子がありますが、あれはいつどういう時に食べるのだろう。





by higashinuma | 2018-02-23 10:04 | 所感 | Comments(0)

食材が高い

20年2月22日 木曜日 曇り 20.2℃ 陽ざしが無いので寒い

今朝は寝過ごして6時半になってしまった。就寝は10時ですが、本を読んだりして・・と言うか昨日は昼寝の時間が無く疲れていたので、本を読み始めて多分数分で爆睡。
いつも、途中でトイレに起きるが、随分寝たなぁと時計を見ると12時だったりする。昨夜は時計を見ていないが、一度しか起きなかった。でも、是は体調が良いからです。
健太は悪戯うんちしていたが・・この数日毎日・・鳴かないし動き回る音しかしなかった。
雨が降って薄暗い所為もあるのだろう。慌てて若を起こしに行く。

今、本当に野菜が高い・・それにつれて他の食料品も高くなっている感じがする。東京でも野菜を出荷している農家は露地栽培よりハウス栽培の方が多いと思う。なので雪が降った影響とは考えにくい。それなのに東京特産の小松菜等は高いままで、法蓮草等も高い。近所に安売りの昔ながらの八百屋があって、いち早く福島産の物等売っている店で私はそんなに買った事は無いが、それでも白菜一球600円の値段が付いていた。大根なども細くて貧弱な物でも一本300円位する。林檎の季節も終わりに近づいているが、小さい林檎でも120円とかで売っている。いつもは100円もしないのに。
輸入品は国産に比べてやや安くなっているが、買いたいと思わない・・・南瓜は北海道産に比べ半額以下なので、必要に応じてメキシコ産等買ったりするが。

牛肉は豚肉も含めアメリカ産は見た目は良さそうですが絶対に買わない。オーストラリア産とカナダ産は国産が高かった時に買うが、今は以前より国産も買いやすくなった気がする。
魚も高いです。私は絶対に魚派ですが、手が出しにくいし、若は肉肉肉・・本当は若い人とは食を分けて考えねばならないのでしょうが、それはもう少し歳をとったら考えよう。なので、昼はなるべく魚の弁当や定食を取るようにしている。それも鯖味噌煮、鮭の焼いたのとかあれば満足で、スーパーの寿司も有難い。

生活の中で食事は健康を左右する一番の基なので、今の高騰はとても困る。弁当等が安く売られているのは、中国産とかだろうなぁと仕方なく食べているが。此の前、いつも行く、土日昼だけビュッフェスタイルの店に食べに行った。ナンと三種類のカレーが美味しい店で、他にはグリーンカレーや海老の入らないヤムウンセン等並びますが、以前あった野菜サラダの大鉢が無かった。代わりに?野菜炒めっぽい料理があったが唐辛子たっぷりで辛いのが苦手な人は食べられない。ここでも如実に野菜の高騰を無言で語っていると思った。・・国策は?働き方の討論など見ていると現実離れが甚だしい。総理自らが我が身を守る事しか無い様だ。時間稼ぎの答弁をやめて欲しい。お爺様の総理時代は安保を苦々しく思っていたと本には書いてあるが、今はアメリカに従順なだけで、自らの弁で自己評価されると「看脚下」を思います。

我が家飯
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すき焼き食べたいコールに応えて・・・すき焼き鍋は前の家から持って来ていないのでフライパンで・・卵の価格は助かります。葱は春菊の下。


by higashinuma | 2018-02-22 09:13 | 所感 | Comments(0)

大炉 3

30年2月21日 水曜日 曇り 20.2℃ 外は風が冷たかった 今はもうすぐ17時半

朝から教室に出かけ9時少し過ぎに着いた。寝ている時に、教室の棚に片づけていない道具がある事を思い出したからだ。水曜日の生徒がもう見えていた。ささっとやるべきことを終えて帰り、途中で医院に回り買い物して帰ったらもう12時だった。昼食は昨日の晩飯弁当が半分残ったのでそれを戴く。女子フィギアを観ていて、健太の散歩をどうしようか迷って、結局は2時前に散歩に出る。健太はやはり散歩が大好きみたいです。

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馬酔木と白椿を備前耳付きに・・写真では見えにくいが椿は五枚葉がある。
健太の散歩で見つけた馬酔木。しっかり花が咲いている。
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古帛紗を使った茶碗で濃茶との事・・・下座床になるため、古帛紗を添えた茶碗を取次だり、拝見道具の客への取次は結構ややこしい。いつもなら拝見道具で茶入は相手の右側になるように置きますが、下座床では左から順に置きます。つまり逆勝手(大炉)で拝見道具を出すようにするのですが、ちょっと考えないと手が動かない。
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筒茶碗で・・「お茶が表千家になりました」「美味しいですよ」・・湯の温度が低いようです。点てる時は茶碗傾げて湯の面の面積を広くすればと言いましたが、原因が違う処に在ったようです。
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インフルエンザで仕事を今日までお休みしたそうで、治ったのでと、着物を持って早めに来られました。着付けも慣れないと着崩れするので良い心掛けです。
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一人写真撮り忘れ
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主菓子の残りは今日の3時のおやつ
俵屋吉富の「犬喜び」ですが、うすい赤色が美しいし、美味しかった。犬の点が犬の足跡で「大喜び」に見える。
「ご銘は」「犬喜びでございます」何となく違和感があるので「大喜び」にしたらと言いましたが「犬喜びと書いてありますよ」
「雪やこんこ」の歌にも犬は喜びとあるけれど・・・どうでしょうか

此の前から医院へ行く道のお宅の庭の「ミモザ」が咲きだしています。良く見ると草地にも春の花が咲きだしています。未だちょっと寒いですが。

by higashinuma | 2018-02-21 18:07 | 茶道 | Comments(1)

伊勢商人

ドボンを押して全部消えました(´;ω;`)
日記として付けているので書き直します。
30年2月19日 月曜日 曇りから晴れ 20.4℃ 健太の午後散歩から帰り今は3時過ぎ
今朝の健太は午前3時頃にガサガサ床を引っ掻いていた⇐結構煩い音。で、目覚めてうとうと4時半頃にトイレに立つも健太は鳴かない。やはり、時間が分かって居るのだろうか。そして6時少し前に起床。今朝は一声も鳴かなかった。こうして少しづつ成長するのだろうか?そうあって欲しいと願う。今のままでは近所迷惑。

さて、今、読んでいる小説に伊勢の川喜多家が出て来た。川喜多家16代目9歳がフロックコートを着て現れるのです。幕末から明治にかけて北海道探検で活躍した松浦武四郎の話が主体でこれに河鍋暁斎と暁斎三番目の妻の娘、豊が絡んでいる・・当時の政財界人が出てきます。
松浦武四郎と川喜多家14代目崎之助それにその妻は幼馴染で崎之助は武四郎の生涯支援者だったと言う。15代目を息子政豊に譲り二年後に亡くなります。そして15代目を継いだ政豊も間もなく大阪の川喜多家で他界。その前に大阪の家で馴染みの芸者に息子が出来た知らせがあった。崎之助の妻は武四郎に様子を見て来る事を依頼するが、大阪から帰って来た武四郎は赤子を抱いて帰り、崎之助にそっくりだと言う。子を産んだ芸者は金銭の要求も無く、その後の音信も無かった。崎之助の妻はその子を16代目久太夫(善太郎)として育てます。崎之助の妻は竹川竹斎の妹。政豊の正妻は未だ18歳で嫁いで間もないため、子も無かったので生家に戻されます。

川喜多家16代と言えば川喜多半泥子の事です。こうして、幼くして江戸時代から木綿問屋として続く三重でもトップを争う川喜多家を継いだ善太郎は実業家としても名を揚げ40歳にして陶芸を始め今光悦と呼ばれるようになるのです。
ここに出て来る竹川竹斎も豪商の一人で玄々斎のお茶を学び、玄々斎が松坂に下向されたとの事。竹川家には床の間の横の違い棚壁に玄々斎が酔って書かれた書がそのまま残っているとの事です。前に茶箱の卯の花点を考えられたのはこの旅の途中の宿の卯の花をご覧になっての事と聞いた事がありますが・・・
竹川竹斎が射和万古窯を開窯しますが、一時閉窯になり、再興されます。この窯は淡々斎が松菱松古印を与えた佐久間勝山が居られ、私も鵬雲斎大宗匠が箱書された茶碗を持っています。他には水指がありますが、作風が好みで気に入っています。

小説を読んでいて、こうして実名が出てきて少しでも聞きかじった名前であるとつい嬉しくなります。
ついでに、伊勢商人の流れを汲む三越デパートは三井家で、朝ドラの「あさがきた」の日本女子大創設者モデル広岡浅子は三井の京都の家で現在の大学校舎は三井家の寄贈になる。
いつかこの地に旅行したい気になりました。

気分を変えて我が家飯
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ほうとうが食べたいと言われて・・「この前食べたばかりだろう!」「飽きるまで同じ物が喰いたい」・・あぁ~あ
でも、ほうとうなら未だ色々野菜が入るので良いでしょう。・・他にトマトサラダと白菜キムチ

by higashinuma | 2018-02-19 09:01 | 所感 | Comments(0)

お茶

30年2月18日 日曜日 晴れ 20.7℃ 昨日はエアコン無しで20℃はあったが、今日は朝からエアコン入れてこの室温です。窓は磨りガラスのように結露している。

6時ギリギリに起きたが健太は既に起きてサークルの中で騒いでいる。様子からしてうんちして食べている?そして私が起きてトイレに行くと甘えて鳴きだす。若が起きると「早く散歩に連れて行け!」と言わんばかりに吠える。この鳴き声は何とかしなければと思うが・・どうしたものか。多分、後一、二年経てば収まると思うが、今の処近所からクレームがつかない事を祈るばかりです。
此の前、散歩から帰り、玄関を入ってロックされている方の玄関ドアの鍵を開けるのに、健太を抱っこしては難しいので、リードで引っ張って床に置いていたら、注意された。「玄関から抱っこしてください」「鍵を開けられないので」「そういう規約です」・・返す言葉もない。この鍵を開ける場所に最近、テーブルを置いてある。荷物を載せるために置いたようです。荷物を持って鍵があけられないからです。私からすれば犬だって同じなのに・・若が在宅時は番号を押せば、開けて貰えるので、それは抱っこしても出来るけれど。今、健太は10㎏ちょっとで身長は多分40㎝。抱っこも大変なのです。規約ではこのサイズは飼っては駄目らしいですが、赤ちゃん犬の時から飼っているので、それは認めて貰っている。勿論、エレベータ等は抱っこしているし、誰か乗るようだったら「一緒でも大丈夫ですか」と声をかけている。今の処、犬の嫌いな人は極少数で、分かるので「お先にどうぞ」と言っている。

今日のタイトルは「お茶」でした。
私は日本茶は稽古の時の抹茶、夏場の冷茶、ペットボトルのお茶位で、家では専ら珈琲です。今は朝食の時に若の為に淹れた紅茶を飲んでいる。どうしてだろうと思うと、とどのつまりは「面倒くさい」・・急須に茶葉を入れて熱湯に沸かした湯を冷ます。そして蒸らして漸く、湯の飲みに注ぐ。・・・殆ど宇治茶ですが、一煎目の一杯が美味しいだけで、他の産地のお茶のように三回位迄とはゆかない。じゃ、それを買えばと思うのですが・・自分から買う事は余りない長年の習慣かもしれない(笑)
こう言う事なので珈琲もドリップするのは戴き物があっても、インスタントだけです。

此の前、南方録を読んでいて、師匠が博多円覚寺に伝わる立花実山の自筆本を見せて戴いたと言われた事を思い出した。この時に書いて戴いたと言う「夢」一字を追善の茶会をされるなら使ってくださいと見せて戴いた事がある。いつだったか初釜の時にも「夢」を掛けられましたが、それは大亀老師の染筆だったと思う。それを言った時初釜なのに「夢」ですかと、早速突っ込まれた。私は夢=希望にもつながるし新年早々だから良いのだと言った事でした。書初めでも「夢」書かれますし、「初夢」もある。
南方録はとかく物議を醸す書籍。利休に近い南坊宗啓に聞いた事を立花実山が書いたとされていたが、時代が違う事から、立花実山は、南坊宗啓の書いた書籍の写し物と言われたが、その書籍も見つかっていない。今は元禄時代に色々な資料を基に立花実山が書いたとされる。そして南坊録の上に南方録と自身で貼付してあるらしい。

南方・・言うまでもなく中国の南方、雲南省に茶の原木があると言う。随分昔に「なごみ」誌にモノクロの写真があったし、それよりずっと後にテレビでも紹介された。
日本で言う(見る)茶葉の3~4倍は大きな葉です。私はここには行って無いが、タイの北部、ミャンマーの国境の近くに猿の寺と言う処があり、寺の裏の急な崖を上って行くと大きな茶の木がありました。木の高さや葉の大きさに是が茶とは思えなかったが確かに形は茶葉です。又、別にミャンマーに行った時、ミャンマーではこの大きな葉を塩漬けにしてどろどろになったような物を食べています。見た目で遠慮しましたが・・・雲南省では普洱茶として発酵した濃茶色のお茶が有名で、チベット迄運んだとされる茶の道があります。
茶の原木があるのは分かりましたが、何故「南方録」なのか・・陸羽の茶経は「茶は南方の嘉木なり・・」から始まりますが、是は上に書いた茶の原木の事でしょうか。茶道の指南書に・・「指南」も「南」です。中国上代に黄帝が仙人の木像を載せた車を造り、それはいつも南の方を指さすのだそうです。今でいうコンパス(北を指す)みたいなものでしょうか。・・それは黄帝が中原を平定した時に、涿鹿の野での蚩尤との戦いで、蚩尤の妖術により濃霧に包まれ、その指南車で助けられたと言う話からのようです。
つまり、茶の指南書と言う意味でしょうか。それだとするとこれらの史書を読まれている事に驚きを感じます。流石に黒田家の重臣。しかし、黒田家の内紛で捉えられ殴殺される。

茶の十徳と言うのがあり「喫茶養生記」で実朝に奉げた栄西の著書ですが、栄西が帰国し、茶の種を明恵上人(栄西に参禅)に贈り、明恵は栂ノ尾に茶園を開きますが、この時に栄西に教えを受けた茶の効用を十徳として記ています。
「茶の生命力にあやかる」から「安らかな死を迎える」まで十徳として伝えます。

お茶名を戴くと男子は十徳が許されます。10年程修行して漸く戴けるのですが、今は促成栽培で10年も勉強せずに戴いているのではと思われます。私も是で稽古は終わりでは無いし、本人がそれによってやる気を取り戻してくれるならと思い、師匠より戴いたよりは早めに取次しています。茶の十徳は明記されていますが、所謂十徳とはどういうものなのでしょうか?
落語に・・立って衣服の如く(五徳)座って羽織の如く(五徳)。如く如くで十徳。という話があり、私自身もそんな物なのかと思う事もあります。
研究会で十徳を着て点前された方も居ましたが、業躰の指導を受けるのに十徳は無いでしょうと私は思うのです。教授伝授の時は十徳でとの指導があり、家元の前ですが十徳で戴きましたし、初釜も十徳で伺いました。けれど、世の中には色々な方が居られ、茶会の移動にバスに乗るのにも十徳を着ている人や、水屋でも着ています。茶会でよく見かけますが、十徳を着てチャラチャラ小走りしていたり(主催者側で忙しそう)するのを見ると、げんなりするのは私だけでしょうか。

何気にやっている事でも他人が見たら変な奴と見られるのは自粛しないとと思うのです。

気分転換
金曜日の夜飯・・・ピザのクーポンを戴いて、若が食べたいと言う。配達ピザからしたら半額の値段。仕事の帰りに取りに行くと言う。ピザって何となく小腹が空いた時の食べ物の印象です。知人のイタ飯屋、サイゼリヤでは夕食でもピザとパスタそれに肉とサラダ等料理を取っているので、余り乗り気では無かったが食べれば美味しい
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是で500円は安い
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若芽ともやしのスープを作る
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クーポンの期限は今日までで、今晩も食べるらしい。作る手間は減るが・・・

by higashinuma | 2018-02-18 11:18 | 所感 | Comments(0)

春節

30年2月17日 土曜日 晴れ 20.2℃ エアコン入れて無い。

今は旧暦の正月。中国では春節にあたる。今朝のテレビで春聯の手書きに人気が戻っている話題を放送していた。春節の時に日本の門松のような感覚で玄関におめでたい言葉などを書いた聯を貼る。対聯と言って対になっておめでたい言葉を左右の門標に貼るのです。赤い紙に金泥で書かれた物、墨で書かれた物等ですが、気分を一掃して新しい年を迎えるには如何にも中国の風物詩と思う。門松が神を迎えるのに対して対聯は人間味がある。玄関のドアなどには「福」等の一字を貼る。逆さに貼る場合も有る。
春節を中国の知人の家で過ごした事がある。大晦日には家族は勿論、縁者が集い家庭料理で大宴会となる。ここには魚料理が必ずある。大凡、験を担ぎ?「魚」の中国読みが、「余」の読みと同じで余裕があると願うからです。私の行ったその家は南方なので餃子は有りませんが、糯米に綺麗な着色(自然着色)をして、チャーハンを盛ったような山型にした甘い食べ物や、餅(うるち米)=年糕を炒めた物とか戴きました。これも仕事が増えるとかに通じて縁起が良い食べ物の様です。北の方は餃子を食べますね。餃子の形が古代の貨幣に似ている事と餃子の交わる字が「和」にかかるとか意味があるようです。日本での鏡餅、雑煮も神に関連する事で、中国との考え方の違いが如実なのも面白い事です。そして、突然、玄関で爆音がして驚きました。爆竹を鳴らしたのでした。邪気が入らないようにとの事。近年は環境問題から爆竹は禁止されていますが、地方では未だ風習が残っています。そして、花火が其処彼処で上がり、これはバンコクなどでは新年あけて直ぐに上がりそれで終わりですが、中国では元宵節頃まで時々上がります。
そして、日本では小正月の・・今は無いかな・・元宵節新年明けての最初の満月の日はランタンを灯して元宵団子を戴きます。この団子は日本でも中華食材を扱う、多くは中国人の店で冷凍品が一年中売られていて、5百円硬貨程度の小さい団子ですが、色々な餡が入りそれを少し甘い湯で煮て美味しい物です。
写真があった筈ですが見つからない。

我が家飯から
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菜の花と烏賊の酢味噌・・烏賊が食べたかった
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豚バラの生姜焼き・・久々の生姜焼き
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麻婆豆腐・・辛いけど旨い
唐辛子の辛さと和辛子の辛さ、生姜はそんなに・・其々が相まって箸が進みます。三品作ると味噌汁作る元気ない(笑)



by higashinuma | 2018-02-17 10:08 | 所感 | Comments(0)

パラリンピック

30年2月16日 金曜日 晴れ午後は雲が多い 20.2℃ 昼間はエアコン無しでもこの気温が陽が落ちるまで保たれている。

今朝はいつもの病院通いで血液検査をしてから診察と言う事で、8時半過ぎには出かける。晴れていれば自転車で行けるので楽です。寒いけれどそんなには。昨日は一日暖かだったです。で、9時頃に採血して、診察の予約は一時間半後で、前の家に行き、初釜で規格の炉炭のうち、下火のギッチョ3本を当番が使ってしまったので、それを用意し、軸と棗を用意した。大凡、前の月の最終稽古の時から道具を入れ替える。棗は箱書きがある物は稽古では使わないし、使ったとしても傷がつく等を気にして出しても一日限りかな・・一応、出しては片づけた。代わりに箱書きは無いが豪華な棗を出してみた。多分これも一日限定。師匠には道具だからと高価な茶会用の道具を惜しみなく使わせて頂いた事を思い出す。
診察結果は全て大丈夫ですとの事でした。それでも生活習慣病に気を付けようと思う。
もうすぐ正午。薬局で待たされるので、その間に大型スーパーで昼食と買い物を済ませる。薬も大量にあり、掛軸とか炭を持って、自転車の前籠はてんこもり。で、車道と歩道の間の段差で買い物袋が道路に落下した。卵が入っていた。割れただろうなと思いながら、帰宅して見ると意外にも大丈夫でした。あの卵パック良く出来ています。
あの段差なんだか凄い不満なのです。昔、ある人があの段差を無くして欲しいと市の行政に言ったら、目の悪い方のために段差を付けていて、東京都の条例?と言う事らしい。私もあの段差はいつも不都合に感じている。本当に必要なのだろうか。無い場所もあったり、あの段差に三角板やスロープを付けたりしてある場所もある。
実際に目の悪い方はどのように思っているのだろう?良かれとおもってやっている事でもさほど役にたっていない事もある。

私が子供の頃は家に身障者を持つ子供が居たりすると世間の世話にならないように家の者は細心の注意を払っていたと思う。そして、ひっそりとまではゆかなくても慎ましく生活していたように思う。
私も子供の頃は病気で低学年の間は家の者が付き添っていたし、運動会や学校行事の遠足なども連れて行って貰えなかった。別にそういうものだと思っていたので気にも留めなかったが・・・・
今はと言うか、私が介助で手伝った重身障者の家庭では学校にエレベータの要請をしていたり、通学用、学校内用、家庭用の車椅子を行政に求めて支給されたと聞いた。それも身障者のクラスでは無く普通のクラスに通わせると言う強硬手段を用いていた⇐そのために私たち数人のボランティア介助を必要としていた。私は自分で出来る範囲の事は手伝う気でいた。中学生になり、市の方から介助人を出してくれると言う事で辞めたが、それも時代だなぁと思った。

介助の発端は、こういう子を持つ母親は自由が無いし心身の苦しみがあるから楽にして上げたいと言う事だった。そうして、その子を他人に委ねて映画に行ったりしていたようでした。
市ではこういう人のためにタクシー券支給や特別な手当をしている。そして親が当然の権利とばかりの態度を取られると「さもしい」思いでみている。
確かに運が悪く⇐こういう言い方は適切でないかも知れないが・・その家に生まれたのであって、親に責任は無いにしても、繰り返して言うが、ひと昔前はひっそりと生きていたように思う。
先の子は何でも通ると思っているらしく、運動会の時、車椅子で参加しマスゲームをやって、他の子よりタイミングが遅れるため、ある子が「早くやれよ」の一言で泣きだしてしまった。教師は「誰が言った!」と怒り出した。偶々、私が介助の時だったので、後で教師に「同じようにやるのは無理ですから、何か他の事をさせて運動会に参加させたらどうか」と提案した。それで、その子はスターターになった。で、その子も喜んでいた。私が運動会に連れて行って貰えなかったのとは大違いです。
本当は親が正面から向き合うべきことで、本人も努力が無い。果たしてその子が大人になった時にパラリンピックに出られるような事は全く無いのだろうと思った。私は運動会がどういうものなのか知らないし、であれば一緒に走りたい、飛びたい等々思いもしないし、パラリンピックなんてものは無かった。今は普通に健太と走っているが。
良かった事は車椅子の子が同じクラスに居る事で、他の子達のそういう子に対して優しくなれる事かも知れない。
元総理大臣細川護熙の夫人は知的障害者のためのスペシャルオリンピックを提唱してNPO法人を立ち上げています。が、パラリンピックには知的障害者も含まれて1960年から開始されています。それには誰でも出られると言う訳では無いからとの提唱のようです。

気分転換我が家飯
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牛肉小松菜炒め・・炒め終えて味が薄かったので調味料加えていたら小松菜が火を通し過ぎになった。が、美味しかった。
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炒飯・・焼豚と玉葱と卵のみ
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卵モズクスープ・・京都取り寄せの市販品
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by higashinuma | 2018-02-16 17:03 | 所感 | Comments(0)

茶道をとおして日々の流れをつづる